森の妖狐さん〜カカシ登場編〜
柔らかな日差しが降り注ぐ庭先で、丸くなっている子狐が一匹。 青々とした芝生は寝心地が良く、ナルトは妖狐の尾の次にここで寝るのが好きだった。 と、そこに忍び寄る一つの影………。 物珍しそうにナルトを伺い、鼻先を埋めて柔らかい毛並みを確かめる。 どうやらお気に召したらしく、頬を何度か舐め上げる。 「ふゆっ」 ひくくっと息を吸い込んだ子狐が、それを嫌がってもそもそと自分の尻尾に鼻面を突っ込むのを見て、意地悪そうに笑ってみたりして。 「ホントに可愛いなぁ。アイツが教えてくれないのも頷けるよ」 ちょっとしたイタズラを思いついて、隻眼の銀狼はいそいそとナルトを抱き込むようにして自分も横たわるのだった。
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出先から帰ってきた妖狐は、庭の様子を見て顎を外しそうなほど愕然とした。 すぴよすぴよと無防備に惰眠を貪っている子狐の傍らで、進んで会いたいとは思わない………いや、ハッキリ言えばナルトのいる場所では絶対に会いたくない相手がのほほんと横たわっている。 「なっ、なんで貴様がいるんだあぁぁーっ!?」 「ふぎゃっ!」 妖狐の絶叫に驚いたナルトが、奇妙な悲鳴を上げて飛び起きた。 だがやんわりと背中を押さえられていて、ベショッと地面に潰れてしまう。 「なっ、んなっ、なんなんだってばよーっ!?」 起きあがれないことにパニックしてジタバタと手足をバタつかせている視界に、今だかつて見たことのないような顔をした妖狐が入る。 「たっ、助けてってばーっ!」 まるで甲羅を掴まれた亀のようだが、そんなことはこの際どうでも良い。 とにかく、動けるようにして欲しくて、精一杯妖狐に訴える。 いつまでもジタバタ暴れているナルトを面白そうに見ていた銀狼は、ふいに嫌な笑いを浮かべ、ペロリと愛らしい大きな耳を舐めた。 「ひゃあぁっ!」 「おっと」 高い悲鳴が上がった途端、何か青白いものが銀狼の頭を掠めていく。 「貴様、そんなに俺に殺されたいのか」 額に血管を浮かべそうな恐ろしい形相で仁王立ちしている妖狐の手の中には、青白く燃え上がる狐火が………。 どうやらそれを投げつけたらしい。 銀狼の後ろの地面が焦げ付いている。 「そんなの投げたら危ないでショ」 眠そうな隻眼で見上げてくる銀狼が「この子に当たったらどーするんだか」などとさり気なく妖狐を責めた。 グッと詰まった妖狐は、悔しそうにしながらもその通りなので「ナルト、こっちへ来い」と言い放つ。 「行きたくても無理なんだってばぁ!」 手足をじたばたさせながら叫ぶナルトに、妖狐は庭へ降りて銀狼に近づき、漸くその体の下から、押さえ付けられていた愛しい愛しい子狐を奪い返した。 「大丈夫か?」 消毒だ、などと言いながらさり気なく耳を舐めつつ囁く。 「ふにゅ………っ」 ピククッと耳を伏せながらも頷き、激しく脈打つ心臓をぎゅっと押さえた。 赤くなってしまったナルトをやに下がった顔で見つめていた妖狐は、「俺のこと忘れてイチャパラしないでくれる?」という聞きたくもない声を耳にして視線を流した。 「ああ、まだいたのか。さっさと帰れ」 くるりと背を向けた妖狐の背中に、銀狼はぶちぶちと文句を言い始める。 「数百年来の知り合いにそんな態度取るんだ、ふーん」 とか、 「せっかく木の葉の森から来てやったっていうのに、すぐに追い返すなんて酷いなぁ」 挙げ句の果てに、 「昔のお前の悪行の数々をその子に全部教えちゃおうかなぁ」 などと言い始め、 「俺、今日はてんぷら食べたばっかりだから口がよく滑るんだよネ」 さらに、 「楽しいから、森に帰ったらアスマや紅にも教えてやろうかなぁ」 その上、 「伝説の九尾が小さくて可愛い子狐にまで手を出した、って。紅なんかは喜んで駆けつけそうだよネ。『ついにショタになったのね、あの変態!』って」 で、妖狐にトドメを刺した。 