不器用な恋人たち

 

 

 

与えられた任務を、アスマは一番手っ取り早い方法で片づけて里へと戻ってきた。

つまりは、案内人を拷問によって尋問したのである。

最初のうちは疑いだった違和感が、ターゲットの女の様子と案内人の不自然さによって確信へと変わるまでが四半日。

そこからすべてを吐かせるために費やした時間が四半日。

案内人には永遠の眠りについてもらい、女は処理班に任せて、自分はすぐさま里へと戻った。

今までで最速だったのではないのかというほど、今回は荒っぽい仕事の仕方をしたと、アスマ自身も自覚している。

けれど、あえてそうせずにいられないほど、アスマはイラついていた。

任務の途中、覚えのある気配を二つ。

アスマの研ぎ澄まされた感覚は、確かにソレをとらえていた。

片方は、愛すべき子どものもの。

そしてもう一つは、殺しても飽き足らないと思う同僚のもので。

ほんの数秒だったが、間違うことはない。

なぜこんなところに、ナルトがカカシとともにいるのか。

一緒にいた女が何も知らない一般人とは限らなかったせいで態度に出すことは許されなかったが、アスマはその時、確かに胸にわき上がるドス黒い感情を自覚していた。

過去にナルトがカカシと関係を持っていたことは知っていた。

そうして、おそらくは手酷い方法で捨てられたのだろうということも。

だからこそ、自分はナルトの扱いに慎重になっていたのだ。

カカシを罵ることは簡単だ。

断罪することも。

けれどそうしなかったのは、それでもカカシの中に動揺があったことを知っていたからだった。

自分からナルトを切り捨てておいて、あの男の眼はいつも小さな後ろ姿を追っていた。

ナルトを腕に抱いて眠る夜には、必ず一度はあの気配を感じた。

男自身にも、どうしてそんな行動を取ってしまうのか分かってはいまい。

だが、当事者であったナルトやカカシよりも、自分の方が分かってしまう嫌なことが存在することに違いはない。

カカシは、自覚しているかどうか分からないが間違いなくナルトを想っていて。

そうして自分は、それをナルトに伝えようとしない人間だった。

伝えればどうなるか、アスマには分からなかった。

ナルトのカカシへの想いが恋愛だったのか、そうではなかったのか、いまいち掴み切れていない。

それは結局、自分の希望的観測が入り交じるせいだった。

ナルトが抱いていた感情が、愛と呼ばれるものでなければ良い、と。

そう思わずにはいられない自分に苦笑し、自嘲する。

本当ならば、自分がカカシに自分の本心を気づかせ、ナルトにそれを伝えるべきなのだ。

心の底から誰かを愛せる上忍は少ない。

それは少なからず『裏切り』というものが日常茶飯事として体に染みついていることが関係しているのだろう。

色事に長け、人を欺き、裏切る。

上忍になるということは、それを何百回と繰り返してきたということだ。

親だろうが、兄弟だろうが、一度敵となれば躊躇わずに殺すことが出来る…そうでなければ、上忍になってからは生き残れない。

生きるために、疑うことを覚え、欺くことを覚え、そして、匂いが染みつくほど手を血に染める。

そんな中で、どれだけの人間が誰かを愛せるだろう。

殺伐とした環境は、人の心を荒ませる。

そんな中で、逆剥けた心を柔らかく癒してくれる存在に、どれだけの人間が出会えるだろう。

カカシは出会った。

ナルトという存在に。

ただ、あの男にとって、ナルトの中に封印されている九尾という存在はあまりにも大きすぎたのだ。

その事実だけがすべてを隠し、カカシを狂わせ、自分から手に入れた大切なものを失わせる結果になった。

だから、自分は幸運だと思う。

ナルトに出会えたから。

そうして、それを失えないものだと気づくことが出来たから。

自分が変わっていくことを、何よりも自覚させてくれたあの子ども。

だからこそ、大切にしたかった。

守りたかった。

愛してやりたかった。

 

 いや、違う。

 

軽く頭を振り、アスマは今の自分の考えを否定する。

確かに、愛したいと思った。

けれど、それ以上に。

 

 愛して欲しかったのだと

 

思う。

帰ったら、伝えようと思った。

ナルトがカカシとどんな関係にあったか知っている、と。

それでも自分はお前のことが大切なのだと。

プライドもなにもかもを捨てて、愛して欲しい、と伝えたい。

何よりも大切な存在に。

 

*       *       *

 

