誓い

 

 

 

 

 

君が大切な人はだれ?と聞いたら。

あの子は、少し哀しそうな顔で。

けれどとても誇らしそうな顔で。

 

笑った。

 

 

 

 

 

「どういうことですか?!火影様っ!!

ピンクの髪をした少女が、この里の長に詰め寄るのを、自分はどこか遠い世界の

ことのように見ていた。

「ナルトが封印されるって…もうしたって! どうして…っ!?

その事実を「どうして」と言える彼女を羨ましいと思った。

自分は「やはり」と思ってしまったから。

大切なあの子の姿が消えてから数日間。

大切なあの子の気配が里中に満ちてから数日間。

あの子はやはり、こんな道を選んでしまったのかと。

そう思わずにはいられない自分がいるから。

「落ち着け、サクラ」

少女の教師である上忍が、何かを押し殺した声でたしなめる。

あの子の教師でもあった男が。

「これは、ナルトが選んだことなんだよ」

そう。

それはナルト自身が出した答え。

親代わりの中忍でもなく。

尊敬していた上忍でもなく。

ライバル視していた下忍でもなく。

目指していたこの里の長でもなく。

好きだと言っていた少女でもなく。

そして、自分ではなく。

 

あの子は、「里」を選んだ。

 

あの子を忌み嫌っていた里を。

あの子にすべてを背負わせた里を。

そのことの意味を知らず、里の人間たちは今頃お祭り騒ぎ。

誰に生かされているのか。

誰に助けられたのか。

その事実に気付こうともしない愚鈍な輩。

あんなモノ達のためにあの子が消えたのかと思うと、この里すべてを破壊し尽く

しても足りない。

けれどあの子は、それすらも自分に許してはくれないのだ。

「おい」

それまで黙っていたうちはのエリートが、ふいに口を開いた。

「アイツのことで俺たちが呼ばれるのは分かる。だが…」

こちらに向けて顎をしゃくる。

「どうしてソイツがいるんだ?

納得いかない、といった口調だった。

けれどその理由を火影は口にすることなく、話を続ける。

「ナルトは、この里の森奥深くにある大樹におる。他の者には教えられんが、せ

めてお主たちには教えておきたかったんじゃよ。たまに会いに行ってやってくれ

それで火影の話は終わりだった。

死んではいない。

けれど、生きているわけでもない。

封印される、ということは、そういうことだった。

いや、厳密に言えば封印ですらない、その結末。

里のために捧げられた生け贄…。

それを知らされなかった少女は気丈にも涙をこらえて退室していった。

それを知らされなかった少年はこちらをじろりと睨み付けて退室していった。

残ったのは、自分と上忍のみ。

そこで再び火影が口を開く。

「お前たちには、ナルトが自ら封印された理由が分かっておるのだろう?

火影の問いに、微かに顎を引くことで答えた。

上忍は何も言わなかったが、その瞳で火影は肯定を察したようだった。

「アヤツの願いを叶えてやってくれ」

沈痛なおももちで、火影は告げる。

言われなくともそうするつもりだった。

かつては逆を思っていたのに、今となってはそれも叶わぬこととなってしまった

から。

最後の夜を思い出した。

あの子に触れた最初で。

今となっては最後になってしまったあの夜のことを………

 

※       ※       ※

 

おかしな夜だった。

雲がないのに、月もない空。

なのに星明かりだけではない暖かい明るさが里を包んでいた。

突然訪ねてきたあの子を拒む理由もなく、屋敷の者には内緒で招き入れる。

自分にとって屋敷の人間は、里の連中と同じ存在だった。

あの子を忌む、もっとも醜い生き物。

「どうした?

自分の問いに、少年は小さく「会いたくなっただけだってば」と答えた。

「どうしても、今日会いたかったんだってばよ」

だって、外があまりにもきれいだから。

そう続けた少年の方がきれいだと、柄にもないことを思ったりもして。

「ネジには、大切なもの、ある?

