狂気の檻

 

 

 

 

 

 

 「あぁ…っ、あっ、はぁ………っ!」

薄暗い部屋の中に、ただ幼い喘ぎ声だけが響きわたる。

細い腰に回された大きな手が、自分の上で踊る子どもを煽り、支える。

「はぁっ、あっ!ん…っ、くぅん…っ!」

苦しいだろうに、それでも子どもは止めようとしない。

泣きながら自らを貪る少年を、男はどこか幸せそうに見上げていた。

 

 

 

 

 

閉ざされた空間。

ここは、ナルトの…九尾のために用意された封印の間。

気づいた時、カカシはすでにこの部屋でナルトと二人閉じ込められていた。

どうして自分までもがこの部屋に入れられたのか、カカシは理解できなかった。

呆然とするカカシに、ナルトは、こう告げた。

『俺が…じっちゃんに頼んだんだってば』

こうも告げた。

『里のために生け贄にされたんだから…カカシセンセーを頂戴、って』

そして、最後にこう…告げた。

『センセーをここから出してあげられるのは、俺だけ。だから、俺に優しくして。うんと優しくして。そしたら…そしたら、ここから出してあげるから………』

そう言ってカカシの手錠を外したナルトは、決して足枷の鎖を外そうとはしなかった。

カカシの足枷から続く鎖は、ベッドの足へと続いている。

その短さから、床に降りることもできないほどだ。

だが、その必要はまったくなかった。

空腹感も、排泄への欲求もない。

それどころか、睡魔までが訪れることのない…時間。

まともでいられたのは、最初の一日だけだった。

いや、それが正確に一日だったのかすら分からない。

時計も、カレンダーもないからだ。

日の光さえ差し込まない。風すらも感じられない。

獣を飼い殺すのに最も適した、気の狂いそうな空間。

自分が今、生きているのかすらも実感できない時間の中で、唯一それを確かめる術は快楽だけだった。

誘ってきたのはナルト。

だが、一度体を繋げてしまえば、溺れたのはカカシの方だった。

「優しくして」

行為の最中、ずっとナルトはそう哀願し続けた。

なのに、責める手を緩めると、「もっと」とせがむ。

ナルトの言葉の一つ一つに振り回され、混乱する。

「好きって言って」

それもまた、ナルトにせがまれた言葉。

「愛してるって…」

「俺だけって言って」

だから、カカシはささやき続けた。

「好きだヨ、ナルト…」

「愛してる…」

「ナルトだけだよ…」

言葉というものは不思議なもので、口にするとなんだか本当にそうな気がしてくる。

自分はナルトを愛していて、ナルトも自分のことを愛してくれていて、だからこそここにこうして二人でいるような…そんな気になってくるのだ。

快楽を追って、果て、気絶するように眠り込んでから、また抱き合う。

もうずっとそうやって過ごしてきた気がしていたし、これからもずっとそれが続くような気がしていた。

もう、カカシはこの部屋から出たいとは思わなくなっていた。

ナルトと二人で過ごす時間。

ただの生徒だったはずなのに。

深く知るまでは憎んでいたような相手だったのに。

なのに、こうしているとずっと昔から愛していたような気がする。

幼い体を抱きしめて、こんな趣味じゃなかったはずなのにと苦笑する。

気絶するまで小さな体を貫いて、こんなにケダモノじゃなかったはずなのにと苦笑する。

そのどれもがカカシにとっては幸福の確認で。腕を伸ばせばすぐに触れられる距離にいる相手が愛しくて愛しくて。

たまらなかった。

 

 

 

 

 

互いに頂へと一息に駆け登り、堕ちる。

力を失った体が崩れ落ちてきた。

胸の上で荒く息を継ぐその重みすらも愛しくて、そっと汗で濡れた髪を撫でた。

ナルトは、こうされるのが好きだったはずだ。

コトの後に、こうして優しく髪を撫でてキスをすると、いつもとても幸せそうな顔をしてくれる。

だが、今回は違った。

いつもと同じように口づけようとしたカカシよりも早く、ナルトが起きあがる。

そうして、横になったままのカカシの足下へと移動すると、その足枷に繋がれていた鎖をどうやってか外した。

ジャラリと音を立てて鎖が床に落ちる。

そのまま、何も言わずに口づけてきたナルトに、カカシは嬉しさを隠せなかった。

ずっと填められていた足枷…それは、ナルトがカカシを信用していない印のような気がしていたから。

それを外してくれたということとは、そんなことをしなくてもカカシがずっとここにいることを…体を重ねる度に誓い続けていた「ずっと側にいる」という言葉を信じてくれた証の気がして。

