子ギツネの嫁入り

 

 

 

 

 あのね、あのね。

今日は任務で山に行ったんだってば。

それで、迷子の子猫を探したんだってばよ。

…う〜、結局またサスケに持って行かれちまったんだってば。

んでも、今度は頑張るんだってばよ!サスケなんてメじゃないってば!

………あぁ、もう、行かないと。

せっかく会えるようになったのに。

せっかく触れられるようになったのに。

夜にしか会えないなんて………。

…うん。分かってるってばよ。

俺たち、いつも一緒にいるってば。

 

じゃあね、『天雷』。

また今夜来るってばよ。

 

 

 

 

 

密会の終わりは朝の訪れ。

起きあがって見た窓の外は今日も快晴だった。

「ん〜っ!今日も良い天気だってばよっ!!」

大きく背伸びした金の髪が、まばゆいばかりに太陽を反射する。

「さぁ〜ってと!任務、任務〜♪」

勢い良く起き出して、パッパッとパジャマを脱ぎ散らかしながら服を着替えたナルトは、部屋を元気良く飛び出した。

 

 

 

 

 

「いやぁ〜、今日は青春という名の台風に当たってな…」

遅刻してきたカカシに文句を言おうとしたナルトとサクラだったが、その口ぶりでどうやら朝っぱらからガイに出会ってしまったらしいことを察し、黙り込む。

「おっ、今日はお前等優しいねぇ。センセー、そういう子が好きだなぁv」

一人でご機嫌になっている安い教師は無視して、

「今日の任務は何だってば」

とナルトが服の裾を引っ張った。

「ん〜、センセーと一緒にベッドに行くっていうのはどうだ〜?」

首を傾げたナルトの可愛らしさにデレッと鼻の下を2mほどまで伸ばしながら、カカシはその幼い体を抱き上げる。

『ヒュッ!』

「わっ!」

空を切る音と共に急な浮遊感にみまわれて、驚いて叫んでしまった。

落ちる!と思った体は、けれどカカシの腕の中に再びすっぽりと収まっている。

「危ないなぁ、サスケ。ナルト落っことしちゃうとこだったでショ?」

どうやらサスケがクナイか手裏剣をカカシに向かって投げたらしい。

それを、カカシはナルトを放りあげて凶器を避け、落ちてきたところをキャッチするという荒技で避けたのだ。

だがサスケはカカシの言葉になにも応えず、ただ「チッ」と舌打ちして、

「早く今日の任務を教えろ」

とだけ返す。

「はいはい。今日の任務は薬草集めだからね。ナルト〜、気を付けるんだよ〜」

「大丈夫だってばよ!センセーは心配しすぎだってば!」

三人は、各自薬草篭を持って別々の方向に消えていく。

それを見送り、カカシは自分も三人の様子を伺うために山に入っていった。

 

※       ※       ※

 