がっくりと肩を落とした妖狐は、青ざめながら「やめてくれえぇぇ………」と懇願している。 果てしなく沈んでいく妖狐に、ナルトはカカシを敵と判断したのか、大好きなふかふかの尾の一本にしがみつきながら、 「天雷いじめちゃだめだってばーっ!」 と子ども特有の甲高い声で威嚇する。 ピンッと立った大きな耳と太くなった尻尾のせいで、迫力はまったくなかったけれど。 だがそれらは銀狼に対して別な方向に威力を発揮したらしい。 「ん〜、可愛いねえぇ〜vv」 今だ立ち直れずにいる妖狐を無視してナルトに手を伸ばし、こちょこちょと細い喉元を擽る。 「やだってば!」 頭を振って手を払ったナルトの髪を、今度はポフポフと撫でた。 「やめろってばよーっ!!」 必死になって手をバタバタさせるナルトは鼻血を噴きそうなほど可愛くて、カカシはついつい深追いしてしまう。 「じゃあコレなら良いかナ?」 くるんっと丸くなっているふわふわシッポに手を伸ばし、後少しというところで……… 「貴様………殺ス」 どこからか取り出した真剣をスラリと抜き放ち、ドス黒い怨念を感じさせるオーラを背後に背負って、漸く復活した妖狐がカカシを睨み下ろしていた。 「ギブギブ」 首筋にピタリと真剣を当てられ、さすがの銀狼も両手を上げて降参した。 だがその顔はあからさまに笑っていて、この状態を楽しんでいることは丸分かりだ。 『やっぱ殺っとくか?』 思ったが、悪の手から逃げ出した可愛い子狐がぎゅうっと力いっぱい直衣の裾を握るのが愛らしくて自然と鼻の下が伸びる。 「うわっ!」 妖狐の顔を見た銀狼は、嫌なものを見たとばかりに眉をしかめ、視線を反らす。 だが、そんなものはまったく眼に入らずに、妖狐はナルトをじいいいいぃぃぃぃーっと見ていた。 目尻に浮かんだ涙とか。 今にも溶けそうなうるうるの瞳とかっ。 軽く噛みしめられた口元とかっっ。 怒りのためか、羞恥のためか、はたまた安堵からか、薄く紅潮した頬とかっっっ!強がってはいても、正直に伏せられて震えている大きな耳とかとかっっっ!! 『かーわーいーいーいいいぃぃぃっ!!』 わきわきと妖狐の手が妖しく動いているのにも気付かず、ナルトはますます強く妖狐に抱きついてくる。 「ちょいとダンナ。アンタ俺の存在覚えてる?」 今にもナルトに襲いかからんばかりの妖狐を呆れた眼で見ながら銀狼が口を出す。「なんだ、まだいたのか」 さっさと帰れ、と言いながら野良犬でも追い払うようにシッシッと手を振る。 いや、ある意味野良犬よりタチの悪い狼ではあるが………。 「酷いなぁ。手土産まで持ってきたってのに、もう追い返すワケ?」 「手土産?」 一体どこにそんなものがあるというのか。 と、いうよりも、そんなモノを持ってきているなら、もっと早い段階で渡すのが常識ではないのだろうか。 いやいや、そんな一般常識は、この銀狼には通用しない。 何と言っても、六道全ての存在に恐れられていると言われる天下の妖狐と、対等どころかそれ以上に渡り合ってしまうヤツなのだから。 歩く非常識しいう言葉は、まさにこの銀狼のためにある言葉だと言っても過言ではないだろう。 「そうそう。都で一番と名高い豆腐屋の油揚げ。朝五時に並んでもかえないかもしれないという幻の一品!」 ジャジャーンッと自分でかけ声を上げ、いずこからか取り出した包みをナルトの前にぶら下げる。 ふわ〜んっと漂ってくる油揚げの香りに、ナルトは警戒心も忘れてうっとりし始めた。 鼻をひくひくさせて食べたそうにしているナルトを鼻の下伸ばして見つめながら、銀狼は勝ったとばかりに妖狐を見返す。 ナルトの興味がすっかり油揚げにあることを悟って、妖狐は敗北感にギリギリと歯ぎしりしている。 「食べる?」 「良いのっ!?」 キラキラと瞳を輝かせて歓声を上げたナルトに、妖狐はガックリと肩を落とした。 「ありがとーvアンタ、良い人だってばv」 油揚げ一つで懐柔されてしまったナルトは、さっきまで警戒していたことも自分がされたこともすーっかりと忘れて、銀狼に…正確には油揚げに…飛びつく。 