幸せだよ。
例え、片目でしか君の姿を捉えることができなくても。
ぼんやりとした姿しかわからなかったとしても。
君はいつでも眩しいんだ。
幸
ちらちらと、なにか言いたげな視線を投げかけてきているナルトに気が付いていた。聞きたいことがあるんだけど、聞けない。そんな顔。
妙なところで遠慮がちなナルトに、カカシはくすり、と笑みを漏らす。誰にも分からないくらい小さい微笑み。
あとで、話を聞いてあげなくっちゃなぁ、とカカシは心の中でつぶやいた。きっとナルトは聞いてこれないのだろうから。なにも遠慮せずに聞いてくれればいいのに、とカカシは思ったけれど、ナルトの質問をはぐらかしているのはいつも自分の方だったかもしれない。だからナルトは聞くことを躊躇っているようだ。
遠慮するなんてナルトらしくないな、と思いながらカカシはナルトの方に向かう。
とりあえず、ラーメンでも食べてナルトを家に誘おうかな、と思いながらカカシはナルトに向かって手を招いた。
「ナルト、俺に聞きたいことあるでしょ?」
相変わらずもの言いたげにちらちらと見つめてくるナルトを見てカカシは口を開いた。ナルトは、カカシの言葉にびっくりして呼んでいた忍術書から顔を上げる。
そんなナルトを見てカカシはおいで、と手招きをする。側に来たナルトを膝に座らせた。
「子供じゃないんだってばよ?」
子供だよ、とカカシは心の中でつぶやいた。
膝に乗せられたことに、ナルトは軽く唇を尖らせている。そんなところが子供で、カカシは小さく笑みを漏らした。けれど心底嫌がっているようでなくて、膝に乗せられたことに対する照れ隠しらしい。ナルトはおとなしくカカシの膝の上に座っていた。
「聞きたいこと、あるでしょ?」
向かい合ったカカシの顔をナルトは上目遣いで見上げた。聞いてもいいのかな、と思ってはいたけれど、その疑問はどう言葉にしていいのかわからなかった。
「ナルトー?」
ぼんやりと自分を見つめたままのナルトにカカシは声をかけた。ナルトはその声にはっとしてぱちり、瞬きをする。するといきなりナルトの手がカカシの左目を覆い隠している額宛に手がかかった。
むしり取るようにナルトはカカシの額宛をとった。こんなことを許すのもナルトだけの特権だ。もしもほかの誰かがこんなことをしようものなら、容赦なく手をはたき落としていただろう。
「なに?急にどうしたの」
そっとカカシの頬に手を当てて、ナルトは左目をのぞき込んでいた。何故か、今にも泣きそうな顔をしている。
「…あのね、カカシせんせーの、左目……」
と、そこでナルトは言葉を切った。けれどそれだけを聞いて、カカシはナルトの聞きたかったことを理解する。
「あぁ。こっちの目はほとんど見えないよ」
なんでもないことのように、柔らかくカカシは微笑みながら言った。少しでも、この優しい子が悲しまないように。けれど、ナルトは悲しげに顔を歪ませた。なんでもないように言ったことが帰ってこ子供を悲しませたのかもしれない。
「いつ、から?」
今にも泣き出しそうに震える声でナルトはカカシに問いかける。
「いつだったかなぁ、もう覚えてないよ」
これは本当のこと。
「俺と会ったときは?」
「そうだね、こっちの目は見えてなかったかなぁ」
そんなことが聞きたかったの?と言うとナルトの目からぼろっと涙がこぼれ落ちた。いったん堰を切った涙は、ぼろぼろとナルトの頬を伝い落ちる。
あぁ、泣かせてしまったなぁとカカシは思いながら、ナルトの涙を拭う。自分はなにも思ってないと言ってもきっとそんなことを言えば、ナルトは泣きながら怒るだろう。。
いや、なにも思っていないというのは、ナルトに出会う前だったかもしれない。今ではほんの少し左目がほとんど見えないことが少しだけ惜しいと思う気がする。
右目でしかナルトの姿を捉えることができなくて。それだけが少し心にしこりを作っている。けどれどほとんど見えないこの左目だけでもぼんやりとナルトの色や輪郭は確認できるのだ。そして、ナルトのまぶしさだって。
「どうして泣くの?俺は大丈夫だよ」
拭っても拭ってもナルトの目からは涙がこぼれ落ちていた。鳴き声も嗚咽もあげることなく、ナルトはただぼろぼろと涙を流している。
そんなナルトの頬を両手で包み込んで、カカシはこつん、とナルトの額に自分の額を寄せた。
「右目はばっちり見えてるし、このくらい近づいたら、ナルトの顔だってわかるしネ」 だから、大丈夫だよ、と微笑むと、ナルトもくしゃり、と顔を歪ませた。涙でぐしゃぐしゃになった汚い顔。けれど、そんな表情すら愛しくて仕方なくてカカシは微笑んだ。
「カカシせんせーは、馬鹿だってば」
「ナルトには言われたくないなぁ」
馬鹿、と言われて思わず苦笑いになる。それは自覚してるけれど、ナルトにはあんまり言われたくない。
「まぁ、幸せだからいいけどね」
幸せなのだ、例え左目がぼんやりとしかナルトの姿を捉えることができなくても、こんな風に顔を近づけられる距離にナルトがいればいつだってナルトの表情は確認できるのだから。
「幸せ、だよ」
そういって微笑んだカカシを見て、ナルトはようやく笑った。そんなナルトを見てカカシはぎゅっとナルトを抱きしめると、ナルトは少しだけ身を乗り出してカカシの左目にキスを落とした。
終