ナルトの部屋の前に立ち、らしくもなく緊張する。

何度もノックをしようと手を上げては下げ、上げては下げた。

一度深呼吸して、ようやく勇気を振り絞って扉を叩く。

だが、返事はなかった。

おかしい。

確かに中にナルトの気配があるのに、コトリとも音がしない。

そこでようやく、アスマはナルトの気配が弱まっていることに気づいた。

ともすれば消えてしまいそうな様子に、あわててドアノブを回す。

鍵もかけられていない扉に驚きながらも、今はそれに感謝しつつ部屋に駆け込んだ。

「ナルトっ!?」

狭い部屋の中でナルトの姿を見つけるのは簡単だった。

ベッドの上で、シーツが小さな山を作っている。

その中に埋もれるようにしてナルトが横たわっていた。

「ナルト…?」

声をかけるが返事がない。

ただ眠っているだけなのか。

だが、それにしては気配が小さすぎる。

起こさないように気をつけながら、そっとナルトの体を起こした。

濡れたままの髪が冷たくなっている。

顔色が悪く、酷く体温が低かった。

ナルトが何も身に着けていないことに気づき、アスマは慌ててシーツを掻き合わせる。

が、そのシーツも濡れており、ナルトの体を暖めるのには役立たない。

「チッ、何だってこんな………っ!」

続ける言葉は、喉の奥で止まった。

手にしたシーツには、所々に赤いシミが出来ていた。

慌ててナルトの体を確認する。

体のあちこちに擦過傷が見て取れた。

どれも少しばかり血を滲ませている程度だったが、範囲が広い。

特に腕や腹が酷かった。

ナルトの部屋に置いてある常備品では間に合わないだろう。

上着を脱ぎ、それで丁寧にナルトを包み込みしっかりと抱きしめたアスマは、胸に何かが詰まったような苦さを感じながら闇の中に身を躍らせた。

 

*       *       *

 