お前だ、とは言えなかった。

そんな甘ったるい関係ではない。

なによりも、それを伝えることは今さらな気がした。

答えない自分を特に気にした風もなく、子どもは続ける。

「俺には、あるってば」

その言葉に胸が痛んだのはなぜなのか。

少年との関わりは、同僚であるという事実と義務…それだけのはずだと。

いや、と否定する。

それだけのはずだった、と過去形で言うべきだろうか。

自分にとって少年はかけがえのない存在で。

けれど自分を少年がそう思ってくれてはいないことを知っていた。

ふいに、知りたいと思った。

目の前で淡く微笑む少年が、心から大切にしているモノ。

知ったからといってどうなるものでもないが、それでも聞いてみたかった。

「何だ?」

だから、聞いた。

星しかない夜空を見上げる子どもは少しうつむき、視線を庭先に向ける。

「………ってば」

聞き取れなかった部分をもう一度聞きたくて、視線を向けた。

そこには、みたこともないような綺麗な笑顔を浮かべた少年がいた。

途端、目の前が真っ赤に染まる錯覚を覚える。

柔らかそうな薄紅の唇が言葉を紡ごうとした瞬間、それを奪った。

そのまま、深く貪る。

「んぅっ………ふ………っ」

聞きたくなかった。

自分で聞いておいて、と思うが、それでも聞きたくなかった。

少年にそんな顔をさせる、自分以外の名前が具体的に告げられるその恐怖に堪え

られなかった。

思ったよりも冷たい唇に、少し驚く。

戸惑いを見せる小さな舌を探ると、おずおずと差し出された。

それで察する。

これが初めての口づけではないのだと。

嫉妬とか。

憎しみとか。

相手に対してもっと黒い感情を抱いても良いはずなのに、それはない。

ただ、凍えそうなほど冷たい哀しみだけが胸にあった。

抵抗もない体を抱き上げ、ベッドに沈める。

年は近いはずなのに、自分よりもずっと小柄な体が切なかった。

「ネジ?」

それ以上なにをするでもない自分に、そっと囁かれる…声。

優しいそれと共に、今だなめらかさを残す手が背を撫でる。

「大丈夫だってば……大丈夫………」

何が大丈夫だと言うのか。

本人にも分かっていないのではないだろうか。

自分ですら分かっていないこの苦しさの訳を、どうして察せられるだろう。

それとも、自分ではないから分かるのか。

「俺は、この『里』が好きだってばよ」

自らを虐げることしかしなかったこの里を、彼は「好きだ」と言った。

「何よりも…大切なんだってば」

繰り返し、髪を撫でられる。

おかしい。自分は、この少年にそうされなければならないほど幼くも弱くもなか

ったはずだ。

なのに………。

だから、と少年は続けた。

「この里を守って」

「里に暮らすすべての命を助けてあげてってば」

「どんなことがあっても」

「俺がいなくなっても………」

その言葉を聞いた瞬間、世界が死んだ気がした。

普段装っていた何もかもをかなぐり捨てて、縋った。

逝かないで欲しい、と。

側にいてくれ、と。

けれど、少年は決して頷かなかった。

一瞬の激情。

それが過ぎた後に残ったものは、抜け殻になった自分だけだった。

終わったのだと。

そればかりが頭を過ぎる。

力なく流れ落ちる涙を止めることも出来ずにいる自分を、ただずっと抱き締めて

いてくれた。

髪を撫で、時折キスをくれて。

耳元に聞こえる鼓動を聞きながら、この夜を自分は忘れないだろう、と思った。

何があったとしても。

彼が消えても。

世界が絶えても。

自分が消えるまで。

 

息を止めるその瞬間まで。

 

※       ※       ※

 

火影の屋敷から退出を許され、少年の封印された森へと向かった。

里にはいたくなかった。

あの子が大切にしていた………している、里。

けれど、あのお祭り騒ぎに紛れる気にはなれなかった。

本気であの子が消えたことを喜んでいる大人と。

何も知らずにはしゃいでいる子どもと。

そんな連中の中に入る気にはなれずに。

 

 誰に生かされていると思っているのか。

 

大樹までの道のりは、忍である自分にとってそう険しいものではない。

四半刻もしないうちに、注連縄で囲まれている大樹の元へとたどり着くことが出

来た。

今は何の変哲もない大樹。

けれど、確かにその腹の中にあの少年を宿しているのだ。

触れても良いものかどうか悩む。

だが、触れたい、という心が勝った。

注連縄をくぐり、大きく地から隆起した根の上に飛び乗る。

そっと、触れた。

 

『トクン…』

 

触れた手の先から鼓動を聞いた気がして、驚きに手を引く。

けれどそれが事実かどうかを確認したくて、再び手を伸ばした。

手のひらから伝わる、ゆっくりとした小さな鼓動…。

命の音。

生きているのだ。

あの少年は、確かにここで生きているのだ。

封印されてしまえば、それは死と同じだと思っていた。

どれだけきれい事を並べたとしても、その存在を確かめられぬことに変わりはな

いと。

けれど。

けれど、それは違ったのだと…思う。

 

あの夜と変わらぬ鼓動を聞きながら。

あの夜と同じように瞳を閉じる。

終わったはずの世界が蘇るのを感じた。

あの子がくれた世界…。

 

 

 

愛しい者の言葉に誓いを。

 

己の存在すべてを賭してこの里を守るという誓いを。

 

 

   この鼓動に………

 

 

 

 

                           完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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