優しい人。
俺の嘘に、なにも気が付かない振りをしてた。
とても、優しい人。
「じゃぁ、カカシせんせー行ってくるってば!」
大きな荷物を抱えて、ナルトは笑顔でカカシに手を振った。
「…ホントに、行くの?」
引き留めるようなカカシの言葉に、ナルトはもちろん、と笑顔で頷いた。
「さいしょっから、分かってたことだってば」
そんな顔しないでほしいってば。カカシせんせーガキみてぇ、とナルトはカカシを諭すように頬を撫でる。いっそ、子供みたいにわめけてたらもっと楽になっていたかもしれない。
「…もう、会えないんだよ?」
「そうだね……」
ふ、と少しだけナルトが哀しそうな顔を見せた。けれど、ナルトの意志は変わっていないようで、青い目は強い光を放っていた。
「…カカシせんせー」
そっと、ナルトの手がカカシから離れた。
カカシは俯いていて、視界にはナルトの顔は映っていなかった。
「ばいばい」
永遠に会えないなんて思わないほど軽い別れの挨拶。まるで明日がくるかのようなその言葉に、カカシの胸は締め付けられた。
ばたん、と扉がしまる音がする。カカシの言葉を聞くこともなく、ナルトは行ってしまった。
暗い玄関で、カカシはようやく顔を上げた。やっぱり、そこにナルトの姿はなかった。
おびただしい数の呪符が張り巡らされた牢の中。ひとりぼっちでぼんやりと空を眺めていた。
牢、とは言っても、狭苦しい場所ではなかった。以前住んでいた家よりも少しだけここのほうが広い。けれど、その広い空間にはなにもない。
テレビも、机も、本棚も。
カカシの姿も。
つん、と鼻の奥が痛む。溢れてきそうな涙を堪えるようにナルトは瞳を閉じた。こうやっていれば楽しい思い出ばかりが頭を過ぎって、幸せな気持ちになれるから。
二度と、カカシには会えない。
けれど、会えなくてもいい。
キスをして、抱き合うことも、触れることも、言葉を交わすことすらできない。
思うことしか、もう自分にはできないのだ。
それでいい。
それで、カカシは幸せになれる。
…それで、自分もきっと幸せなんだとナルトは思った。
「…幸せ、だってば」
初めて、愛してくれた人。
初めて愛した人。
とてもとても、優しい人。
誰よりも幸せになって欲しい。あの里で。俺と過ごしたあの里で。
「カカシせんせー」
大好き。
会いたくても、抱きしめたくても、好きだと言いたくても。
もう会えないけれど。
きっとずっと愛してる。
だから、幸せになって。
「ナルト」
聞き覚えのある声にナルトははっとして格子の外側へと振り返った。
「会いたくなっちゃった」
額から血を流しながら、ナルトが世界で一番会いたいと思っていたカカシが立っていた。
「な、んで…?」
どうやってここにきたの?と言いたかったけれど言葉にはならなかった。ふらふらと、夢を見て射るみたいな足取りでナルトはカカシに近づいた。
呪符を張り巡らされた格子には触れることはできない。もちろん、その手を外へ出すことは敵わない。ナルトはもちろんのこと、カカシですら呪符の力にはじかれてしまう。
「こうやって会えたのに、ふれ合うことも出来ないね」
指先を近づけただけでぱち、と火花が威嚇する。
「どうして、きたんだってば」
きっと今、泣きそうな顔をしてる。笑って別れることができたはずなのに、不意打ちみたいに現れられたら涙が溢れそうでたまらなくなる。
「言ったでしょ。会いたかったんだよ」
さぁ、ここを出よう、とカカシはナルトに手を差し出した。
「出れないってば」
無理だってばよ。
「どうして?」
「だって……っ俺がいたら…」
カカシせんせーは、幸せになれない。
けれど、その手を取りたいのもまた事実で、ナルトの中にある迷いと、未練がいっきに心の中に広がった。
「俺は、お前がいないと幸せになれないよ」
俺のために出てきて。なんのためでもなく、俺のために。
そして、なによりもお前のために。
「ね?俺は、お前が望むんだったらこんな結界くらい、いくらでもぶち壊してあげるよ。だから一緒に幸せになろう」
「カカシせんせー……っ!」
出たい、出てカカシにしがみつきたい。
だから
「…ここから、だして」
優しい人。
俺の望むことを全て叶えようとしてくれる人。
一緒に幸せになりたい。
最初は諦められたかもしれないあなたとの暮らし、でももう、あなたのいない生活にはきっともどれない。
優しさなんていらない。
優しさなんて、いらなかった。
知らなかったころにはもう戻れないから。
一緒に、幸せになろう。