雨の日は嫌いだ。
じめじめと鬱陶しい。
外出すれば、どんなに注意を払って歩いていても靴やズボンの裾は濡れてしまって気持ち悪いし、体にまとわりつくような湿気が、いつもより体を重くしているように感じる。
なによりも、どんよりと空を覆う灰色の雲が嫌いだ。青い空を覆い尽くすあの灰色の固まりが。
恨めしげにカカシは空を見上げた。
あめのひ
ぽつぽつと、降り注ぐ雨が頬に落ちてくる。降り止む気配がないそれに、カカシはため息をついた。今日は、傘も持っていないのだ。任務に逝くときの雨も億劫だが、帰るときの雨はもっと最悪だ。濡れて帰ればそのままベットに倒れ込むことも許されない。シャワーを浴びて、着替えて、考えるだけでイヤになる。
「カカシせんせー!」
と、カカシが歩き出した瞬間、後ろから声を掛けられる。傘をさしていて顔はよく見えないが、あの舌っ足らずな呼び方をするのはこの世に一人しかいない。
「ナルト」
「迎えに来たってばよ!」
にしし、と笑いながら得意げに傘を差し出すナルトに、カカシは笑みを浮かべた。
「ありがとう」
そう言って傘を受け取ってばさり、と音を立てて傘を開いた。
ぼとぼとぼとっ!
頭上に傘を持ってきた瞬間、傘の中からなにかがカカシの体に降り注いだ。一瞬呆然とするカカシに、ぶっとナルトが吹き出した。
「いーっしっしっし!ひっかかったってばよー!」
カカシせんせー!どんくせーってば!
と言いながらナルトは笑い転げている。傘の中から降ってきたものの正体は泥。べっとりと服に付いたそれは少し払っただけじゃ取れるわけがない。
そういえば、初めてあったときもくだらないいたずらにひっかかったな、あのときは泥じゃなくて黒板消しだったけど。とカカシは少し遠い目をしながら初めてナルトの前に現れたときのことを思いだしながらナルトを見つめた。
「…せんせ?」
さっきまで笑い転げてたナルトが、黙り込んでしまったカカシの顔を覗き込んだ。その視線にカカシが気付くと、呆れたような笑みを漏らす。
嫌われてしまったんじゃないかと、そんなくだらない心配をしているのがナルトの表情から窺える。
「怒ってる?」
不安に揺れる目に、少しだけ満足しながらカカシはくしゃ、とナルトの頭を撫でた。
「あー!!せんせ、泥だらけのてで触るなってばよ!」
ほ、と一瞬安心した笑みを見せたのもつかの間、ナルトはカカシの泥だらけだった手を思いだしてすぐさま抗議の声を上げる。
「おかえしだよ。俺なんて、もっと泥だらけなんだからさ」
そう言ってカカシは笑うとナルトの頭をぐしゃぐしゃにかき回した。
「カカシせんせ、大人げないってば!」
そうだね、大人げないね、と心の中でナルトの言葉に呟いた。
こんな悪戯をされたって、嬉しいとしか思わない。まっすぐに自分を見つめる瞳がただ愛おしい。カカシは身をかがめてぎゅっとナルトの体を抱きしめた。カカシが持っていた傘がころころと足下に転がる。
「つめたいね」
ぽつりと呟いた、カカシの言葉にナルトが首を傾げた。しとしとと降り注ぐ雨がカカシの体を濡らすのを見て、ナルトは自分の傘をカカシの上に掲げた。けれど、小さな傘は二人を覆うことはできなくて二人とも雨に打たれてしまう。
「ナルトの体、冷たいね。いつから待ってたの?」
ナルトの体を抱きしめたままカカシはナルトに尋ねた。いくら暖かい季節とはいえ、長い時間雨空の下にいたのだったら体が冷たくなるのもあたりまえだ。
カカシにいつから待ってたのかと問われて、ナルトはかぁ、と頬を赤らめた。そんなナルトを可愛いと思いながらカカシは笑みをこぼす。
「ナールート」
こぼれた笑みは次第に意地悪そうなものに変わっていくが、ナルトは俯いてしまっていてカカシの表情の変化に気付かない。
「…じかん…くらい」
「え?」
「にじかんくらいって言ったんだってばよ!」
「そんなに?馬鹿だなぁ」
「馬鹿じゃないってばよ!だって、カカシせんせーが雨に濡れたらどうしようって思って。でも、せんせー任務から帰ってくるっていう時間に帰ってこないからつい…」
傘に悪戯しちゃったんだってば、とナルトはぽつりとつぶやいた。
「そっか。ごめんね、早く帰ってこれなくて」
「…俺も悪戯しちゃってごめんなさい」
しゅん、として謝るナルトに、カカシはくすくすと笑った。
「謝らなくてもいいよ。だってナルトも泥だらけだもん」
そう言いながら体を離すと、べっとりとナルトの服にも泥が付いている。
「あー!これ新品なのに!カカシせんせーわざとやったな!髪も顔もどろ付いてるってば!」
「お返しだ…よっ」
カカシはナルトを抱え上げると、そのまま歩き出した。ナルトはじたばたと暴れているが、カカシはそんなことを気にすることなくずんずん家の方へ向かっていく。
「ナルトも泥だらけになったことだし、一緒にお風呂に入ろうね~」
「…っ!ごめんなさい、せんせー!もうしないから!」
「聞こえないよー。楽しみだね、お風呂」
わめくナルトを押さえつけて、カカシは家に帰ってからのお風呂タイムに思いを馳せた。楽しそうにしているカカシとは裏腹に、ナルトは涙目になっている。
翌日から、ナルトの悪戯はすっかりなりを顰めたという。
終