目覚めたナルトがまず一番最初に眼にしたのは、見慣れているが自分の部屋のものではない天井だった。

体を起こそうとして失敗する。

あちこちからジンジンとした、熱い痛みが滲んでいた。

「気づいたか?」

柔らかく響く声に、そちらに顔を向ける。

「ア…マせん…せ?」

大好きな人の顔を見て安心した途端、脳裏にあの悪夢が蘇る。

「いや………っ!」

反射的に逃げ出そうとしたナルトを、アスマは素早く抱きしめた。

「どうした?」

「やだっ、ダメだってば…っ!」

暴れるナルトを押さえつけることなく、けれどやんわりとそれを受け止めて宥める。

思い通りに逃れられないことにますます混乱し、ついには泣き出してしまったナルトの髪を大きな手がゆっくりと撫でた。

「どうした?」

根気よく、優しく訪ねる。

「黙って任務に行ったから怒ってるのか?」

「にん…む?」

「あぁ」

止まらない涙をキスで拭いながら、まずはナルトが見ただろう状況の説明をする。

「昨日、いや、もう一昨日か。急に出立しなきゃならなくなってな。すまん」

謝ってみせると、ナルトは慌てて、

「そっ、そんなのいいってばよ!任務なら仕方ないってば!」

と、軽く下げたアスマの頭を上げさせた。

「じゃ、じゃあ、あの、綺麗な人…は?」

ナルトが何を指しているのかを察し、軽く「今回のターゲットだが?」と返す。

「そんな…そんな、じゃあ………」

途端に真っ青になったナルトに、アスマは予想を裏切る反応を示されて戸惑った。

予定ではホッとしたナルトが落ち着いてきて、そこで自分の思いを伝えようと思っていたのだが。

「ナルト?」

震えている体をもう一度きちんと抱き直し、大体のことを予測しながらも、アスマは先を促す。

「俺、俺………っ」

一度止まった滴が再びあふれ出すのを丁寧に拭ってやりながら、アスマは待った。

問うのは簡単だ。

だが、ナルトに言わせなければ意味がない。

「俺………っ!!」

そこまで言い、ナルトは素早くアスマの腕から逃げ出す。

突然のことに不意を突かれたアスマは、ナルトが別室へと逃げ込むことを許してしまった。

「ナルト!?」

「見ないでってば!俺っ、俺………っ!」

ドアを一つ挟んで泣き崩れたナルトが、絞り出すようにしてその言葉を口にするのを耳にする。

「汚い………っ!!」

その瞬間、アスマはナルトの傷の理由を知った気がした。

酷かったのは、腕や腹。足。

背中に傷がなかったことも、それならば納得が出来る。

ナルトは、自分で自分を傷つけたのだ。

そこまで精神的に追いつめられたのかと、アスマは唇を噛みしめた。

「ナルト…出てこい」

そっと話しかけるが、中から返ってくるのは否定の気配だけだった。

深くため息を吐く。

ナルトを抱きしめてやりたくて仕方がなかった。

そんなことを気にする必要はないと言ってやりたかった。

仕方なく、アスマはその扉の前を離れる。

途端、ナルトは扉に張り付いて外の様子を伺ってしまった。

自分で閉じこもっておいてこんなことを思うのはおかしいかもしれないが、捨てられてしまいそうな予感に涙がこみ上げてくる。

遠ざかっていくアスマの気配に、ナルトが再び泣き出しそうになった時だ。

「オラ、いつまでそこにいる気なんだ」

突然背後からかかった声に驚いて振り向くと、そこには行ってしまったはずのアスマが立っている。

「なん…どうやって………」

「愛の力…と言いたいトコだが、天井からだ」

指さされた天井の板が一枚、不自然にズらされていた。

そういえば、とナルトは思い出す。

アスマの家は多くの隠し通路のよえなものが存在するのだった。

アスマだけではなく、以前出入りしていたカカシの家にも、当然火影の屋敷にも存在したソレを失念していたナルトは、呆然としてしまう。

脱力しているナルトを、今度こそ逃がさないようにと抱き上げ、アスマは濡れた頬に口づけた。

「誰が汚いって?」

その言葉に、ビクリと細い肩が跳ねる。

「だって、俺………俺………っ!」

「お前とカカシの間に、昔何があったか、俺は知ってる」

突然告げられた言葉の意味を一瞬理解できず、ナルトは溢れそうになっていた涙を引っ込めた。

「今回も、お前がなんでそうやって怖がってるのか、大体の予測はつく」

背中を撫で、髪に口づける。

言葉よりも、触れ合うぬくもりが意味を持つこともあると、アスマは知っていた。

「だったら、何で………?」

「良いんだ」

アスマの言葉を、ナルトは違う意味として受け止めた。

もう、自分のことなどどうでも良くなってしまったのかと、本気で泣きたくなってくる。

気づいた時には、太い首にしっかりとしがみついていた。

「捨てないでってば!」

「ナルト?」

あまりの勢いに、アスマは言いかけていた言葉を飲み込んだ。

「遊びでも良いから…どんなことでもするからっ、だから………っ!」

「おいおい」

熱烈な告白を受け、アスマは戸惑いを隠せない。

それがますますナルトを追いつめる。

「俺なんか、ドベだし、九尾の器だしっ………汚いけどっ!なんでもするっ………からっ、だから………っ!」

言い募ったナルトの頬を、ぺち、とアスマは軽く叩いた。

「自分のことを、汚いなんて言うな」

真剣な顔で叱られ、ナルトはもうそれ以上何も言えなくなる。

「ばぁか。勘違いするな。捨てやしねぇよ。そんなもったいねぇこと出来るか」

ぽんぽん、と背中を叩き、肩に顔を埋めたままのナルトの髪を何度も撫でた。

「俺が言いたかったのは、お前が俺のことをどう思っていても良いってことだよ。ただ、俺がお前を愛してやりたいだけなんだってことに、気づいた」

落ち着いた声に、アスマの愛情が溢れるのを、ナルトは徐々に落ち着いてきた心で聞いていた。

「お前が何に苦しんでんのか、俺には分からん。今すぐそれを忘れろとは言わねぇし、言えねぇ。だが、それが原因でお前を失うことだけは勘弁してくれ」

ため息の深さが、アスマの結論の深さだと思った。

ここまでたどり着くのに、この人はどれだけの苦しみを味わったのだろう。

それでも自分のことを「愛してやりたい」と言ってくれるアスマを、ナルトは幸せな気持ちで想う。

「俺への気持ちも、少しずつで良い。だから、これからも俺といてくれねぇか?」

なんだかプロポーズみたいだとナルトは思った。

それはアスマも同じだったようで、らしくもなく耳まで赤くしている。

この人を信じられる、と思った。

貰った言葉すべてが、自然とナルトの胸になじんでいく。

不思議なほど告げられた言葉が自分の中にあっさりと吸い込まれていくのを、ナルトはアスマの腕の中で感じていた。

 

 

 

 

 

愛されることに不器用な恋人達は、静かに互いの愛を噛みしめた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

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