「   」



 本当は全部気付いてた。

 絶え間なく笑っているお前が無理をしているようにしか見えなかったけど、何かを告げることも、問うことも、望んでいないように見えたから。

 なにも気付いていない自分に、時折安心したような笑顔を浮かべているのをを知っていた。その笑顔がとても幸せそうだったからやっぱり何も言うことができなくて。

 そんな自分が歯がゆくて仕方なかった。けど、自分にはなにもかも、どうすることもできない。何かを問いかければきっとあの子の笑顔を歪ませてしまっていただろうから。

 悲しい顔をするのを見たくなかった。笑っていてほしかった。ごめんなさいという言葉も聞きたくなかった。

 自分が言いたかった言葉は、きっとそんな思いに封じられていたのだと思う。そして、懸命に笑顔で振る舞おうとするお前にも。

 幸せそうなお前を見て、漸く口にすることができるよ。

 その言葉が、例えお前に聞こえることはなくても。





















「   」

























「ナルト」

 自分を呼ぶ声にナルトははっとしたように声の方へ振り向いた。とぼとぼと、一人で歩いていたところを見られただろうか。どきどきしながらナルトは笑顔を作って声の主に笑いかける。

「カカシせんせー!今日任務じゃなかったってば?」

「うん、そうなんだけどさ、出かける前にちょっと会いたかったんだ」

 3日は帰ってこれないからさ。

 寂しそうに微笑むカカシにナルトは少し顔を赤らめながら「バーカ」と呟いた。カカシにもそれは聞こえていたようだったが、くしゃくしゃとナルトの金色の髪の毛をかき回す。その間もナルトはなんだかとっても照れくさくてカカシのことをみれなくてうつむいてしまっていた。

 カカシはそんなナルトを可愛いなぁ、と思いながら見つめていた。そして俯いたままのナルトに、行ってきますと言っておでこに軽く口づけを落とす。

「…っ」

 その間中、ナルトの心臓はどきどきと高鳴りっぱなしで、顔が真っ赤になっていることが自分でもわかっていた。キスをされたときはぎゅっと目を閉じて、額にふれるカカシの唇の感触だけを感じていた。

 恥ずかしいってば、とナルトはうつむいたままぽつりと呟く。

 そっとカカシが離れて、じゃあね、と手を振った。

「カカシせんせー!」

 離れていくカカシにナルトは慌てて声をかける。ナルトの声にカカシも少し離れたところで振り返った。

「いってらっしゃい」

 振り返ったカカシに、ナルトは笑顔で手を振った。それを見てカカシは嬉しそうに微笑んで任務へ向かっていった。ナルトはカカシの姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。

 そして姿が見えなくなったころほっとしたようにため息をつく。今日も隠し通せたと。カカシは笑顔で任務に出かけていって、帰ってくるときも笑顔で『ただいま』と言ってくれるはずだ。

 ちり、と微かな痛みが腹の辺りに走る。ナルトはそっとその部分を抑えて顔をしかめた。微かだった痛みはだんだんと増していき、額に汗が滲む。ナルトはじっとその痛みに耐えた。大丈夫、これくらいならまだ、と言い聞かせながらナルトは重い足取りで家へ向かっていく。歩くことはおろか、立ってることすら辛かった。何度も意識を失いそうになるのを必死で堪える。

 こんなところで意識を失うわけにはいかないのだ。往来で倒れたとなれば、その話はきっとカカシの耳にも入ってしまう。それだけは避けたかった。そんな重いだけがナルトの意識を引き留めて、足を動かしている。

 ようやく家に辿り着いて、家に入って扉を閉めた瞬間、ナルトは靴を脱ぐこともできずにその場に倒れ込んだ。倒れた瞬間の痛みも、無機質な玄関の感触を感じる暇もなく意識を手放していた。















「ただいま、ナルト」

 任務から戻り、一番にカカシはナルトに会いにナルトの家を訪ねた。もちろん、煩わしいことは一切合切終わらせてから。普段なら後回しにしがちな報告もナルトとの時間に支障をきたさないようにさっさと終わらせて、ナルトの家に急いだ。

 カカシがナルトの家を訪ねると、すでにナルトは眠っていて、カカシの言葉に少しだけん…、と少しだけ身じろいだだけだった。出かける前よりもナルトは顔色が悪く、やつれていた。

 そんなナルトの顔をカカシはじっと見つめて、少しこけている頬をそっと撫でる。ナルトはそれに気がつかずに、静かに寝息を立てて眠っている。

「…ナルト」

 小さくカカシはナルトの名前を呼んだ。ナルトの体調が思わしくないことにカカシが気づかないわけがなくて。先日任務に出かけるときも、最初に自分が声をかけたとき、無理に笑顔を作っていたのもわかっていた。

 けれど気づいていたからといって自分になにができるのだというのか。それをナルトに告げても、どうすることもできない。ただ子供の笑顔を曇らせるだけだ。

 ナルトはきっと自分が気づいていないと思ってる。

 それに安堵していることにカカシは気づいていた。自分はこのままなにも気づかないふりをしていなければならないのだ。それがナルトの望んでいること。



 ねぇ、ナルト。俺は忍だから、自分の感情を隠すことなんて簡単なことなんだよ。



 そんなことを考えながらナルトの髪を梳いているとナルトの目がぼんやりと開いた。

「…せんせー?」

 焦点があっていないような、とろんとした寝ぼけた目でカカシを見つめながら、ナルトは起きあがろうとしたが、カカシはそっとそれを制した。ベットから落ちかけていた掛け布団をナルトの肩がすっぽりと収まるようにかけてやり、ぽんぽん、とナルトを寝かしつける。

