最強なハニー

 

 

 

 「………っ、せんせーのっ………ばかああああぁぁぁーっ!!」

 

今回の事件は、この叫び声から始まった。

 

 

 

 

 

 

その日、ナルトのご機嫌は最高のようで最悪だった。

にこにこといつもよりずっと笑い、愛らしい笑顔を振りまき、あまりの愛想の良さに里人までもがぎこちないながらも反射的に笑い返してしまうほど。

だが、その腹の中がドス黒いと言えるほど真っ黒になっていることを、ナルトの側にいる人間達は知っていた。

『ちょっとアスマ。お前昨日なにやらかしたんだヨ』

ひそひそとアスマの耳元で冷や汗垂らしながら囁くのはカカシ。

『俺に聞くな。俺にもさっぱり分からん』

くわえ煙草で同じように乞えをひそめて答えながら、アスマは頭をガシガシ掻く。

「せ〜んせvってば」

そんな二人の背後から、可愛らしく呼びかける声が聞こえて、アスマとカカシは背筋を突っ張らせた。

「二人で………な〜に話してるの?」

口元は笑っているが、その眼は思いっきり笑っていない。

「い、いや、別に〜。ナルトが今日は特別可愛いな〜っていう話をさ。ネ、アスマっ」

「あ、ああ。まあ、そういうこった」

冷や汗ダラダラな上忍二人を、端から見ればにこにこと…近くで見れば冷え冷えと…見つめながら、ナルトはふいに二人に感心をなくしたように下忍達の方へと行ってしまった。

「アスマ〜…お前、本当に一体なにしたのよ〜?」

「だから、俺にも分からんと言ってるだろうが」

そう。アスマにも、今回のナルトの不機嫌の理由は分かっていなかった。

ただ、昨夜突然やってきて、プリプリ怒っていたかと思うとふいっと帰ってしまったのだから。

この場合むしろ、自分に怒る権利があるのではないだろうか。

首を傾げながら、アスマはナルトの後ろ姿を見送る。

「なぁ、サスケぇ」

突然甘えたような声で抱きつかれ、サスケは何も言えずに固まった。

「今日、任務終わったら俺と一緒に遊んでってばよ〜」

後ろから抱きつかれ、その背中にすりすりと柔らかい頬を擦り寄せられたサスケは、ビシビシ飛んでくる痛すぎる視線に不可抗力だと心の中で叫びながらも、ナルトに甘えられているという役得を味わう。

たとえそれが腹の中が真っ黒な状態のナルトだとしても、だ。

抱きつかれていたサスケしか気づかなかったが、サスケの背中にはナルトのホルダーが押しつけられていて、それはつまり余計なことをすればコロス、という無言の圧力でもあった。

抱きつかれるのは嬉しい。

嬉しい………が!出来れば通常時のナルトに抱きつかれたいというのが、サスケの偽らざる本音だった。

ナルトが自分にOKして欲しいのか、それとも拒否して欲しいのかを、サスケは必死に考える。

ここで答えを間違えば、即ドカン!だ。

悩み抜いたあげくサスケの第六感がはじき出したのは、拒否。

「なんで俺がお前と遊ばなきゃならねぇんだよ」

いや、本当は遊びたい。

遊びたいが…繰り返すが、普段か機嫌の良い時にお願いしたい。

ドキドキしながらナルトのジャッジを待つ間、サスケはそれこそ生きた心地がしなかった。

失敗すれば、サプッ!と殺られてお終いなのである。

キれたナルトが容赦ないことは、この少年と多少なりとも深い付き合い方をしていれば容易に察せられることだ。

そして今、サスケはそのキれたナルトの腕の中に自分の命を握られているのである。

「ちぇ〜っ。やっぱダメだってば」

言いながらも普通に離れていったナルトに、サスケはドッと脂汗が流れるのを感じた。

今までで一番の緊張感に包まれた時間だったと、後に彼は語ったという。

うちはの後継者に幸あれ………ということで、サスケはなんとかナルトの魔手から逃げ出せた。

「ネ〜ジっv」

次の生け贄…いや、ターゲットとして選ばれたのは、日向一族の分家として暗い運命を背負った少年だった。

だが、この少年。

今現在において、ナルトがどれだけ黒いかを理解していない。

幸か不幸か、そのため今自分の置かれている状況の危険性に気づいていなかった。

「なんだ」

目の前で下から笑顔前回で「えへへ〜v」などと言っているナルトに内心ガッツポーズを取りながらも、表面は平静に答える。

「任務終わってから、俺と修行してってば」

にっこり笑ったナルトに、ネジは心の中で「OKっ!」と即答していた。

が、やはり表面上は変わらぬポーカーフェイスで、

「なぜ俺がお前などに付き合わねばならんのだ」

などと答えている。

ネジ的には、ここでもう一度ナルトが「お願いv」とかやればしぶしぶOKしてみせるつもりだったのだが、今のナルトにその手は禁物だった。

 

   シュッ ドスッ

 

