Curse 中編

「よくもまぁ…2週間も姿をかくしておったな」
 いつもよりも少し低い声で告げられて、目の前にいる老人が珍しく真剣に怒っていることを悟る。紫煙を吐き出しながら、重々しくため息をついた。
「…ごめんなさいってば」
 少し疲れた顔をしている三代目火影を前に、ナルトは素直に頭を下げた。
 これで終わりになるなんて思っていなかったけれど、案の定姿を眩ませた理由と、行き先を問われたが、ナルトはだんまりを決め込んだ。理由は言えない。元より、誰にも言うつもりはなかった。
「言う気はないんじゃな…」
 決して口を開こうとしないナルトに、火影はナルトがなにも言う気が無いことを察する。煙管を銜え、煙を吸い込むとまた重々しいため息をついた。
「おぬしが勝手に姿を消したことを咎めぬというわけにはいかん。……少し、頭を冷やしてくるんじゃ」
「…頭なら、もう十分冷えてるってば」
「独房に1週間じゃ」
 下がって良い、と火影は告げた。ナルトが話さないのなら、これ以上三代目も話すことは無いらしい。
 ぺこり、とナルトは普段なら決してしないようなお辞儀をしてナルトは執務室を後にしようとした。ドアノブに手をかけたところで、ぴたりとナルトは足を止めた。
「…あのさ、じっちゃん。イルカせんせーには…」
「わかっておる。おぬしが帰ってきたことは伝えておく」
 そう言われて、ナルトは苦笑いを浮かべた。
「いや、その逆で…黙っておいて欲しいんだけど…」
 ぽり、と人差し指で頬をかきながら気まずそうに言うナルトに、火影はにやりと笑ってみせる。
「ばかめ。だから言うんじゃ。こってり絞られるんじゃな」
 あとで寄越すから覚悟しておけと火影に言われると、ナルトは肩を落とした。「イルカせんせーの説教…長いんだよな」なんて、ぶつぶつと呟きながら。
 はぁ、と今度はナルトが重いため息をつきながら扉をあけて部屋を出る。
「…カカシには伝えておくか?」
 その問いかけに聞こえなかったふりをしたのか、ナルトはそのまま扉を閉めた。
 誰もいなくなった室内で三代目は紫煙を吐き出す。ナルトがいたときよりも、ずっと重いため息をつきながら。
「今の反応だけで十分じゃ…」
 ナルトが2週間も姿を眩ませていた理由と、何をしたかったのかも聞こえないふりをしたナルトの反応を見てすぐに察しがついた。
 どうしたものかのぅ…と火影は一人、誰もいない室内で呟いた。





Curse 後編

 