山の中は、ナルトのテリトリーだった。

どの草が薬草かはよく分かっていなかったが、目について「これだ」と思ったものがそうだということがよくある。

それはつまり、体内の九尾の知恵でもあった。

「う〜ん…なんか今日はあんまり見つからないってばよ」

篭の中身が今だ半分も埋まっていないことに肩を落とし、更に奥へと入ることにする。

ガサガサと薮をかき分けながら移動していたナルトは、突然目の前に現れたものに驚いた。

「何だってば、コレ…」

朱塗りの鳥居が、ズラリと奥まで並んでいる。

その鳥居の一番手前には、狛犬とは違う、もっとスラッとした面長の動物を型どったものが座っていた。

「お帰りなさいませ」

突然の声に驚いて振り返る。

そこには、美しい女性が二人、立っていた。

自分の髪がもっと色あせたような、鈍い黄色の髪と少し吊り気味な目が、ナルトに親近感を与える。

「おねーさん達、ここの人?」

ナルトの問いかけに右側の女性はにっこりと笑い、

「ええ。そうして、貴方も」

告げた。

言われた言葉の意味が分からなかったが、左側の女性に優しく手を引かれ、導かれるままに鳥居をくぐっていく。

青白い明かりが行く先を照らし、時折蛍のように舞った。

「あれ、何?」

キレーだってばよ、と言うナルトに右側の女性が「狐火、と言うのですわ」と答える。

「へぇ〜」

キラキラと目を輝かせているナルトを、二人の女性は暖かく見守っている。

そういえば、とナルトは首を傾げた。

先程から話すのは右側の女性ばかりで、左側の女性は一言も言葉を口にしていない。

その疑問を口にする前に、右側の女性が「彼女は言葉が話せませんのよ」と教えてくれる。

「えっ?!怪我したってば…?」

心配そうなナルトの頭を左側の女性はそっと撫で、微笑みながら首を横に振る。

「違いますわ。生まれた時からですのよ」

まるで左側の女性を代弁するかのように右側の女性が話す。

「凄いってば。おねーさんは、こっちのおねーさんの気持ちが分かるってばよ」

無邪気な歓声に「ええ」と答え、

「私達は、二人で一人なのですわ。彼女は私であり、同時に私も彼女ですのよ」

告げられた言葉は難しく、ナルトには理解しきれなかったが、それでも二人が強く通じ合っているということは分かったので納得する。

「さあ、着きましたわ」

気付けば、三人の前に大きな社が建っていた。

真新しい木の香りがするそこに、ナルトは手を引かれて入っていく。

通されたのは、その社の中心部分に位置する部屋だった。

その中央に、ナルトの両手に乗るほどの大きさをした透明な玉が置いてある。

「あれ、何だってば」

「あれは、この社の主の体ですわ。魂を抜かれてしまい、あのような形になってしまったのです」

右側の女性が言い終えると同時に、左側の女性がナルトにその玉を差し出す。

「貴方が触れれば、主は元の姿へと戻ることができるのです」

言われ、おずおずと手を伸ばした。

そうして、そっとその玉を掌で包み込む。

「っ!!?」

突然、手の中の玉が熱を発し始めた。

「なっ、何っ?!」

「大丈夫ですわ。主の体が魂を感じてその生命活動を始めたのですよ」

言われ、少しだけ落ち着く。

そういえば、この暖かさは生き物の温もりだ。

それでもまだ冷たい気がしたナルトが、もっと温めようと思った時だ。

「わぁ…っ!」

突然手の中の玉が大きく膨らみ、ナルトの手から離れる。

と同時に、自分の体から何かが抜け出ていくのを感じた。

無理矢理に自分の中から何かを引き剥がされるような痛みと共に、自分の魂をも吸い取られそうな虚脱感が襲ってくる。

衝撃でペタン、と床に座り込んだナルトは、目の前に突如として現れた獣に言葉が出なかった。

それは、恐ろしく巨大な狐だった。

熊をもかみ殺せそうなその口から牙をむき出し、真っ赤な瞳が憎悪で暗い光を放っている。

けれどナルトはその獣を知っていた。

逆立っている素晴らしく美しい黄金の毛並みの手触りを確かに思いだし、そうして夢の中の密会を思い出す。

正気を失ってこちらを警戒し、今にも飛びかかってきそうなほど威嚇しているその全身からは、強いチャクラが感じられた。

覚えていた。

毎夜、辛い現実を支えてくれた相手だった。

そっと自分を慰め、優しく甘やかしてくれた相手だった。

「天雷………?」

ナルトの呟きに、フッと狐の瞳から憎悪が消える。

辺りで風もないのに凪いでいた垂れ布が静かになった。

むき出しにしていた牙を納め、狐がそっと鼻先をナルトに近付ける。

確かにナルトであることを確認すると、狐は労るように頬を舐めてきた。

「ひゃっ!くすぐったいってばよ」

言いながらも嫌ではないナルトは、大人しく狐の行為を受け入れている。

ふいに背後で控えていた女性達に気付いた狐は、ナルトから少し離れて二人に向き直った。

『…ご苦労だった』

狐の言葉に、女性達は深々と頭を下げ、

「いいえ。これが私達の役目でございますゆえ。御復活、おめでとうございます、主様」

消える。

「き、消えちゃったってば」

『あやつ等は、入り口にいた狐の像の化身だからな。戻ったのだろう』

本来は門番の役割を持っている、と聞いて納得したナルトを、狐はそっと床に押し倒した。

『我が恐いか?』

狐の言葉に、キョトン、とする。

なぜ、今更そんなことを聞くのだろうか。

毎夜夢の中で会っていたというのに。

「恐くなんかないってばよ」

狐の首に腕を回し、その柔らかな毛皮に顔を埋める。

ナルトに多い被さっている狐の体温が、ナルトを酷く安心させた。

絶対の存在に庇護される心地よさを感じ、大きく息をつく。

その耳に、深く落ち着いた声が聞こえた。

『そなたを抱いても良いか?』

意味が分からず、ナルトは首を傾げる。

狐には自分を抱っこできないだろう、と思い、強いて言えば今のこの体勢が抱いている、というのではないだろうか、と思う。

けれど、覗き込んだ狐の眼が真摯だったので、ナルトはコクッと頷いた。

 