「…っ!」

一瞬後、ネジは腹を押さえてガックリと地面に膝をつく。

自分がどうなったのかネジ本人は分かっていなかったが、サスケ他近くにいた下忍達は全てを目撃していた。

浮かべていた笑顔を一瞬、無表情に怒りを湛えた顔に変えたナルトが、目にも留まらぬスピードでネジの腹に拳を打ち込んだのだ。

恐ろしいことに、それをしっかりとその眼で捕らえていたサスケは、繰り出された拳にひねりが入っていたところまで見てしまった。

しかし、周りを恐怖のどん底にたたき落としたのは、そこではない。

崩れ落ちたネジの側から離れる時に、ナルトがさりげなく手に握っていたほどよい大きさの石を捨てるところを見てしまったからだ。

 

『握り込んでたんですかーっっっ?!』

 

全員の心からの叫びだった。

一人目の犠牲者である日向ネジに幸多からんことを心から祈らずにはいられない気になってきたところで、スッと人影が動いた。

シノだ。

「なぁに、シノ?」

にこにこと答えながらも、その目は笑っていない。

「話がある」

そう言って、シノは全員の目から離れたところへとナルトを連れていった。

 

 

 

 

 

………それから数分後

 

 

無傷で帰ってきたシノに、全員が内心で拍手を送る。

それはまさしく、英雄の凱旋であった。

シノは音もなくアスマに近づくと、

「どうも、貴方に怒っているみたいです」

告げる。

やっぱり、などと言うカカシを横目で睨み付け、アスマは頭を掻きながら、

「あ〜…俺にはいまいち原因が分からねーんだがな」

答えた。

シノはその表情を隠したままで、

「やきもちを焼いて欲しかったそうです」

けれど肩を震わせながら続ける。

「『アスマせんせーってば、俺がイルカせんせーのトコに泊まりに行くって言っても、なんにも言ってくれなかったってばよ!アスマせんせーは、俺がせんせーのこと好きなほど俺のこと好きじゃないんだってば。それって、絶対絶対不公平だってばよっ!だから…他の人と仲良くしたらヤキモチ焼いてくれるかと思って………』だそうですよ」

原因を聞いたアスマは愕然とした。

その程度のことで…と思ったのだが、待て、と思い直す。

自分にとってはその程度のことでも、ナルトにとっては重要なことだったのだ。

自らの落ち度の場所を伝えられ、アスマはシノに「ありがとな」とだけ告げ、ナルトの元へ向かうために姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

「ナルト」

後ろから声をかれられて、うずくまっていた体がピクッと跳ねる。

その隣にアスマは腰を降ろし、ひょいとナルトを抱え上げた。

「うひゃっ」

降ろされたのは、アスマの膝の上。

たまらなく嬉しかったが、まだ怒っているのだということをアピールするためにプイッと顔を横に向ける。

「シノから、聞いたぞ」

言われて、少しだけ恥ずかしくなった。

ぽふっ、とアスマの胸に顔を埋め、グリグリと頭をこすりつける。

顎の下で揺れるふわふわの金毛を撫でながら、アスマは口を開いた。

「昨日のアレはだな。イルカだったから許したんだぜ?」

アスマの言葉に、ナルトが顔をあげる。

「イルカせんせー………だったから?」

「ああ」

漸くまともに話が出来る状況になって、アスマはホッとした。

まさかナルトが自分にまで容赦のない鉄拳をぶち込むとは思っていないが、先程までのナルトはくわえている煙草で目を焼かれるぐらいはされそうな気配を纏っていたので。

そっちの方が酷いんじゃ…という突っ込みは、ここに二人以外誰もいないことで無視される。

「イルカは、ナルトにとっちゃ、父親みたいなモンだろ?俺は、いわばイルカからナルトを嫁に貰ったようなモンだからな。たまの親子の逢瀬に目くじら立てるほど狭量じゃねぇさ」

アスマの言葉は真摯であり、また、ナルトの納得できるようなものだった。

そうなると、今度は怒っていた自分が恥ずかしくなる。

「ごめんなさいってば、アスマせんせー…」

頬を染めながら、ナルトは自分からアスマに仲直りのキスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

十分後………

 

 

戻ってきた二人を迎えて、ようやくその場の緊張感が消えた。

ナルトの機嫌が直っていたからだ。

常に命の危険を感じながらDランクの任務などこなしたくはない。

ドッと冷や汗が流れるのを感じながら、下忍達は肩から力を抜いた。

作業に戻ったナルトと別れたアスマの元に、シカマルがツカツカと近寄ってくる。

「ん?ナンだ?どうした、シカマル」

自分の担当している生徒が近づいてきたので何かあったのかと思い自分から声をかけた。

だが、そんなアスマに返ってきたのは、こんな言葉だった。

 

「面倒くせぇから、二度と痴話喧嘩なんかしねーでくれよ、先生」

 

アスマの口から、ポロリと煙草が落ちる。

それは、偽らざるその場全員の心からの願いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も木の葉は平和である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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