ボクはどうやら感情の表現というものが乏しいらしい。
そう気づいたのは最近になってのことだ。
精一杯表に出しているつもりなのに、無表情でなにを考えているかわからないと言われているのを耳にした。
そんな評価に対して特に何の感情も抱かなかったが、いつかこれが任務に支障を来すかもしれない。
何を考えているかわからないということは、則ち何かを企んでいそうだと言うことだ。自分にそんな気がなかったとしても。
どうやったらもう少し豊かな表情になれるのだろうか。本を読んで勉強をし、それを実践しても少しも周りの評価は変わらなかった。
それどころか「あまり本を鵜呑みにしないほうがいい」なんて忠告される始末だ。
一体どうすればいいんだろう。サイは一生懸命考えた。そしてそうだ、と一人の人物に思考が辿り着く。
忍びとは思えないくらい喜怒哀楽をはっきりと表情に出す少年がいる。彼を見本にすればいのでは――?
そんな考えに至ったサイはさっそく少年のところへ向かった。
無表情
最近視線を感じる。そうナルトが思ったのはサイがナルトの観察をし始めてから数日が経過した頃だ。
その視線は昼夜問わず絡みついてくる。視線の持ち主を確かめてやろうとするも、持ち主に辿り着くまでにそれはふっと消えてしまう。
おかげでナルトはここ数日、ひどく居心地の悪い思いをしていた。
さすがに耐えきれなくなってきたナルトは誰かに相談しようと思い、桃色の髪をした女の子へちらりと視線を向ける。任務の合間の休憩中。退屈そうに空を眺めているサクラにナルトはそろそろと近づいて行く。
「さ、サクラちゃーん」
「何?……ナルト、あんた顔色悪いわよ」
サクラはナルトの顔を見た瞬間そう告げた。ナルトはへへへ…力なく笑うだけだ。
「それがさ……」
と口を開きかけたところではた、とナルトは気がついた。いくらサクラが頼りになるとはいえ好きな女の子に「誰かに見られているかもしれなくて怖い」という相談をするなんて、みっともない以外の何ものでもない。
ナルトがしばらく沈黙を続けていると、サクラは早くいいなさいよ、と呟かれる。
「いや、やっぱりやめとくってばよ」
「なによ。言いかけて止めるなんて気になるじゃない。さっさと言いなさいよ」
サクラはムッとしたように顔をしかめ、ナルトはそんなサクラに少し怯える。仕方なしにナルトはぼそぼそと口を開きはじめた。
「…最近誰かにずっと見られているような気がするんだってばよ」
そんなナルトの告白にサクラはふーん、とつまらなさそうに呟いた。
「それって、あれじゃないの?」
そう言いながらサクラが指さした方向を見て見ると、サイがじっとこちらをみつつスケッチブックに何かを描いていた。
「なにやってるんだってば…あいつ…」
よくわからないやつだと思っていたが、今日ほどそう思ったことはなかった。ナルトはチラチラとサイのほうへ視線を送る。サイは微動だにせずナルトを見つめ、手を動かしていた。視線の主はわかったけれど、なぜか気づく前よりもずっと怖い。
「あの視線ちょー気になるんだけどなんとかならねぇかなぁ、サクラちゃん……」
「嫌って言えばいいじゃない」
「なんかそれを言うのもイヤっつーか、そもそもサイに近づくのが怖いっつーかさぁ!」
「気持ちはわかるけど、言わないときっとわかってくれないわよ?」
がんばって、とサクラは人ごとだと思ってかるくナルトの肩を叩く。
予想はしていたが、サクラのドライな対応にナルトは心の中でひっそりと泣いた。
「ちょっと、サイのところ行ってくるってば…」
しばらく、どうしようかと考えていたナルトだったが、意を決したようにサイの元へ向かう。一歩一歩サイに近づく度に胸が高鳴る。
ときめいているとかそういうことではない。あの感情がないような瞳に見つめられるのがとても怖かった。
「サイ!」
ナルトが声をかけるとサイはぴたりと手を止める。
「…なに?」
「えっと…その…」
