誕生日おめでとう。
初めてその言葉をくれたのは自分の最初の先生だった。
わざわざ家まで呼び出して、なにごとかと思ったら。
見たことしかないようなご馳走と、少し崩れた見た目が悪いケーキが自分を迎えてくれた。それをからかったらイルカはちょっと失敗したんだよ、と自分にげんこつを落とす。
嬉しくて仕方なかったから憎まれ口しかたたけなくて、けどそれはきっとわかってくれてるはずだ。
ご馳走を平らげたあと、一人分の大きさに切られたケーキを食べて、美味しいと言ったらイルカは照れくさそうにそうかと言って、嬉しそうに笑った。
自分だって嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
けれどお腹がはち切れそうなくらい食べたし、本当に嬉しくて幸せだったのだけど、なぜか切なさが残る。買えるときはもっと切なくて、帰り道はさらに切なさが増していく。 いつもは人通りが多い通りも、たくさんの子供が遊んでいる公園も、この日だけはがらんとして静まりかえっている。
部屋はもっと静かだ。一人ぐらしなのだから当然だが、今日は格別に静かな気がする。
切なさはイルカの部屋を出たときの何倍にもなっていた。楽しくて幸せな時間を過ごしたからそんな風に感じるのだろうかと思いながらナルトは部屋の扉を開けた。
「…ただいま」
返事なんて帰ってこないことはわかっているのに、呟いてしまう言葉。今日はそれを少しだけ後悔する。
「おかえり、どこ行ってたの?」
靴を脱いで部屋に上がろうとしたらひょっこりとカカシが顔を出した。あまりにも驚いてナルトは目が零れそうになるくらいの勢いで目を見開く。
「…なんでいるんだってば」
「ナルト、窓の鍵開けっ放しだったよ」
不用心だなぁ、と言いながらカカシは笑った。
確かに締めたはずなのに、と思いながらナルトは窓の方を見てみると鍵がぶらん、とぶらさがっていて、明らかに誰かに壊されているのがわかった。
「せんせーが壊したんじゃん。フホーシンニューだってばよ」
唇をとがらせるナルトをカカシは笑顔で誤魔化そうとする。
「で、どこ行ってたの?」
「イルカせんせーの家だってばよ」
「イルカ先生?なんで?」
「…なんだっていいじゃん」
誕生日だからご馳走してもらったとは、なんとなく素直に言うことができずにナルトはカカシから目を逸らす。
「恋人のオレに隠し事するってことはなにか疚しいことがあるのかな?」
口調は優しかったけれど、声音はさっきよりも随分低くなっていた。
「一緒にご飯食べただけだってば」
カカシが不機嫌になったのがわかって、ナルトは誕生日だということは伏せて慌てて何をしていたか白状する。
「ご飯、ねぇ…」
けれどカカシの機嫌は悪いままでナルトは疑われてることにしょんぼりと肩を落とした。
「ナルトが嘘ついてるとは思ってないよ」
カカシはまるでナルトの心を読んだかのような言葉を口にする。
たださ、とカカシは言葉を続けた。
「誕生日は当然オレと過ごすもんだと思ってたから」
「え?」
拗ねたようなカカシの言葉にナルトは驚いて声を上げた。
「それなのに、きてみたらお前いないし。待ってても帰ってこないし」
考えてみればカカシが自分の誕生日を知らないわけがない。担当上忍であるからなのはもちろん、監視対象としての自分のデータをカカシが知らないはずがない。
今日はこの里にとって一年で一番呪わしい日。外の人通りが少ないのはあのときに死んだ人をみんなが悼んでいるから。
そんな日に生まれた自分は、里をめちゃくちゃにした原因を封じられてる自分は、誕生日を祝って貰うなんてこと考えたこともなかった。
だからカカシと一緒に過ごすなんて思ってもいなかった。もちろん、イルカが祝ってくれることも予想外だったこと。
「昨日のうちに言っておけばよかったなぁ、イルカ先生にも」
