『拾って下さい』
ぼろぼろの段ボールに小さな文字で書いてあるのを、ナルトは任務に向かう途中で見つけた。捨て猫か、犬だろう。酷いことをする人がいるな、と思いながらナルトはそっと段ボールの中を覗いた。
中には、黒い瞳で中を見つめている小さな動物がいる。動物、と言ってもいいのだろうか。サイズは人間の子供程度だったが、犬や猫のように頭に耳が生えている。容姿は人間に限りなく近い。
「…捨てられたのかってばよ?」
ナルトは動物の容姿には全く気を止めず話しかけた。
誰かに不要とされる痛みをナルトは知っている。その痛みは人間だろうが動物だろうが同じ事だ。
ナルトに声を掛けられた動物は。ぴくりと耳を動かしてナルトを見上げる。無機質な黒い瞳がナルトを捉えた。吸い込まれそうなほど黒く、虚ろにも見えるその瞳にナルトはどきりと心臓が射貫かれる。
「オレが面倒見られたらいいんだけど、一人暮らしだからオレがいないときひとりぼっちにさせちゃうからなぁ…」
そう言いながらナルトはその黒い動物を撫でようとしたが、ナルトの手が触れる瞬間、さっとそれが避けられる。
タイミングが悪かったのだろうか、とナルトは再び手を伸ばすが、その度に避けられた。
もしかして人間に触れられるのが嫌なのだろうか。仕方なく伸ばしていた手を引っ込める。
ナルトはしばらくの間じっと見つめていた。動物は最初と変わらず無表情なままナルトを見つめている。
「…じゃあ、オレは任務に行くからいい人に拾ってもらえってばよ」
後ろ髪を引かれるような思いでナルトは立ち上がった。
じっと見上げてくる黒い瞳が妙に罪悪感を煽る。心の中でごめん、と呟いてナルトはその場をあとにした。
あのままあの瞳に見つめられ続けていたら、あとの事など考えず、連れて帰ってしまいそうだ。
けれど気になって仕方が無くて、ナルトは後ろを振り返り、ちらりと動物の様子を窺う。もしもこっちを見ていたら連れて帰ろう、そう思いながら。
そして振り返ると、動物はナルトが見つけたときと同じ体勢でぼんやりと宙を見つめていた。
その姿に、妙に胸が痛む。まるで自分が捨てたような気分だ。
ナルトはなるべく考えないようにして、足早にその場を立ち去った。
動物の事を気にしながら、ナルトは任務を終えて自宅へと戻った。
考えまいとしていたのに、あの捨てられていた動物のことを考え過ぎて、サクラに思い切り拳骨を落とされるようなミスをしてしまった。殴られた頭がいたくて、ナルトはそこをいたわるようにさすりながら夕食の支度を始める。
帰り道はあの動物がいた場所を通らずに帰って来たが、やはり気になって仕方がない。
誰かに拾って貰えたのだろうか、お腹を空かせていないだろうか。
考えれば考えるほど心配になってくる。
ラーメンに入れる玉葱の皮を剥く手を止めて、ふと窓の外を見ると雨が降り出しそうなどんよりとした空模様だった。
もしもあの動物が誰にも拾われていなかったら、とナルトは考える。
ただでさえ人通りの少ない道だ。暗い夜道で雨まで降ってきたら朝になるまで誰にも気づかれない可能性の方が高い。
そうなると、あの動物は一晩中雨に打たれて過ごさなければならないかもしれない。
小さな段ボールの中で濡れているところを想像して、ナルトはいてもたってもいられなくなる。
気がついたら、傘ももたずに家を飛び出していた。
外へ出てみると、家の中から見ているよりも雨の勢いは強い。しばらく走ったあと、傘を持ってくればよかったと公開したが、とりあえずあの動物がどうなっているか、確認するのが大事だ。
しばらく走っていると街灯が見えた。その下で雨に濡れながらも相変わらずぼんやりと宙を見つめている動物の姿があった。
ナルトはばしゃばしゃと足音を立てながら、動物の元に駆け寄る。ナルトも雨に濡れて既にびしょ濡れになっていた。金色の髪の毛からぽたぽたと水滴が滴り落ちる。
そんなナルトを見て、さっきはぴくりとも表情を動かさなかった動物が、ほんの少し目を見開いた。
「びしょ濡れだってば」
そう言いながらナルトが手を伸ばすと、今度は避けられはせず、大人しく頭を撫でさせてくれた。ナルトはそれが少し嬉しくてへへっと笑う。
「お前、オレと一緒に来るってば?」
「……」
「なんだよ、嫌なのかよ…」
無表情なままの動物を見て、ナルトはむっと唇を尖らせる。だが、有無を言わせず動物を抱え上げ、ナルトはジャケットを脱ぐと、動物が入ってる段ボールに被せた。
「とりあえず、連れて帰るからな。こんなところで濡れてたら風邪引いちゃうってばよ」
ジャケットを被せた段ボールをひょい、と持ち上げてナルトは急いで家に引き返す。
走っているとひょこり、とジャケットの隙間から動物が顔を出した。
「こら、濡れるってば!中に入ってろ」
ナルトがそう言っても動物はじっとナルトの顔を見つめているだけで、中に戻ろうとはしない。けど、逃げる様子もないので、ナルトはなるべく急いで家に戻ろうと足を速める。
「なぁ、そう言えばお前名前はなんて言うんだってばよ?」
動物に名前を聞いても答えが返ってくるなんて思っても見なかったが、見た目が人間みたいなので、ナルトはとりあえず問いかけてみた。
「……サイ」
「へぇ、サイっていうのかってば!」
人の言葉がしゃべれるのに、驚いていたが、返事があったことが嬉しくて、ナルトは思わず声を上げた。もし言葉がわかっても何も答えてくれないと思っていたからだ。少しはナルトに対して心を開いてくれたと思ってもいいのだろうか。
「オレはうずまきナルトだってば。よろしく、サイ。ほら、もうちゃんと中に入ってろ」
隙間から顔を出していたサイがこれ以上雨に濡れないように段ボールの中に押し込め、家に急いだ。
そんなナルトからはサイの表情を見ることはできなかったが、ナルトに抱えられた段ボールの中でサイは少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。