たとえば、任務先であの人に似た色の髪を見たり。

たとえば、依頼主があの人に似た色の瞳をしていたり。

たったそれだけのことで心が騒ぐ自分を止められずに…戸惑う。

 

 あの人の髪の方がもっと濃厚な蜜色をしている…

 あの人の瞳の方がずっと深い色合いをしている…

 

そうして、いつもただ一つの結論に行き着くのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再会したのは本当に偶然。

別れてからどれぐらいの時が過ぎただろうか。

自分は上忍になって。あの人は里で姿を見なくなって。

風の噂で別の里に預けられたと聞いた時には、もう見ることも叶わないのだと思い、最後まで伝えることの出来なかった言葉を胸の奥に押し込めた。

感情を殺すことは簡単で。

けれど、自分の中に溢れる激情のすべてを鎮めることなど出来ようはずもなく。

ただ、ただあの人のいない日常に慣れようと、重苦しいものを抱えたまま日々を過ごしてきた。

なのに………

「コレが、頼みたい荷物よ」

そう言った、かつて木の葉を追いつめた男に差し出されたのは、小さな子どもだった。

自分の知っている時よりもずっと小さく感じ、そうして自分の方が大きくなってしまったのだと実感する。

この任務に選ばれたのが自分だという現実に戸惑い、そうして、目の前の男の真意を伺う。

だが、自分程度がいくらその内心を読もうとしても簡単に悟らせるような相手ではなく、結局ネジは腕の中に納められた小さな体を抱いたまま「お受けいたしました」とのみ答えた。

今回の任務は、音から砂への荷物の運搬…だったはずなのだ。

なのに、今この腕の中にある暖かな体は何なのだろう。

ずっと恋いこがれていた相手が、あの頃と寸分違わぬ姿でこの腕の中にある。

そう思うだけで、殺し損ねた激情が感情を揺さぶろうとするのを、ネジは軽い一呼吸で止めた。

感情のコントロール…それも忍としての、一つの技能であることをネジは知っていた。

当然、出来る者と出来ない者が存在するということも。

少なくとも、今の自分は感情の揺れを止めることに成功した。

腕の中にいる愛しき人に知られることなく、その感情を全て殺すことに成功したはずだと、そう思っていたネジの耳に、ふいに小さな声が届いた。

かつてはその時間が永遠に続くのだとも思えたほどに聞いていた、声。

聞くだけでこの胸が痛むほどに渇望していたのだと思い知らされる。

ネジの…足が止まった。

「ネジ…?」

俯いていた顔が上げられる。

月の光の下、煌めく二つの碧玉に、今はその色を少しばかり失っている金蜜の髪が少しばかり散っている。

額当てのない前髪が顔に散るその様の美しさは、自分だけが知り得るのだと思っていたのに。

「ネ…ジ………?」

自身の名を綴る小さな薄桃の唇を指で辿れば、あの頃と同じ様にその瞳は揺れるのに。

「なに…?」

滑らかなふっくらとした頬に触れれば、あのころと同じ様にその睫は震えるのに。

なのに、この人だけが自分のものではないのだ。

こうして、触れて。

自分に与えられるその存在は全てが同じなのに、ただその心だけが自分のものではないのだと。

それが哀しくて苦しくて、胸が痛くて………。

喉の奥からこみ上げてくる激情を飲み込み、何かを伝えようと口を開いて、また閉じる。

なにを話そうというのか。

 

 なぜ、成長していないのか。

 なぜ、音隠れの里にいるのか。

 なぜ、砂隠れの里へ行くのか。

 

聞きたいことはたくさんあるはずなのに、その全てを躊躇う。

 

 なぜ、あの男があなたの側にいるのか。

 なぜ、あなたの側にいるのが自分ではないのか。

 

口を開けば、そんな言葉を吐いてしまいそうで…怖い。

 

 どうして、自分はあなたに捨てられたのですか?

 どうして、あなたは木の葉を出てしまったのですか?

 

そんな言葉ばかりが頭の中に浮かんでくる。

あの頃、自分には何が足りなかったのか。

この人を抱きしめておくのに、何がふさわしくなかったのか。

 

 力が足りませんでしたか?

 想いが足りませんでしたか?

 地位が?それとも名誉が?

 あなたを抱いていたいと思ったこの心が分不相応だったのですか?

 あなたに愛されていると思いこんでいたこの心が、思い上がりだったのですか?

