最良の日・最凶の日

 

 

 

あるうららかな休日の午後。

行きつけの薬局からの帰り道、今日も不健康そうなハヤテは目の前をほてほてと通り過ぎていく金の髪の少年を見つけた。

重い枷をはめられているというのに露ほどもそれを感じさせない彼は、日の下が似合う可愛らしい子どもだ。

今日は良いモノを見たと思いつつ、背後から様子を伺っていると、どうも足取りがおかしい。

声をかけようかどうか迷っているハヤテの前で、ついに子どもはばったりと倒れ込んでしまう。

「なっ、ナルトくんっ?!」

慌てて駆け寄ったハヤテは、目を回しているナルトを抱き上げて素早く辺りを見回した。

邪魔者もストーカーも保護者もいないことを確認して、ポンポンとナルトの背中を叩く。

「ゴホッ…どうしたんですかっ?!」

「腹………」

腹、という言葉にギョッとする。

まさか九尾の呪印に何らかの異常が出ているのかと焦ったが、ナルトはそんなシリアスなハヤテの想像を思いっきり裏切る言葉を告げた。

「腹減ったってばよ〜…」

「…は?」

思わず間抜けな声で問い返してしまう。

とりあえず体調がおかしいとか、九尾の封印がどうとかということではないらしい。

安心を通り越して拍子抜けしながらも、ハヤテはこれ以上ないほどに優しくナルトを抱きしめ、もう一度ストーカーや邪魔者や保護者がいないことを確かめてから、その場を立ち去ったのだった。

 

*       *       *

 