ナルトはオレと誕生日を過ごすので邪魔しないでください、なんて言おうものならイルカには意図的に邪魔をされていたかもしれないけれど。
「もしかして、ケーキも食べてきた?」
問いかけてくるカカシの言葉にナルトは少し間をおいた後こくんと頷いた。
「あーあ。オレだってせっかく作ってきたのに無駄になっちゃったね」
「先生が?!」
意外そうに声を出すナルトにカカシはおいで、と手招きをする。
カカシのあとをテテ、とついていくと食卓には丸いケーキが用意されていた。生クリームに莓のケーキ。ついさっき、イルカのところで食べたものと同じものだ。
「まぁ、明日でも食べられるからいいか」
「ううん、今食べるってばよ!」
がちゃがちゃと食器棚からフォークを取り出して、ナルトはそのままグサリとフォークを突き刺した。
一口には少し大きいかもしれないケーキをすくい取って、口に頬張る。
「…っっ!」
口に入れた瞬間、ナルトは何か衝撃が走ったかのように目を見開いた。
からん、とフォークを取り落として頭を抱える。
「……カカシせんせー、このケーキすっげーマズイってば」
ぽつり、とナルトの口から絞り出すような声が漏れた。
「えぇ?そんなはずないでしょ。オレの愛がいっぱいつまってるのに」
「塩と砂糖間違えてるんだってばよー!!」
自分が知っているケーキの味とはあまりにも違っていて、ナルトはつい大きな声を出してしまう。「そんなはずは…」と言いながらカカシはナルトが取り落としたフォークで少しだけケーキを掬い、口の中に入れると速攻で台所へとかけていく。
「お前、よくこんなの飲み込めたね……」
青白い顔をして言うカカシにナルトはぷいっと顔を背ける。
「だって、せっかくせんせーが作ってくれたし…」
思わずまずいと言ってしまったけど、吐き出すことはどうしてもできなかった。
「…来年は、もっと上手に作って欲しいってば」
「うん、りょーかい。ナルトこそ来年は家にいてね?」
ぽつり、と小さなワガママを言うナルトにカカシは嬉しそうに笑いながら承諾する。ナルトもカカシの言葉にこくりと頷いた。
「ナルト、口にクリームついてる」
そうカカシが指摘すると、ナルトは慌てて口を拭った。けれどクリームがついているのはその反対側で、カカシは仕方がなさそうに笑ってナルトの顎を捉える。
「こっち側だよ」
ぺろり、とカカシがナルトの口の端を舐めた。その瞬間ナルトの顔が真っ赤に染まる。
「な、な、にして…っ」
「お前は一つオトナになったのに、こんなことで真っ赤になっちゃって可愛いねぇ」
塩味のクリームはやっぱりまずかったけど、カカシはふとあることを思いついてにやりと笑う。
「やっぱりまだまだ子供だよね」
「子供じゃないってばよ!」
わざとナルトが反抗するような言葉を選んだカカシに気付かなずに、ナルトはカカシの思う壺な反論をする。
「そっかー…そうだ」
きらり、とカカシの瞳が光った。その瞳にナルトはなにか危険を感じ逃げようとした瞬間カカシの抱きかかえられ、米俵のように肩に担がれた。
そして、片手にはカカシが作ってきたケーキ。
「オレが作ってきたんだから、オレが責任とらなくちゃね。ナルトにも協力して貰うけど」
はは、と笑いながらカカシはナルトをベットに転がした。
「オトナになった証拠見せて貰おうかな~」
そう言いながら服を脱がそうとするカカシにナルトは抵抗するものの、あっさりと封じられてしまう。
「…っカカシせんせーオヤジっぽいってばよ」
なんとなくなにをされるのかがわかって、ナルトはぽつりと呟いた。そしてそれが失言だったとはまだ気付いていない。
「…今日は誕生日だからたくさん可愛がってあげるね」
にこり、と笑ったカカシにナルトは思わず顔が引きつった。
そして塩味のケーキがどんな風に処理されたかはカカシとナルトだけしか知らない。
しばらくの間ナルトはケーキなんて見たくもないと呟いていたという。
終