お前なんて、嫌いだ。
と何回繰り返しただろう。
恋人になるまえも、そのあとも。
心にも無い言葉だと気付いていただろう。
その言葉を口にしたあとは、いつだってアンタは苦笑いを浮かべて「俺も好きだよ」と言っていた。
俺も、ってなんだよ。俺は嫌いだって言ったんだといつも思っていたけれど、それは口にしたことはなかった。「勝手に言ってろってば」と吐き捨てて、そっぽを向いてアンタによりかかったことを覚えてる。
そうするととても嬉しそうな笑顔を浮かべるんだ。一度もそれを見たことはなかったけどなんとなくわかった。そんなとき、少しだけ泣きそうになったことも、きっと忘れはしない。
泣きたくなるくらい愛しいなんて、そんな感情この世にあるなんて思ってもいなかった。似たような言葉を聞く度に馬鹿馬鹿しいと思っていたのに、自分がそんな感情を抱くなんて思ってもいなかったのに。
ナルトは自嘲するように笑った。
最後の最後まで、意地をはって、結局自分の思いなど何一つ口にすることはなかったのに。それでもあの人は自分を受け止めようとする。
「…大嫌いだってば」
目の前で微笑む男に言った。その言葉を聞いても決してその笑みが曇ることはない。
「俺も、好きだよ」
相変わらず、口にする言葉は自分とはまるで正反対の台詞。
「俺は…っ」
やばい、泣きそうだ。と思ってナルトは慌てて口を噤んだ。涙なんて絶対見せたくない。涙が溢れそうになるのを堪えて、目の前の男を睨み付ける。
けれど、ナルトの視線はすぐに男から外された。優しい目で見つめてくる男の目を見ることができなくて、歯がゆい思いがこみ上げてくる。
「ナルト。大好きだよ」
その言葉に、ぎりっとナルトは歯を食いしばる。自分は絶対に涙なんて見せたりしないんだと自分に言い聞かせながらナルトはまた「嫌いだ」と呟いた。
ナルトは意を決したよう男に背を向けて歩き出した。『嫌い』と言う言葉を口にするのはこれが最後。『好き』というチャンスがあるのもこれが最後。
「ナルト!」
呼び止める声がする。後ろを振り向きたくなるのをぐっと堪えて、前だけを見てナルトは歩いていく。
こんな穏やかな気持ちでいられるのも、泣きそうになるくらい誰かを愛することができたのも、きっとアンタのおかげ。だから、これ以上好きだと言わないで。
みっともなく泣いて、縋り付いてしまうかもしれない。それでなくたってもう、涙を止めることはできないから。どれだけ歯を食いしばっても、溢れてくる涙を止める術なんて知らない。
コントロールできない感情がナルトの胸の奥をちくちくと刺激する。
あぁ、自分にもそんな感情があったんだと、泣きながら笑いが浮かんでくる。
それに気づけたのもきっとアンタのおかげ。
これは嬉し涙なんだ。
誰かを愛することができた自分がとても嬉しくて泣いてるんだ。
別れが悲しい訳じゃない。二度と会えないことが悲しい訳じゃない。
貴方を愛せてよかったのだと。そう思えることがとても幸せだから。
最後でも、二度と会えなくても、もう好きだと言うことができなくても。
たとえば、もう一度会うことができたなら。
そのときは、やっぱり嫌いだと告げるんだろうな。