目の前で必死に料理を口に詰め込んでいるナルトを暖かい眼差しで見守りながらも、ハヤテは不思議に思っていた。

どうしてナルトがあんなところで行き倒れていたのか。

ナルトならば、ストーカーや邪魔者や保護者…そう、特に保護者辺りにねだればいくらでも食事ぐらい都合してくれるだろうに。

「…ゴホッ…聞いても良いですか?」

頬に付いたソースを拭ってやりながらハヤテが切り出す。

「らんらっへは?(何だってば?)」

「どうして倒れるまで食事をしなかったんですか?…ゴホッ…」

何気ないハヤテの言葉に、せわしなく動いていたナルトの手がピタリと止まった。

言いにくそうに箸をもてあそびながら、チラチラとハヤテの顔を伺う。

「あ、ちょっと…修行に夢中になりすきだってばよ」

へへへ、と頭を掻くナルトに、嘘だ、と思った。

この子は、嘘もまともにつけないほどに純粋で。

だからこそ守ってあげたいと思うのだけれど。

『話して欲しいと思うのは、わがままなんですかねぇ…?』

それ以上を追求せず、ハヤテは「そうですか」と話を終わらせる。

「ゴホッ…修行は大切ですが、無理はいけませんよ…」

コクコクと頷きながら、ホッとした顔をして、ナルトは再び食事を再会した。

口の中いっぱいに食べ物を詰め込む姿は、小動物のようで可愛らしい。

へらっ、と自分の相好が崩れそうになるのを慌てて引き締め、辺りの気配を伺う。

覚えのある気配が一つ、二つ…。

『そんなに存在を主張する忍もどうかと思うのですが…(汗)』

ビンビン殺気を感じつつ、ハヤテは食事をするナルトの姿をじぃ〜っと見ている。

そんな態度がますます奴ら(笑)を煽っているのだが、本人は気づいていない。

いや、気づいていてやっているのかもしれない。

『平和主義者ですから…』

聞く者が聞けば、瞬時に反論されそうなことを思いながら、ハヤテは外で歯ぎしりしているだろう連中に心の中で合掌した。

「ハヤテせんせ?」

気づけば、食事を終えたらしいナルトが、不思議そうにこちらの顔をのぞき込んでいる。

「あぁ、食べ終わりましたか。足りました?」

「お腹いっぱいだってばっvハヤテせんせー、ありがとvv」

問いかけたハヤテに満面の笑みで答えたナルトは、犯罪的に愛らしい。

「ゴホッ…それでは、デザートでも…」

立ち上がり、冷蔵庫を開ける。

さて、とそこで悩んだ。

冷蔵庫の中には、プリン、ゼリー各種、ヨーグルト、ケーキ………誰が食べるのかを想像すると少し恐ろしいものがズラリと並んでいる。

『ヨーグルト…は、却下ですね』

以前、突発的な事象により、木の葉の里で大量出血による貧血によって一部の忍が次々と病院送りになるという悲劇的(喜劇的?)な事件があったのだ。

理由はあえて言わずにおきたい。

『やはりプリンが無難ですかねぇ…』

子ども=プリンが好き、という妙な図式がハヤテの頭の中には存在した。

迷ったあげくビッグプッ○ンプリンを取り出し、生クリームとさくらんぼを添えてナルトの前に差し出した。

「プリンだってばよ〜vv」

嬉しそうにスプーンを口に運ぶナルトを、ハヤテは再びじっくりと観察し始める。

よほど好きなのか、大きな瞳をきらきらさせながら食べている。

『ホットケーキも良かったですかね…』

柔らかい蜜色の髪を見つめながらそう思う。

大きく開けた窓から吹き込んでくる優しい風が、ふわふわとナルトの髪を揺らしていた。

その様はたんぽぽの綿毛が揺れているようで、見ていて心が和む。

「ほぇ?」

自分のことをジッと見ているハヤテが気になるのか、ナルトはスプーンを口に運ぶのを止めた。

なんだかじっと見られているのだが、一体どうしたのだろう。

何度か瞬きをしながら考えていたナルトは、ふいに思い付く。

「ハヤテせんせーもプリン食べるってば!」

「ゴホッ…ゴホッ…はい?」

予想もしなかった行動を取られて、ハヤテは思わず問い返してしまった。

さすが意外性No.1…などとどこか違うことを考えながら、首を傾げる。

「だって、さっきからハヤテせんせー、ずっとプリン見てるってばよ。よっぽど食べたいんだってば♪」

自分の納得できる理由を見つけたナルトは、ニシシと肩でいたずらっぽく笑った。

まさか食べたいのは君だとは言えずに、ハヤテは曖昧に笑い返す。

だが、ナルトは自分の考えが当たっていたと勘違いし、嬉々としてスプーンで掬ったプリンを差し出してきた。

「はい、あーんv」

瞬間、頭が真っ白になる。

背中にはブスブスと突き刺さる殺意の眼差し。

目の前では無邪気な笑顔を浮かべる愛しの天使。

「せんせー?」

口を開けようとしないハヤテに、ナルトは不思議そうに首を傾げてみせた。

途端、一発でハヤテの心は決まる。

差し出されたスプーンを、口を開けて迎え入れた。

口の中いっぱいに広がる甘い味。

「せんせー、おいし?」

にこぉっ、と嬉しそうに問う子どもに適当に頷いてみせ、ハヤテは赤らんだ顔を隠すために少し顔をそらす。

らしくないことをしていると自覚はあるけれど、それが不快ではないのだから仕方がない。

外から飛んでくるそれだけで殺されそうな視線に合掌しながら、ハヤテは内心でガッツポーズをとっていた。

「ごちそーさまでしたっv」

お行儀良く手を合わせたナルトに気づき、ハヤテは食器をシンクに下げる。

「せんせー、ありがとってばv大好きだってばよv」

ご機嫌なナルトの言葉に心臓が止まりそうなハヤテは、外の気配が一気にどよよ〜んと重くなったのを感じた。

ナルトが帰った後が恐ろしい。

当然、負けるつもりはないけれど。

『しつこいんですよねぇ…あの人たち』

過去に三回ずつ(計六回)ほど闇討ちに合っている身としては、出来るなら再起不能なくらいに落ち込んで帰っていって欲しい。

そんなことを考えていると、ふいにナルトが、

「ご飯食べさせてくれたお礼するってば!」

などと言い出した。

「ごほっ…お礼、ですか?」

そんなもの…と言おうとして、ふとあることを思いつく。

成功すれば自分も幸せになれて、外の刺客(となってしまっただろう)二人を再起不能に陥らせることができる方法。

だがそれは、失敗すればナルトから冷たい眼で見られ、外の刺客たちには息の根を止められてしまうだろう諸刃の剣でもあった。

けれど、常日頃の行いやナルトの態度からして、失敗することはあっても最悪「別のにして欲しいってば」と言われる程度で済むだろうという算段が、ハヤテの中にはある。

ので、それを口にしてみた。

「では、ナルトくんからキスをしてくれませんかねぇ…」

言ってから、ナルトの様子を伺う。

真っ赤になって黙り込んでしまっているナルトに、失敗を悟ったハヤテは、

「なんて………」

なんて言ったらどうします?、と続けようとして出来なかった。

自分の唇に触れる、柔らかく暖かな感触。

小さな手が自分の肩に置かれており、長い、その先端までが金の睫が、視界の中で震えている。

一瞬が永遠に思えるようなその時間を、ハヤテは驚きと共に感じていた。

「ハヤテせんせー、大好きだってば…v」

触れ合わせただけの唇を離し、へへへ、とナルトが赤い顔で笑ってみせる。

途端、外で二つの気配が消えた。

どうやら、精神的に死んだらしい。

思惑以上の結果を導き出した自分に満足しながら、ハヤテはナルトの頬に軽く口づけ、

「私もナルトくんが好きですよ…ゴホッ」

囁く。

「…ゴホッ…今日、泊まっていきますか?」

小さな体を抱きしめると、ぎゅぅっと強く抱きつき返してきた子どもはコクンと頷いたのだった。

 

 

 

 

 

翌日の任務の集合場所では、いつまでたっても来ないカカシとサスケを待つサクラとナルトの姿があったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NOVEL TOP