『拾って下さい』
ぼろぼろの段ボールに小さな文字で書いてあるのを、ナルトは任務に向かう途中で見つけた。
その中には黒い瞳で宙を見つめている小さな動物がいる。動物、と言ってもいいのだろうか。サイズは確かに猫か小型犬程度で、犬や猫のように頭に耳が生えている。だが、容姿は人間に限りなく近い。
「…捨てられたのかってばよ?」
ナルトは動物の容姿に全く気を止めず、段ボールに入れられている動物に話しかけた。
誰かに不要とされる痛みをナルトは知っている。その痛みは人間だろうが動物だろうが同じ事だ。
ナルトに声を掛けられた動物はぴくりと耳を動かしてナルトを見上げる。無機質な黒い瞳がナルトを捉えた。吸い込まれそうなほど黒く、虚ろにも見えるその瞳にナルトはどきりと心臓が射貫かれる。
「オレが面倒見られたらいいんだけど、一人暮らしだからオレがいないときひとりぼっちにさせちゃうからなぁ…」
そう言いながらナルトはその黒い動物を撫でようとした。
だが、ナルトの手が触れる瞬間、さっとそれが避けられる。
タイミングが悪かったのだろうか、とナルトは再び手を伸ばすが、その度に避けられた。人間に触れられることが嫌なのだろうか。そう考えてナルトは仕方なく手を引っ込める。
ナルトはしばらくの間その動物をじっと見つめていた。動物は最初と変わらず無表情なままナルトを見上げている。
「…じゃあ、オレは任務に行くからいい人に拾って貰えってばよ」
後ろ髪を引かれるような思いでナルトは立ち上がった。
じっと見上げてくる黒い瞳が妙に罪悪感を煽る。心の中でごめん、と呟きながらナルトはその場を後にした。
あのままあの瞳に見つめられ続けていたらあとの事など考えず連れて帰ってしまいそうだ。
けれど気になって仕方が無くて、ナルトは後ろを振り返り、チラリと動物の様子を窺う。もしもこっちを見ていたら連れて帰ろう、そう思いながら。
動物はナルトが見つけたときと同じ体勢でぼんやりと宙を見つめていた。
その姿に、妙に胸が痛む。まるで自分が捨てたような気分だ。
ナルトはなるべく考えないようにして、足早にその場を立ち去った。
************
動物のことを気にしながら、ナルトは任務を終えて自宅へ戻った。
考えまいとしていたのに、あの捨てられていた動物のことを考え過ぎて、サクラに思い切り拳骨を落とされるようなミスをしてしまった。殴られた頭が痛くて、ナルトはそこをさすりながら夕食の支度を始める。
帰り道はあの動物がいた場所を通らずに帰って来たが、やはり気になって仕方がない。
誰かに拾って貰えたのだろうか、お腹を空かせていないだろうか。考えれば考えるほど心配になってくる。
ラーメンに入れるために玉葱の皮を剥いていた手を止めて、ふと外を見ると雨が降り始めていた。
もし誰にも拾われていなければ、只でさえ人通りの少ない道だ。暗い夜道で、雨まで降っていたら誰にも気づかれない可能性のほうが高い。そうなると、あの動物は一晩雨に打たれて過ごさなければならないかもしれない。
小さな段ボールの中で濡れているところを想像して、ナルトはいてもたってもいられず、傘も持たずに家を飛び出していた。
外へ出てみると、家の中から見ているよりも雨の勢いは強い。しばらく走ったあと、傘を持ってくればよかったと後悔したが、それよりものあの動物がどうなってるのか確認するのが先だ。
しばらく走っていると街灯が見えた。その下で雨に濡れながらも相変わらずぼんやりと宙を見つめている動物の姿があった。ナルトはばしゃばしゃと足音を立てながら、そこまで駆け寄る。
ナルトも雨に濡れてすでにびしょ濡れになっていた。金色の髪の毛からぽたぽたと水滴が滴り落ちる。
そんなナルトを見て、さっきはぴくりとも表情を動かさなかった動物が、ほんの少し目を見開いた。
「…びしょ濡れだってば」
そう言いながらナルトが手を伸ばすと、今度は避けようとせず、大人しく頭を撫でられている。ナルトはそれがちょっと嬉しくなって、へへっと笑った。
「お前、オレと一緒に来るってば?」
「……」
「なんだよ、嫌なのかよ…」
無表情なままの動物を見て、ナルトはむっと唇を尖らせる。だが、有無を言わせず動物を抱え上げるとナルトはジャケットのジッパーを下げるてその中に入れた。
「とりあえず、連れて帰るからな。こんなところで濡れてたら風邪引いちゃうってばよ」
段ボールは置き去りにしたまま、ナルトは動物を連れて家に引き返す。
「なぁ、そういえばお前名前なんていうんだってば?」
動物に聞いても答えが返ってくるとは思ってもいなかったが、見た目が人間みたいなのでナルトはとりあえず問いかけてみた。
「……サイ」
「へぇ、サイっていうのかってば!」
返事があったことが嬉しくて、ナルトは思わず声を上げた。もし言葉がわかっても、何も答えてくれないかと思っていたからだ。少しは心を開いてくれたと思ってもいいのだろうか。
ナルトはジャケットの中に入れたサイを雨から守るようにして抱えると、走る速度を上げる。
そんなナルトからは見えなかったが、抱きかかえられていたサイがナルトの服をぎゅっと掴んで、小さく微笑んでいた。