全部、壊してあげるよ。
お前が愛したものなんて。
人も、町並みも、なにも変わらないこの里は、ただ一人だけが欠けていた。
Arcadia Ⅶ
何もかもが、からっぽの自分。
ナルトの背中を見送ったときに、自分のすべてが空っぽになった。残っているのは、ナルトへの想いだけ。
カカシは、そっとホルターに手をかけた。見おろした先には、ナルトが愛した里がある。
里の人間はみんな笑っていて、きっとこの笑顔がもう少しすれば絶望に歪むのだ。
緑に輝いている里も、もうすぐ赤く染まる。血と、この里を焼き払う炎で。
自分が、この里を壊すのだ。ナルトがなによりも愛したものを。命をかけて守った里を。
「…ナルト」
ぽつり、とカカシはナルトの名前をつぶやいた。そして意を決したように一歩を踏み出す。草を踏む、かさり、という音が耳に響いた。もう一歩踏み出せば、きっともう自分はこの里を滅ぼすまで止まることはできない。
ふと、ナルトの笑顔が脳裏をよぎった。けれどそれは、どことなく悲しそうな笑顔。最後にナルトが見せた、痛々しい笑顔。
カカシは、そんなナルトの笑顔を振り払うように、もう一歩を踏みだそうとした。
「…カカシ先生?」
呼び止められて、ぎくり、と体がすくむ。
後ろを振り向けばそこにはイルカがたっていた。片手には小さな花束が握られていた。「カカシ先生も、来てたんですか」
そう言いながら、イルカは花束を地面に置いた。そっと手を合わせてからカカシに向き直る。
「ナルト、ここから見る里の光景が大好きでしたよね」
ここから一緒にナルトと里を見下ろしたのはもうずいぶん遠い昔に思える。
「…そうですね」
「知ってますか?ナルトは、慰霊碑に名前が刻まれないどころか…この里にいたという記録も抹消されたそうですよ」
やりきれないように、イルカが告げた。イルカの拳がぎゅっと握られてふるえている。どこにも、この憤りをぶつける場所がないのだというように。
「…そう、ですか」
そんなことになるのではないかと、薄々わかっていた。きっと、もう『うずまきナルト』という人間がいたことすら、誰の記憶からお消えていく。ただ、九尾の色濃い恐怖と、憎しみを残して。
「こんな里、滅びればいいのに、なんて思ってるでしょう?」
私も、そう思います。
『滅びればいい』なんて言葉がイルカの口から出てくると思っていなかったカカシは驚いて目を見開いた。イルカは、なんの感情もこもらないような目で里を見下ろしている。
子供を犠牲にして、それでも存在し続けようとするこの里は、自分たちから見ればとても醜く見える。
「…けど、これがナルトの愛した里なんですよね」
誰もが、幸せそうに笑っていて、苦しみや憎しみなんか見えないようなこの里が。
これが、ナルトが愛した里。
憎しみや、醜いところごと、ナルトはこの里を愛してた。
ナルトがいないのに、町も人も、こんなにも輝いていた。
けど壊したいと、滅ぼしたいと思う気持ちは消えなくて、ナルトが守ったこの里が憎くて、憎くて仕方がなかった。
ナルトが憎い訳じゃない。憎いのは、ナルトがいないこの里。
「そういえばナルト、よく見てましたよ、ここから、あなたが家に帰ってくるのを」
「え?」
イルカがそっと指を指した先には、カカシの家があった。
「…こんなに、遠くから…?」
指を指した遙か先にカカシの家はある、遠すぎて目をしっかりこらさないと見えないくらい。
「ここからだったら、絶対にばれないからって言って。…最後も、ここからあなたの家を見てたそうですよ」
なんの、ために?
言葉は出なかった。切り捨てるようにしてナルトは自分を置いていったのに。
「あなたがいる里だから、ナルトは守りたかったんだと思いますよ」
そう言われて、見渡した里は、どこもかしこもナルトの“色”で染まっていて、ナルトとの思い出は消えることはなくて、カカシは崩れ落ちるように地面に膝をついた。
ナルトとの思い出で彩られた里は、さっきよりもずっと、ずっと輝いていて、視界がにじむほど美しかった。
「…ナルト」
カカシせんせー!!
ナルトを呼べば返ってくるのは自分を呼ぶ声。
カカシせんせー
大好き。
誰よりも、何よりも、好きだと全身で訴えてたナルトの想いに今更気がついて、頬が濡れる。暖かい涙がカカシの頬を伝い落ちていた。
幾度も幾度も頬を伝う涙は、とどまることを知らなずに流れ落ちていく。カカシは涙をぬぐうことすらせずに、ただ里を見下ろしていた。
やっぱり、むかつくくらい輝いている、ナルトがいない里を。
いつの間にか、イルカはいなくなっていて、カカシは一人その場に取り残されていた。 日も暮れてきて木葉の里が徐々に闇に包まれていく。
ぽつぽつと、各々の家に明かりが灯る。
「きれい、だね」
誰かに語りかけるように、カカシはつぶやいた。
これが、ナルトの守りたかった里。ナルトが愛した里。
ナルトが愛したこの里を、ナルトの後を追わせるように滅ぼしてやりたかったけど。
もう、壊すなんてできないよ。
ナルトの想いが息づいてるこの里を。
けれど、せめてこの里で一番おまえを愛した俺自身だけでも。
壊して、おまえの傍に。
End