「任務がね、意外と早く終わったから少しでもナルトの顔見たくてさ。…起こしちゃってごめんね」

 ナルトの眠りを極力妨げないように優しく囁いた。ナルトにはその言葉が届いていたのか小さな声でおかえりなさい、と呟いた。口元には笑みが浮かんでいて、何故かそれをみて酷く泣きたくなるような気分に駆られる。つん、と鼻の奥が痛くなるような感じがして、今にも涙が浮かんできそうになった。

 けれど、カカシはそれを懸命に押し殺して、ただいまと告げる。その言葉を聞いたナルトは嬉しそうに微笑むとまた眠りに落ちていった。

 カカシはきつく拳を握った。何もできない自分が歯がゆくて、情けなくて。骨がイカレそうになるくらい堅く握りしめる。

 気づかないふりをして、微笑みかけることしかできない。それが、自分ができる最後のことなんだとカカシは自分に言い聞かせていた。





























「カカシせんせー」

 小さな声でナルトはカカシを呼んだ。

 カカシは読んでいた本から視線を外して声の方へ振り向いた。

「なに?なにか欲しい物があるの?」

 ナルトの腹を蝕む、原因不明の痛みは日を追うごとに痛みを増幅させ、動けなくなるほど痛む回数も増えていった。そして、ついに立ち上がれなくなるほどにナルトは衰弱していたけれど、それでもカカシもナルトもなにも言い出さない。

 ナルトはただの風邪だ、体調が悪いんだ、と言い張り、カカシはそれを信じている振りをする。端から見ればそれはとても滑稽なものだったかもしれなかったが。

「…ううん、ちがうってば」

 カカシの問いかけにナルトは軽く首を振ったあと、ちょいちょい、と手招きをする。カカシはそれを見てナルトの手を握ると、ぎゅっと力を込めた。そんなカカシの行為にナルトは嬉しそうに笑みをつくる。

 まるで引き留めるように強く握ってくるカカシの手に、ナルトは喜びを隠しきれない。ここまで生きていられたのは、カカシがいたからなのかもしれない。そんなことを思いながらナルトはカカシに握られた手を握りかえした。

 じっと見つめてくるナルトの目にカカシは思わず居竦んでしまう。

「カカシせんせー、ホントはさ、気付いてたよね?」

 なにが、とは言わない。カカシはナルトの言葉に微笑むだけで否定も肯定もしなかった。それをナルトは嬉しそうに目を細めて微笑んでいた。穏やかなナルトの瞳の色にカカシはただ、微笑みを浮かべるしかできなかった。

 笑え、笑え、と自分に言い聞かせて、こみ上げてきそうになるものを必死で押し込める。

 ずっと耐えてきた言葉も、ぽろりと口から出てしまいそうだった。

 それらは絶対に表にだしてはならない感情と、言葉。一度堰を切ってしまえばきっとそれは止まることをしらないだろう。それは、ナルトを困らせるだけだ。

「カカシせんせー」

 きゅ、とナルトが握る手に力を篭めた。

「…なあに?」

 そっと髪を梳きながらカカシはナルトに顔を寄せる。ナルトの青い目に映る自分がはっきりと見えるくらい。

「くすぐったいってば」

 髪をすく感覚に、ナルトはくすくすと笑いながら身をよじった。それでも、ナルトはカカシの手を拒絶することはなくて、しばらく黙ったままそれを受け入れていた。

「カカシせんせー、大好き」

 そっとナルトは身を起こすと、軽くカカシの唇に自分の唇を重ねた。乾いた唇の感触が一瞬触れて、すぐに離れていった。

 指を動かすのだって難しいはずなのに。

 微かに感じたナルトの吐息が、乾いた唇の感触が、どうしようもない思いを引きずり出して、今にも吐露しそうになってしまう。

「…ありがと」

 大好きな笑顔だった。ナルトの笑顔を見るたび幸せで。最後までこの笑顔が曇らなくてよかったと心から思う。

 今もとても幸せそうな顔で────。

 ぽた、とナルトの横たわっている布団に染みができる。

 カカシは、微笑んでいた。けれどその頬には幾筋も涙が伝っていて。

 力を無くしたナルトの手をぐっと握りしめて、祈るように手を絡めるとそれで顔を覆い隠した。物を言わぬナルトにカカシはただ、微笑みを向けて涙を流す。それを止める術がわからないから。

「ナルト……」

 震えた声で、ナルトのことを呼ぶ。ナルトはただ幸せそうに笑っているだけだ。そしてカカシの声に反応することはもうない。

 言いたくて言えなかった言葉がある。幸せそうな顔を見て、ようやく口に出せる言葉。その言葉を口にしてしまえば、ナルトが苦しむのは分かっていたから。













 今はもう決して届かない言葉だけど。











「ナルト」

















 口元に笑みを浮かべたら、新しい涙が頬を伝った。









































「いかないで」



























終 



死にネタ注意。        


         
タイトルの「    」に入る言葉はカカシが最後に言った台詞です。ナルトには言えなかった言葉。

2005/12/30