男が去って、ナルトも自分の家に帰ろうと方向を変えたときだ。後ろに立っていた人間に勢いよくぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさいってば…」
思い切り鼻をぶつけてしまい、ナルトは鼻をさすりながら顔を上げる。
そこに立っていた人間の顔を見てナルトは凍り付いた。
どうしてここにいるのかを疑問に思ったからではない。最初に、体を売っていたのが知られたとき――いや、そのとき以上に冷たい目をしたカカシが立っていたからだ。
「カカシ、せんせ…?」
怖々とした口調でナルトは口を開く。
「…約束、破ったの?」
「え?」
「さっきの男に、お前お金渡してたでしょ。あれって仲介の男だよね?…ナルトは、約束を守る子だと思ってた」
体を売ったと決めつけられて、ナルトは心が砕けそうになるくらいショックを受けた。
言葉が出てこない。
否定することもできず、目を見開いたままカカシを見上げているだけだ。まるで金縛りにあったように動けない。
「ナルトは知らなかっただろうけど、オレずっとナルトのことを見てたんだよね」
そんなこと、とうの昔に知っていた。
「今日は大急ぎでどこにいくのかなって思ってたら、お前を見失って…やっと見つけて声を掛けようとしたら、お前はあの男に金を渡してた。今日はいくら稼いだの?」
なにもやってない。ずっと払っていなかった仲介料を渡してただけだ。
「また客を紹介してもらうんでしょ?ガキのくせに淫乱だよね。オレだけじゃ足りなかったんだ」
違う、と言いたいのに喉が凍り付いたように動かない。それがもどかしくてたまらなくて、目頭が熱くなってくる。
「…泣いても無駄だよ」
いつの間にか溢れていた涙が頬を濡らしていた。それを見てもカカシは冷たくナルトを見下ろしているだけだ。
「手に負えないね、お前にはもう、失望したよ」
その言葉が、ナルトの心をずたずたに引き裂いた。
カカシはその言葉を言い捨てると、泣いているカカシをそのままにして立ち去ろうとする。
一歩一歩、離れていく背中。ぼやけた視界で、ナルトはその背中をずっと見つめていた。
待って、とも言えないで、ただナルトはカカシの背中を見つめる。
その背中が見えなくなって、ナルトの体が漸く動いた。もう視線の先には見えない、カカシの方へ手を伸ばす。
「違…う…」
ナルトは絞り出すような声で呟いた。
「違うのに…」
なにもしていない、とどうして言えなかったのだろう。
『失望した』というカカシの声が頭にこびりついて離れない。勝手に疑ったカカシを、怒ってもいいはずなのに信じられていないことが悲しくて言葉もでなかった。
胸が痛い。泣いているせいだろうか。嗚咽を漏らしそうになるのをナルトは必死で耐えている。
本当は大声を出して泣いてしまいたい。けれど、泣いて喚いても失ったものは取り戻せない。
カカシの信頼と、あの穏やかな時間。
それを壊したのは自分だ。あのとき「もう客は紹介してくれなくていい」と言っていれば、今とはなにか変わっていたのかもしれない。
だけどそれは考えても仕方のないことだ。
ナルトは涙を流しながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。