数分後、ナルトの戸惑い混じりの甘い声が上がることになる。

 

※       ※       ※

 

くったりとしているナルトの全身を舐め清めてやりながら、狐は酷くご満悦だ。

一方ナルトはと言うと、今だ全身に残る甘い痺れに酔っている。

想像を絶する行為を強要され、あれよあれよと言う間に獣のそれに慣らされた。

『この姿の方がそなたの体に負担をかけずに済む』などと言っていたが、その行為自体がナルトの体にとってはかなりのダメージだった。

抱く、の意味をイヤでも教えられたナルトは、けれど幸せの最中にいる。

突然仕掛けられた行為には驚いたが、その間中、狐を今まで以上に感じていられたからだ。

熱に浮かされた中、幾度も愛していると告げられて、同じだけナルトも答えた。

自分の中の想いがまさかそんな類のものだとは想像もしたことがなかったが、今は確かに自分が狐を愛していることを自覚している。

衝撃の冷めやらぬ体に服がかけられ、傍らに柔らかな毛並みが寄り添った。

素肌に触れるそれは酷く優しく、夢の中での逢瀬を思い起こさせる。

と、そこでふと思い出した。

「あっ!任務っ!!」

自分が任務の途中であったことをすっかり忘れていたのだ。

「う〜。またサスケに負けたってばよ〜」

悔しそうなナルトに、狐がフサッとその九本の尾を揺らすと、音もなく入り口の戸が開かれて、先程の女性達とは違う女性が入ってきた。

数m離れたところに何かを置き、また音まなく去っていく。

なんだろう、とナルトが顔をあげてそれを見れば、薬草が山のように入ったナルトの篭だった。

『集めさせておいたのだ。そなたが任務を途中で中断せざるをえなかったのは我の責任だからな』

そこまで考えていてくれた狐に、ナルトは胸が熱くなる。

「ありがとってば」

照れながらの礼に、嬉しそうに尾が揺れる。

『ナルト』

改めて名を呼ばれ、少し気恥ずかしく思いながら返事をした。

「なんだってばよ」

『そなた…我と共にここで暮らさぬか』

突然の言葉に、ナルトは驚いた。

ナルトはてっきり、狐も自分と一緒に里に帰るつもりだと思っていたからだ。

だが、よくよく考えてみれば、狐がこの封印の解けた姿で里へ戻れるはずがない。

『我はこの社の主だ。長く留守にしてしまったために、この地の神気が落ちている。薬草が少なくなっていたのを見ただろう』

言われ、頷く。

確かに、薬草を探していた時に少ないと感じていたことを思いだした。

『我の役割は、人と自然とのバランスを保つことだ。自然ばかりが搾取されないよう見張りながら、最大限の恵みを人間に与えるのも我の勤め』

穏やかな瞳を見つめ返し、ナルトも頷く。

「分かるってば。天雷は、凄く大切なお仕事してるんだってばよ」

『そうだ。だから、我はしばらくここを離れるわけにはいかぬ。けれど、そなたをあの里に一人残すことは我の本意ではない』

狐は、人間の醜悪さを知っていた。

一心にそれを浴びてきたナルトよりも、狐は深く人間を信じていなかった。

封印の解けた今、ナルトをあの里に一人で戻せば里人がどんな行動に出るか容易く想像できる。

大切な者を失わないために、狐はナルトを自分の元から帰したくなかった。

『我の妻として、共にここで暮らせ』

偉そうに聞こえる物言いの割には懇願するような瞳で狐が言う。

困ったように首を傾げて、それでも嬉しそうに笑ったナルトは、

「………はい、ってば」

答えたのだった。

 

 

 

その後二人(一人と一匹?)は、そろって里に挨拶をしに行った。

九尾は里への恩恵を約束し、火影とだけではあったが和解した。

ナルトと九尾のことは一部の人間にとって衝撃的事件となったのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

えっと、今日はじっちゃんのところに行って来たんだってば。

うん。今年は果物の実りが良くて助かった、って言ってたってばよ。

サスケのヤツ、サクラちゃんと今付き合ってるらしいんだってば!びっくりだってばよ。

…ううん。帰りたいなんて思わないってば。

だって、『ココ』が俺のいる場所だから。

やっと会えて。

触れられるようになって。

いつも一緒にいられるようにもなって。

そうして、生きた暖かさを分け合えるようにもなった。

 

おやすみなさいってば、『天雷』。

ずっと、ずっと一緒にいようね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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