 いつか、あんな言葉を切り出されることはわかっていた。
 だからきっと心は痛まないと思っていた。けれど、考えていたよりもずっとショックで思わず里を飛び出してしまいこの有様だ。この程度で済んだことを火影に感謝しなければならないと思う。
 狭い独房の中、薄っぺらい布団の上に転がってナルトはそんなことを考えていた。
 先ほど三代目の言葉を聞こえなかったふりをしたのはきっとバレバレだっただろう。別に知らせる意味はないし、知らせて欲しいとも思っていない。だがどう言っても三代目は自分が里に戻ったことをカカシに知らせるだろう。
(…あの人は、オレの監視役なんだから)
 最初からわかりきっていたことだ。もちろん、カカシが自分を憎んでいたのもわかっていた。時折かすかに発せられる殺気に気づかないほど鈍くはない。
 どんなにわずかな殺気にでも気づかなければ、生きてはいけなかった12年間。忍術はまだまだだけど、殺気や人の気配を察することは人一倍長けていると思う。
 気づかなければ、自分はもっと傷ついていたかもしれないが、きっとカカシと過ごしていた日々はもっと幸せに過ごしていたはずだ。
 いつ、この人はオレを捨てるんだろう。
 そんなことを思わずに。
 けれどそれでも、ナルトはカカシと一緒にいたかった。
 好きだった、から。
 それにしてもカカシは要領が悪いと思う。わざわざ愛するフリをして、人前で手を繋いだり、憎くて仕方のない相手にキスしたりセックスしたり。『心にもない言葉』を囁いたり。自分を傷つける手段なんて、いくらでもあったはずだ。それこそ、殺すことだってカカシだったら可能だったかもしれない。
 別れを告げられてから散々泣いたからもう涙は出ない。胸も少しも痛まない。なぜか他人事のように考えられた。
 コンコン、と鉄製の扉が叩かれる音がした。起き上がって音のある方へ視線をやると扉に取り付けられている監視用の窓から人の目が覗いている。
「イルカせんせー…」
 鍵を開ける音が聞こえてイルカが入ってきた。見張り役の忍びが「手短に」と言っていたが、きっとそれは無理だろう。怒った顔をしている。思い鉄の扉が閉められ、イルカと二人だけになる。
 げんこつの一発か二発はもらうかもしれないとナルトが覚悟を決め、ぐっと目を閉じる。
「ナルト」
 静かに名前を呼ぶイルカに、ナルトはそうっと目を開いた。そして、次の瞬間ぎょっと目を見開く。
「よかった…お前が無事で…」
 イルカは顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。いつもみたいに拳骨をくらって、説教をされると思っていたのに。自分がそう望んでいただけなのかもしれない。
「…な、何泣いてんだってばよ!イルカせんせー!」
「お前が心配させるからだ…っ!まったく、一体いつまでオレを心配させる気だ」
 イルカは袖でごしごしと、男らしく涙を拭っていた。
 そうだ、この人は心配してくれるのだ。こんな自分でも心配してくれる人がいる。
「イルカせんせーは、心配しすぎなんだってばよ。オレってば子供じゃないもん」
「そんなことを言ってるうちはまだまだ子供だ。まったく…だいだいお前は…」
 いつも通りお説教が始まった。こんな風に日常にもどっていくのだ。
 この一週間はその準備期間で、外に出たらきっといつもと同じ日常が戻ってくる。カカシと出会う前に戻っただけだ。
 ナルトはそう思うことにしてふぅ、とため息をついた。
「ナルト、聞いてるのか?!」
「聞いてるってばよ!もーイルカ先生ってば相変わらず口ウルサイってばよ!」
「なんだとぉ?」
 イルカの顔が恐ろしげに変化して、ナルトは声を上げて笑った。さすがに今度はイルカの拳骨が落ちてくる。
「イッテェ…っ」
「…っ、オレの手も痛いんだぞ。まったくお前は石頭だな」
 ナルトが頭を抑えてしゃがみ込み、イルカは手を押さえる。けれど、お互い口元には笑みが浮かんでいた。
「あーあ。…お前ののんきそうな顔見てたら怒る気も失せちまった」
「殴ったのに、よく言うってばよ」
 イルカの台詞にナルトは唇を尖らせる。
「とりあえず、オレが言いたいことはこれだけだ。…あんまり無理するなよ。泣きたいときは泣けばいいし、辛かったら逃げてもいい。オレはいつだってお前の味方だからな」
 ぽんぽん、とイルカは見上げているナルトの頭を撫でた。
 この人には一生お説教されるんだろうなぁ、と思うとちょっと鬱陶しくて、とても嬉しい。
 うつむいて、少し泣きそうになる。けれど泣いてるところを見せたくなかった。
「…今は大丈夫だってば」
「ほんとか?お前は変なところで頑固だからなぁ」
「頑固とじゃなくて…っ、男が簡単に泣いたらダメなんだってばよ!」
 溢れてきそうになる涙をぐい、と拭ってナルトは顔を上げた。
 泣きそうだったことがわかったのだろうか、イルカは少し複雑そうな顔をする。そしてそっとナルトを抱きしめた。
 兄か、父親のような抱擁だ。
 ナルトは少し戸惑った後、素直にイルカの胸に顔を埋める。
「目が赤いのは見なかったことにしてやる」
「…うん」
 頷いて、やっぱり少しだけイルカの胸元を濡らしていた。







