「虚偽」

 

 

 

 

 

白い足が、ベッドから床へと降りた。

傍らから消え、別の男の元へと戻ろうとしている少年を前に、自分は何も言えずに煙

草へと手を伸ばす。

忍である以上、運動能力を落とすわけにもいかないのに、どうしても手放せなくなっ

てしまったソレを口にくわえ、火をつけた。

吸い始めた頃よりもずっと増えた本数に苦笑しながらも、やめることができない。

出口の横のドアからバスルームに消えた少年の後ろ姿。

情事の跡が色濃く残る体を、あの男のために清め、そうして少年は帰っていくのだ。

自分以外の男の元に。

どちらが誘ったかなど、もう覚えてはいない。

ただ、いつからか肌を合わせることを、当たり前のように繰り返してきた。

ベッドの中でなら、我を忘れて金の髪を振り乱すくらい喘がせてやれるのに、一歩そ

こから出てしまえば手の届かない遠い存在のように思えてくる。

「じゃあ、帰るってば」

まだシーツに埋もれている自分に向かって、少年が告げた。

何も言えずに、黙り込む。

最近、とみに自分の感情がコントロールできなくなっていることを自覚していた。

それは少年との情事を重ねる度に酷くなっていき、今では自分の中をどす黒く変えて

しまっている。

理由は分かっている。

だが、少年にそれを告げるわけにはいかなかった。

自分たちの関係は、少年の恋人であるあの男が気づかないところで行われるからこそ

存在しているのであって。

男にバレれば、少年はすぐさま自分との関係を切るだろう。

少年にとっての一番は、あの男なのだ。

そう。決して自分では、ない。

「次は、いつだ?」

その言葉を口にする度に、不安が胸をよぎる。

やめよう、と。もう会わない、と。そう言われるのではないかという不安に胸が押し

つぶされそうだ。

「さあ…分かんないってば。任務次第だってばよ」

上着のチャックを上げ終わり、少年はすでにいつもの無邪気で明るいドベの姿になっ

ている。

そう、姿だけは。

相変わらず口元に薄い笑みを浮かべ、まるで自分の手の中で踊るしかない自分を哀れ

んでいるかのような高慢な瞳でこちらを見つめているソレは、決して日のある時の少

年のものではなかった。

あっさりと扉の向こうへと姿を消そうとしたその後ろ姿が、ふいに許せなくなった。

こんなにも自分を夢中にさせておいて、自分だけ何でもないような顔をする少年が憎

かった。

気づけば、その細い手首を掴んでいた。

驚いたような顔をした少年を引き寄せ、抱きしめる。

「な………っ」

抗おうとした体を許さず、そのまま無理矢理に唇を重ねた。

「んぅ…っ」

いやがって離れようと胸を押し返してくる手を掴み、執拗に口づけを続けた。

強ばっていた体から力が抜け、少年の足が震え始めたのを認めてようやく解放する。

どんな顔をしているのか確かめたくて、顔を上げさせた。

怒るのだろうか。

それとも、力で押さえつけられ、悔しがるのか。

絹のような髪を掻き上げ、その顔をのぞき込む。

息をのんだ。

大きな碧の瞳から、透明な滴が溢れている。

ふっくらとした頬に、その滴が流れ落ちていく様を、何も言えずにただ呆然と見つめ

ていた。

「なんで………っ!」

泣きながら、小さな拳が胸を叩く。

「なんでこんな………っ」

繰り返し。

何度も。

溢れる涙を拭おうともせずに、ただ少年は拳を打ち付けてくる。

「俺がっ、せっかく俺が…っ!」

悲痛な叫びを聞いた気がした。

幼い声が、責めるように言い募る。

「せっかくっ、我慢して…っ、帰ろ…してんのっ、に…っ!」

嗚咽混じりの言葉に、自分のしでかしてしまった行為の重大さを知った。

「すまない」

声を出さずに、肩だけで泣きじゃくる頭を抱き寄せ、すっぽりと抱き込んで髪に何度

も口づける。

「すまない…」

それしか言えなかった。

そう言うしかない自分の無力さがたまらなかった。

この手に、この涙を止める力がないことが歯がゆかった。

なによりも、こんな泣き方をさせてしまった自分自身が憎かった。

外は雨が降っていた。

せめて雨がやむまではこうしていても良いだろう、と。

 

 

 

 

 

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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