この部屋で肌を重ねて初めて、カカシはナルトの幼い体に覆い被さる。

キスをして。

その体の隅々までに口づけて。

強く抱き合ったまま繋がって。

カカシは、幸せの絶頂にいた。

 

 

 

 

 

貪るだけ貪った幼い恋人を抱きしめて、カカシは意識を失うのとは違う優しい眠りに落ちていた。

ずっと探し求めていた”ナニカ”を手に入れられた気がして、ただただ幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なのに…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚めた時、腕の中の体は酷く冷たかった。

眠る前には確かに子ども特有の高い体温が自分を暖めていてくれたというのに、今はただ、自分の体温だけを奪っていく。

「ナル…ト………?」

閉じられた瞼は、声をかけても震えなかった。

「ねぇ…ナルト………」

体を起こして揺さぶると、その腕の中から何かが床の上に落ちた。

けれど、その唇から吐息はこぼれなかった。

代わりに溢れたのは、どす黒く染まってしまった赤黒い血液。

何が起こったのか分からなかった。

ただ、眠る前まで手にしていた幸せを今は失ってしまったことだけは理解できた。

青白いその顔が穏やかで…かすかに笑みなんかを浮かべていて…今にも起き出しそうだったから、膝に抱いて、しばらくそのままジッとしていた。

柔らかな金の髪に頬ずりしても、冷たくなった頬に口づけても、もうナルトは反応しなかった。

いつもなら。

そう、いつもなら。

くすぐったそうに肩をすくめて。

それから恥ずかしそうな笑みを浮かべて。

そして、そっとキスを返してくれるのに………。

それがなくて、初めてナルトがもう動かないことを知った。

動くわけがないのに…。

息をしていないのだから…。

こんなに冷たいのだから…。

いつもは聞こえる鼓動も…消えてしまっているのだから………。

半ば呆然としながら、床に落ちた何かを拾い上げる。

丁寧に、丁寧に紙で包まれたそれを広げると、その中には最初にここで気づいた時すでに身に着けていなかった服や装備品があった。

なぜ、今さら、こんなものをナルトは抱きしめていたんだろう…と、そこまで思ったところで紙になにかが書かれていることに気づく。

『カカシ先生へ』

そんな出だしで始まったソレを、カカシは必死に目で追っていく。

 

 

 

 

 

【  カカシ先生へ

 

  今までワガママを言ってごめんなさい。

  先生がここを出たがってたこと、ずっと知ってたけど、どうしても決心がつきませんでした。

  でも、今までずっと先生はオレのこと大事にしてくれたから、優しくしてくれたから、だから、

 もう外に出してあげようと思いました。

  この部屋は、中に九尾の力があるかぎり開かないようになっています。

  だから、オレが死ねば外に出られるようになります。

  かくしていた服は、ちゃんとしまっておいたので着られるとおもいます。

  今までずっとごめんなさい。こんなこと言えないけど、でも言います。許してください。

  オレはずっと、先生のことが                          】

 

 

 

 

 

 

そこから先は、真っ黒に塗りつぶされていて読めなかった。

震える手で紙を置いて、静かに横たわっているナルトを見つめる。

そんなことを考えていたなんて、思ってもいなかった。

確かに、はじめの頃はそう思っていた。否定はしない。

けれど、今はもうそんなこと一欠片だって感じてはいなかったのに………。

「なんで…」

どうして、言ってくれなかったのか。

「外に出たい?」と聞かれていれば、自分はすぐさま否定しただろう。

哀しそうな顔の少年を抱きしめて、「ナルトは俺を追い出したいの?」と聞くことができただろう。

そうしたらきっと、子どもは必死になって「そんなことないってばよ!」なんて慌てはじめて、「だって、センセーは好きで俺とココにいるんじゃないってば…」と、肩を震わせて。

自分はその肩を抱き寄せて、「そんなことないヨ?」と言ってやるのだ。

その耳元で「最初は無理矢理だったけど、今は自分でここにいたいって思ってるんだよ」と囁いてやれば、きっと腕の中の少年は笑ってくれたに違いないから。

 

 

 

 

 

抱き起こしたナルトの口元からあふれ出た血を拭ってやって、包まれていた忍び服の内ポケットから丸薬を取り出す。

自決用に配布されるそれを飲み込んで、カカシはナルトを抱いたまま目覚めた時と同じように横になってみた。

それでもやっぱりナルトは動かなくて、寂しくて強く抱きしめる。

 

   置いて行かれたなら………

 

   追いかければいい………

 

そう思って、カカシは目を閉じた。

次に目を開ければ、そこにはきっと、ナルトがとびっきりの笑顔でいてくれるはずだから。

 

 

 

【終】

 

 

 

 

 

 

 

 

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