銀狼に意識があったのはほんの一瞬で、ナルトの意識は油揚げのみに注がれ始めた。 それを悟って、銀狼は舌打ちする。 食べ物で懐柔しようと思ったのだが、それを通り越して存在を忘れ去られてしまった。 傍らでは今だ敗北感から復活出来ずに落ち込んでいる妖狐がうっとうしい。 出すタイミングを間違えたかと肩を落とすが、そこはそれ。 落ち込んでいる妖狐をちょいちょいとつつき、 「で?どうやってかっ浚って来たの?あんな可愛い子を」 と問いかける。 まるで人浚いにでも言うような台詞だが、銀狼の知っている妖狐は気に入ったものは全て奪う、という素晴らしきケダモノだったので問題はない。 「だっ、誰がかっ浚うか!庭先に紛れ込んできたのを拾っただけだっ!」 だが、妖狐は己にかかった疑惑を解こうと必死になった。 木の葉に戻った銀狼に、紅という名の恐ろし〜い程に底意地の悪い山猫に告げ口されてはたまらない。 おそらく、あの山猫は喜んでこの屋敷へとやってくるだろう。 いや、絶対に来る! ただでさえ、ナルトとのラブラブ生活を誰にも邪魔されたくないというのに、よりにもよってあの雌猫に来られた日には………! 『地獄が待っているに違いない………』 一瞬その様を想像した妖狐は、珍しいことに顔を青くした。 しかも、可愛いものフェチの山猫は、一目でナルトを気に入るだろう。 当然だ。 ナルトはあんなにも愛らしいのだから………っ!!(熱弁) 妖狐が一人でグルグルと回っているのを面白そうに見ながら、銀狼はナルトに視線を戻した。 嬉しそうに油揚げを頬張る可愛い子狐は、頬をいっぱいに膨らませてご機嫌である。 『あ〜あ、あんなに必死になって口に詰め込まなくても、誰も取ったりしないのにねぇ』 妖狐と同じように、これまた一般人の間では『隻眼の銀狼』として恐れられているはずの銀狼は、我知らず鼻の下を伸ばして気味の悪い笑みを浮かべていた。 「ぅおっ!」 今度は、妖狐が見てはならないものを見てしまったというように眼を反らす。 だが、銀狼はそんな妖狐は(当然)眼に入っていなかった。 きらきら輝く大きな瞳とか。 ピンッと立ったアンバランスに大きな耳とかっ。 ご機嫌に振られる、くるんっと丸くなったふわふわのシッポとかっっ。 油揚げをその口元へと運んでいくぷにぷにの小さな指とかっっっ! 油でベトベトになったその指を舐める赤くて小さな舌とかとかっっっ!! 『かーわーいーいーいいいいいぃぃぃっ!!』 ここにも、どうしようもない変態がまた一人。 同じ種類の変態が二匹も揃って自分を『食べたーいっ!』というヨコシマな眼で凝視していることにも気付かず、ナルトは最後の一枚を口に運んだ。 満足げにケプッと一息ついて、ご機嫌なまま、元の芝生の上にコロンと丸くなった。 お腹もいっぱいになって、どうやら眠くなったらしいのだが、迂闊にも状況を忘れている。 そう。 ここには、目の前の子狐をどうしてやろうかと眼を爛々と輝かせているケダモノが二匹もいるのだ。 それも、恐らくはこの世で一、二を争うだろう変態が! 突然、二匹がこのおいしい状況を見逃すはずがない。 が!しかし!! 「もう用もないだろう。さっさと帰れ」 妖狐がまるで野良犬を追い払うように銀狼に向かってシッシッと手を払う。 まずは、なにを置いても邪魔者を消さなければならない。 だが。 「な〜に言ってるんだか。ここで帰ったらその子喰う気でショ?」 銀狼も負けずに痛いところを突いてくる。 「変態」 「ショタコン」 お互いに自分のことは棚上げにし、悪意のこもった単語のみで相手の痛い部分をバシバシ抉る。 高レベルな妖達による、お子さま以下の低レベルな口汚いののしり合いが、うららかな陽気の下で続けられた。 徐々にボルテージが上がっていく言い争いに、子狐の額にタコマークが浮かんでいる。
お昼寝を邪魔された子狐がキレるまであと数秒………
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