 ************




 仲のよろしいことで、と思いながらカカシはナルトがいる独房の外で、監視用の窓から二人の様子を眺めていた。
 三代目から連絡を受け、煩わしく思いながらも足を向けてしまった。

 ナルトが、一体どんな風に打ちのめされているか見たくて。

 けれどナルトは、少し痩せていたが笑ってるし、普段と変わらないように見える。自分が想像していたナルトは、もっと傷ついていると思っていた。
 とんだ期待はずれだった、と思いながらカカシは覗くのをやめる。そこから立ち去ればいいのに、二人の会話を盗み聞きするようにその場に立ち止まっていた。
 イルカが入ったところからもう1時間だ。一体自分は何がしたくてここにとどまっているのだろう。
 なぜ、ここから立ち去ろうとしないのだろうか。
「――じゃあ、オレは帰るからな。お前はじっくり反省すること」
「もう、わかってるってば!」
「ナルト、 またな」
 バイバイ、というナルトの明るい声が聞こえて扉が開いた。ナルトがいる独房から出てきたイルカはカカシを見て一瞬驚いた顔をして、だまって扉を閉めた。
「…いらしてたんですか」
 まさか、来るとは思わなかった。そう言っているような瞳に見つめられてカカシはぴくり、と頬の筋肉を動かす。
「当然でしょ?オレはナルトの担当上忍ですよ」
 にこやかに、笑みを浮かべてみる。イルカはそれをうさんくさそうな目で見ていた。どうもこの中忍は自分のことが気にくわないらしい。それはお互い様だが、今日はいつも以上に気分が悪い。
「向こうで、お話しましょう。ここじゃナルトに聞かれてしまいますから」
「オレは別に聞かれてもかまわないんですけどね」
「…っあなたはよくても…オレは嫌なんだよ!ナルトに、あんたの言葉を聞かせたくないんだ!」
 声を荒げるイルカに、こわいこわい、とカカシは肩を竦めた。
 どうしてこの男は他人の、それも九尾の器であるナルトのためにこうも一生懸命になれるのだろうか。まるで理解出来ない。
 カカシは不快そうに顔をしかめた。思わず鋭い目でにらみ付けるが、イルカはその視線をまっすぐに受け止める。ナルトと同じ目だ。
「イルカせんせー…カカシせんせーいるの?」
 にらみ合ったままでいると独房の中からナルトの声が聞こえた。その瞬間、緊張が解けたようにカカシもイルカもはっとする。イルカは慌てたようにナルトがいる独房へ続く扉と、カカシを見た。
「あぁ…」
 小さな声で、イルカは答えた。扉の向こうのナルトは沈黙する。
「あのな、ナルト…」
「オレ、カカシせんせーと話するから…」
 心配しないでってば、というナルトの声にイルカは会わなくてもいい、と言いかけたのを飲み込んだ。
「じゃあ、オレは帰るからしっかり話をしなさい。お前が出てきたら一楽に行こうな」
「うん、楽しみにしてるってば!」
 明るく振る舞っているようなナルトの声に、イルカは後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去る。
 カカシは視線だけでイルカの姿を追い、気配が消えると扉の前まで移動した。見張りをしている忍びが鍵を開け、扉を開ける。
 暗い部屋でナルトは黙ったままカカシが部屋に入ってくるのを見つめていた。その目はとても穏やかだ。傷ついている様子など微塵もない。
「久しぶりだってばよ、カカシせんせー」
 口を開いたナルトは笑みを浮かべていた。まるでなにもなかったかのように。
「…久しぶり、ナルト」
 










痛いので注意。また続きます。            




2008/05/19