 

聞きたいことはたくさんあるのに、それを口にする勇気が………ない。

ただ、自分の次の言葉を待って揺れる瞳を見つめることしかできずに。

見つめ合う視線だけでこの心が伝わりはしないかと、そんなことを考えたりもして。

「あ…」

何かを伝えようとしたネジの口に、ナルトがその小さな手をそっと当てた。

ナルトの瞳に不安を見つけ、ネジは口を閉じる。

今、ここで言葉を交わせば、この微妙な均衡は崩れてしまうだろう。

それを破る勇気のない自分の不甲斐なさに噛みしめられたネジの唇に、先程まで触れていたものとは違う、柔らかな感触が触れた。

重ねられたそれがナルトの唇だと悟り、何年ぶりかの口づけだと悟る。

再び近づけられたそれが軽く振れ、離れる。

触れては離されるそのぬくもりと感触を、ネジはただ受け入れ続けた。

「………」

ゆっくりと離れたふっくらとした唇が、至近距離で………告げる。

もう一度、最初に聞いた言葉と同じ声をかけられ、たまらなくなった。

言葉を紡ぐことは止められた。

だから、ただ強く抱きしめることしか自分には残されていなくて………。

きつく抱きしめ返してくる、頼りないけれどしっかりとした感触に、至福と絶望が同時に訪れるようだ。

こうしていれば、あの頃と変わらぬ思いがこの体を巡るのに。

こうしていれば、あの頃と変わらぬ思いがこの人に向かうのに。

なのに、今の自分にはそれを伝える術すら………ない。

離したくなかった。

離れたくなかった。

このまま浚ってしまいたいのだと、心が叫ぶ。

無理矢理に封印した激情が頭をもたげ始める。

見ることも叶わなかったこの歳月にも消えることのなかったそれは、押し殺した時よりも遙かに強い思いでネジを揺さぶり続ける。

だが。

「………」

三度、ナルトがその言葉を口にした。

隙間などないほどにきつく抱き合ったままで。ネジの腕の中で。

「どうして…」

堪えきれず、ネジは口を開いた。

「どうして…謝る………?」

 

 

 『ごめん…なさい………』

 

 

それが、ナルトが口にした言葉だった。

ネジは、ジッと腕の中から返ってくる言葉を待つ。

だが、ナルトは堅く口を閉ざし、それ以上話そうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂隠れの里まで後少しというところへ来て、ネジは足を止めた。

相手方の忍と待ち合わせているからだ。

だが、予定よりも随分と早く到着したせいか、まだそこに引き渡す相手の姿はない。

「ここで…良いから………」

告げて、ナルトはネジに自分を降ろすように伝えた。

だが、ネジはそうしようとしない。

離したくなかった。

このぬくもりを。愛しい人を。

離れなければならないと分かっているからこそ、可能な限りこの腕に抱いていたかった。

離そうとしないネジに、ナルトはただ、ジッと俯いている。

小さな肩が震えている気がした時、ふいにナルトが顔をあげた。

見上げてくる………碧い瞳。

その瞳が言葉に出来ない思いを抱いているように揺らめく。

だから、その瞳を見つめ返した。

あの頃と同じように。

あの頃以上の思いを込めて。

何かを言おうとして、薄桃の唇が開かれ、そして閉じられる。

ネジの襟元を握りしめる手が震えていた。

その手を握り返し、その全てを抱きしめたいと思う。

ナルトの中で渦巻いているものも。

小さな肩に背負っているものも。

その全てを。

 

 

 

けれど。

 

 

 

今の自分とナルトの間には、そうすることの出来ないほどの壁があって。

二人を遮る壁は、見えないけれどだからこそその隔たりを強く感じさせる。

触れ合っているはずなのに、今にも消えてしまいそうなこの人を引き留める術が、自分にはないように思えてたまらない。

瞬きをした一瞬のうちに消えてしまいそうで、それが………怖い。

どうすれば良いのかなどということは分かっている。

自分は木の葉の忍で。

これは任務で。

後は、この人を砂忍に渡せば良い。

だが、同じぐらいの強さで、そうしてしまいたいと思う気持ちを止められない。

 

 この人をこのまま。

 このまま浚って。

 どこか。

 どこか遠くへ。

 誰の手も届かないところで。

 

 

 

 ………抱きしめていたい。

 

 

 

叶うはずのない甘美な妄想が巡る。

それでも、どれだけそうしたいと思っていても、実行できないだろう自身を自覚していた。

迷いのある瞳のままにナルトが言葉を発しようとしたその瞬間。

二人の目の前に砂忍が現れた。

音にせずに合い言葉を交わし、確かに引き渡し相手であることを確認する。

離れるのは簡単だった。

砂忍の手にナルトを渡す。

ネジの腕の中で揺らめいていた瞳は、砂忍の手に渡った途端、輝きを失った。

人形のようにただ抱かれているナルトを腕に、砂忍は瞬く間にその姿を消す。

別れを惜しむ暇もなかった。

しばらくそこに佇んでいたネジだったが、ゆっくりと背を向ける。

 

 

 

 

 

いつか

 

 

そう、いつか

 

 

 

あの人の手を握り返して

 

 

 

その全てを抱きしめ

 

 

 

 

 

伝えたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   『苦しいほど、あなたを愛しています』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言える時まで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言えなかった。それが罪。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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