なんでオレを見るんだってば、と聞こうと思っていたはずなのに、なぜか上手く言葉が出てこない。実は全然違うところをサイは見ていて、そこにたまたま自分がいただけだったりしたら、自意識過剰で少し恥ずかしい気がする。
「なに、描いてるんだってば?」
そう言ってナルトがひょい、とサイのスケッチブックを覗こうとすると、サイはそれを隠すようにぱたんと閉じた。
「別に何も…」
ふいっと視線を逸らすサイにナルトはむっと顔をしかめる。
「嘘つくなってば!お前明らかにオレを見て手を動かしてただろうが!」
ナルトはサイのスケッチブックを奪い取ろうとするが、サイは無表情ながらも強い力でそれを離してはくれない。
「く…っいい加減に離せってば」
「プライバシーの侵害だよ、ナルト」
淡々とした表情で頑としてスケッチブックを離そうとしないサイに、ナルトはとうとうそれを奪うことを諦めた。
サイはナルトに気づかれないように小さくほっと息をつく。
「…なんだよ、ちょっと見たかっただけなのにさ」
しょんぼりと傷ついたように肩を落とすナルトを見て、サイの心が痛んだ。
サイにとってナルトは大切な友達だ。友達が悲しんでいるところは出来るだけ見たくはない。
こういうとき、どうやって慰めればいいのだろうか、とサイは考えた。
「えっと…ナルト」
「なんだよ」
「…少し、見る?」
サイがそう言った瞬間、落ち込んでいたナルトの目がキラキラと輝いた。ナルトは心の中で「うまくいった」とほくそ笑む。そんなナルトのあざとさに気づかず、サイはぺらぺらとスケッチブックを捲った。
最初は目を輝かせてスケッチブックを見ていたはずなのに、いつの間にかページを捲る度に、ナルトの顔が青くなっていく。
「はい、おしまい」
数ページ捲ったところで、サイはぱたん、とスケッチブックを閉じた。ナルトは少しサイから距離を取り、スケッチブックに描かれていたものに質問を投げかける。
「…なぁ、なんでオレばっかりなんだってば?」
ナルトの問いかけにサイは一瞬言葉に詰まった。表情を豊かにする研究のためにナルトを観察していた、なんて正直に堪えたらきっとこの目の前にいる少年は顔を真っ赤にして怒り出すだろう。
「なぁ、なんでなんだってば?」
理由を言わないサイに、ナルトは焦れたように同じ質問を繰り返す。きっと答えを聞くまでナルトはこの質問を繰り返すだろう。
ナルトを傷つけず、かつ不快な気分にさせないようにしなければならない。友達を傷つけるなんて最低な行為だ。
そうだ、とサイは心の中で手を打った。思っていることを素直に告げればいいだけではないか。確かに表情を豊かにする研究のためにナルトをスケッチしていたが、それは彼のそういうところに好感を抱いているからだ。
ナルトはいまいち自分のことをよく思ってない節がある。これを機にナルトに自分の気持ちをわかってもらうのもいいかもしれない。
そんなことを考えながらサイはじっとナルトの目を見つめる。
ナルトはその視線に耐えられなかったのか、一歩サイから距離を取った。
「ボクが、ナルトをスケッチする理由は…」
「理由は…?」
「…ボクが、君のことを好きだからかな」
真剣な目で見つめられながらそんな告白をされて、ナルトは思い切り後退る。
「お、オレは…っ!」
「どうしたの?ナルト」
小さく肩を震わせているナルトを見て、サイは不思議そうに首をかしげる。
「オレは、ホモじゃねぇぇぇぇぇ!!」
「あっ、違うんだ、ナルト。そういう意味じゃ…」
ない、と言い終わるのを待たずに、ナルトはサイの前から走り去ってしまった。なにか誤解されてしまったようだ。だが誤解を解くのも手間だった。
今自分にはやらなければならないことがある。
サイはスケッチブックを開いて筆を持った。
怯えているナルトの顔も描いておかなければ…。
サクラの後ろに隠れながらも、怯えた顔で自分を窺っているナルトをじっと見ながらサイは再び手を動かしはじめた。