キミとディナー

 目の前に並べられた『食べ物』の数々をどう処理するかサイは真剣に悩んでいた。
 ナルトが作ってくれた様々な手料理を前にして処理という言い方をするのはいささか気が引けていたが、サイにはそれ以上に適当な言葉が思いつかない。
 少し前に口にしたサクラが作った兵糧丸を思い出す。いや、それ以上の味だ。一口食べた瞬間、思わず箸を落としそうになった。
「…なぁなぁ、おいしいってば?」
 だが、ナルトのキラキラとした期待に満ちた瞳を見ると、とてもじゃないが「まずい」などとは口が裂けても言えない。
 ナルトがサイに向かってこんな顔をしているのは珍しい。だからこそ、サイはこの表情を曇らせたくないと思っていた。
「おいしいよ…。ナルト」
「そっかそっか!じゃあ、これも食べろってばよ!」
 嬉しそうな顔をしてナルトは黄色い塊が載った皿を突き出してくる。
 これはいったい何なんだろう。もしかして卵的な何かを使った料理なのだろうか。
 サイはおそるおそるそれに箸を伸ばす。口に入るくらいの大きさに、いや、少し小さめにその食べ物を切り分けてから決死の覚悟でそれを口内へ侵入させる。
「……っっ!!!!」
 思わず声を漏らしそうになり、サイは口を覆った。机に突っ伏さなかったの奇跡だ。サイは思わず自分の精神力の強さを褒め称える。
「どうしたんだってば?」
 そんな自分の様子をナルトは不思議そうに見つめた。 
「い、いや。これすごく美味しくて…!!」
 ナルトを傷つけてはいけない。せっかく友達が自分のために作ってくれた料理だ。その気持ちだけでサイは目の前に出された黄色い物体を必死で口に運ぶ。
 それを見ていたナルトが、サイにとっては悪魔の様な笑顔を浮かべて告げた。

「まだまだおかわりあるから、たくさん食べてくれってばよ」

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。
 いつもと変わらない無表情な顔でサイはナルトの作ったいびつな料理を見つめた。



 ************

 話は数時間前に遡る。
 任務の間に食事を取っていたときのことだ。じっとナルトがサイのことを見つめていた。
「なに?ナルト」
「…お前それ、何食べてるんだってば?」
 ほっぺたに米粒を付けたナルトがサイに問いかける。サイが今手にしているのは手軽にとれる栄養補助食品だ。特に珍しいものではない。
「ナルトも食べるかい?結構おいしいよ」
 もう一つ同じ物があったので、ナルトに差し出した。それを受け取ったナルトは怪訝な顔をしてそれを口にする。
「…あんまりうまくないってばよ。お前さ、もしかして夜もこんな感じなんだってば?」
「そうだけど、特に問題はないよ。たまにはキミに付き合ってラーメンも食べてるし」
「こんな食生活じゃ体壊すってばよ!」
 急に声を荒げ出したナルトに、サイは少し気圧される。だが食生活が偏っているのはナルトだって同じはずだ。前にナルトの家へ行ったとき、カップラーメンの空がたくさん転がっていた。
「ナルトだって、人のこと言えないだろう?キミだってカップラーメンばかりじゃないか」
「…オレはたまにイルカせんせーとか、カカシせんせーとかに無理矢理野菜食べさせられてるからいいんだってばよ」
 食べさせられたときのことを思い出してか、ナルトは渋い顔をして呟いた。
「そんなんばっかり食べてるから、お前は顔色悪いんだってば」
「自分じゃわからないけどね。でも特に体調は悪くないし……」
「そういう問題じゃないってば!…よし、じゃあ、オレがイルカせんせーたちみたいに、お前にゴハン食べさせてやるってばよ!」
 何を作ろうかな、と既に決まったことのようにナルトはメニューを考え始める。
 嬉しかった。こんな風に自分の体調を考えてくれる友人がいることに。
「そうか…じゃあ、ごちそうになろうかな」
 このときまでは、本当に嬉しかった。思わず口元が緩んでしまうくらい。
「お前でも、そんな風に笑うときあるんだな」
 一体自分がどんな顔をしていたのか、サイにはわからなかったけど、ナルトがいつもより少し優しかったような気がする。
「じゃあさ、今日任務が終わったら買い物に行こうぜ!」
 友達と一緒に買い物に行く。それもサイにとってはとても新鮮なことだった。初めてにも近い出来事に、舞い上がり過ぎていてサイは重要なことを忘れてていた。
 ナルトが料理を作れるか否かということだ。
 いつもはカップ麺で過ごし、時折食べる野菜も恐らくイルカやカカシが調理してくれるのだろう。だからナルト自身は全く料理をしたことがなかった。
 見よう見た目でなんとかなる、と思っていたようだ。
「ナルトの料理、楽しみだな」
「すっげーごちそう作ってやるから、期待して待ってろってばよ!!」
 
 このときは、本当にただナルトが作ってくれる料理が楽しみで、あんなことになるなんてサイは予想もしていなかった。



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 青白い顔をして、サイはなんとかナルトが作ってくれた料理を食べきった。
「ごちそうさま……とても美味しかったよ。独創的な味で…」
 試練を乗り越えたサイは、ナルトが出してくれたお茶をすすりながらほっと息をつく。
 今日ナルトが出してくれたもので一番美味しい。
 ナルトはサイの言葉を聞いて、嬉しそうに鼻歌を歌いながら食べ終わった食器を片付けている。
「あ、また作ってやるから、いつでも食べに来いってばよ」
 その言葉を聞いて、サイの顔色がうっとお茶を吹き零しかけた。自分の舌を通り過ぎていった数々の料理を反芻してしまう。
 出来ればもう二度と、ナルトの料理をごちそうになるのは避けたい。一瞬、サイは考え混んで、そうだ、と秘策を思いついた。
「今度は、ボクがナルトにごちそうするよ。料理は作ったことないけど、本を参考にしてたらきっと出来ると思うんだ」
「んー。じゃあ、今度はサイの家でご飯たべるってば。ちゃんと食べられるもの作ってくれってばよ」
 キミよりは、多分ましなものをつくれるよ、という言葉をサイは必死に飲み込んだ。今日は帰るときに、料理の本を図書館で借りて、胃薬を処方してもらって帰ろう。いや、もう胃薬は手遅れかもしれない。さっきから胸のあたりが焼け付くように苦しい。
「…じゃあ、ボクはそろそろ。ごちそうさま、ナルト」
「あ!ちょっと待った!」
 椅子から立ち上がりかけた瞬間、ナルトが食器を洗う手を止めて、ばたばたと冷蔵庫へ走っていく。
「デザートがあるの、忘れてたってばよ!」
 はい、と笑顔で差し出された物体を見て、サイは今度こそ友情が壊れる覚悟をした。



終   


サイがナルトにご飯を作ってもらう話。            
サイ祭り第一弾!
サイ+ナルトって感じだけどサイナルなんです。っていうかナルトはどれだけキツイものを作ったんでしょうね…。

2009/03/01