恐れていたことだったんだ。
この里を誰よりも愛してる子供が、自分よりも里を選ぶことを。
それが、心の底に…ずっと、ひっかかっていた。
ArcadiaⅢ
好きだよ、ナルト
俺も、カカシせんせー大好き!
幾度となく交わした言葉。なんの脈絡もなく好きだと告げると、ナルトはいつも嬉しそうに笑って言葉を返した。
端から見たらバカップルでよくサクラから突っ込まれていた。
「飽きないわね…」
好き好きと言い合っているところを見るのはこれで何度目だろうか。
いい加減にしろと何度心の中で呟いたかわからない。
ナルトはまだ見ていてかわいらしいところもあるが、カカシは背中に寒いものを感じる。
「なにがだってば?」
首を傾げながら聞いてくるナルトを物凄い勢いで抱きつぶしてやりたい気になったけれどすんでのところで思いとどまる。
そんなことをしようものならあの変態上忍と変わらないではないかと思いながら。
「…なんでもないわ」
心底、なにを言ってるのかわからないと思っているナルトに半ば諦めにも似た思いを抱きながらサクラは呟いた。
けれどナルトはこのまま変わらないでいてくれるのがいいのかもしれない。
そうやって幸せそうに笑ってるナルトを見るのは悪くない気分だったから。
「ナルトー」
「なーにー?カカシせんせー!」
ナルトが呼びかけに答えながら、カカシのほうへ走っていく。サクラはそんな二人を見て再びため息をついた。
カカシはあきらかにサクラをにらんでいて、ナルトはそれに気がついていなくて。敵意を向けられてることになんだか対抗意識さえ出てきそうになる。
が、カカシと同レベルで張り合うのもまた馬鹿馬鹿しいことで、とりあえず、サクラはしっしっとカカシの視線を振り払うように手を振った。
「なに?カカシせんせー?」
「んー…呼んでみただけv」
そう言ってカカシはにっこりと笑いながらナルトに告げた。ナルトはきょとんとした目でカカシを見つめている。そして次の瞬間かあっと赤く顔を染めた。
あいかわらず反応が鈍いナルトを見て、カカシは満足げに微笑んだ。この少しテンポがずれたところがまた愛しい。愛しすぎてたまに心臓がどうにかなってしまうのではないかと思うほどだった。
「な…っもー!せっかくサクラちゃんと話してたのに!」
そうはいいつつも、ナルトの顔は決して怒っているような顔ではない、ほんの少しうれしそうで、顔が真っ赤になるくらい照れているのだ。
「…俺と、サクラと、どっちが好き?」
けど、サクラと比べられたことがカカシにはやっぱり少しだけ気に食わなくて、ついつい、こんな意地悪な質問をカカシは投げかけてしまった。きっとナルトのことだからはっきりと口に出したりはできないだろうと思いながら。
「え…んー…カカシせんせーは大好きだけど、サクラちゃんが女の子の中で一番好きだし…」
案の定、ナルトは盛大に悩んでいるけれど、カカシは『カカシせんせー大好き』とこぼしたナルトの言葉にすでに満足していた。自分のことが一番に出てくるということは、それだけ、ナルトの心を占める自分への思いが多いというわけで。それがとても嬉しかった。本当は、ナルトの心は全て、自分に向いていて欲しいけれど、それは単なる自分のわがままでしかない。
自分と、ほかの誰か、いろんな人たちがナルトの心の中にいる。それは、サクラだったり、サスケだったり、イルカだったり、ナルトにかかわった人たちが全て、ナルトの心にいるかもしれない。けれど、ナルトは心のなかにカカシだけにしか触れさせない領域がある。それをカカシがわかっていたので自分以外の誰かがナルトの心の中にいることを我慢できたのかもしれない。
そんなことを思っている傍らで、ナルトはまだ、先ほどのカカシの問いかけにうんうんとうなっている。
「…冗談。ちゃんと俺のこと好きだってわかってるからさ」
それが、ナルトの全てでなくても。
「…うん!カカシせんせー、大好き!」
曇ることなどないような、ナルトの笑顔。それがカカシにはまぶしくて思わずカカシは目を細めた。
「カカシせんせーも、みんなも、……この里も大好きだってば!」
こんなにも寒々しい里を好きだといナルトはどうしてこんなにもまぶしいのだろうか。あまりにもまぶしすぎて、見ていたくないほどに。
俺だけを愛して。俺だけを見ていて。
そんな言葉をカカシはぐっと飲み込んだ。
一人の子供に全てを押し付けて、それを棚に上げてナルトをさげすんでいるこの里を、愛してるだなんていわないで。と思いながら。
無邪気に里を好きだと言うナルトを見ていると無性に苦しくなる。
さっきの質問ではないけれど、『里』と『自分』ナルトがどちらを選ぶのか、それは、ナルトに問わなくてもわかってる答え。
きっと、ナルトは里を選ぶ。
それは、なにと比べても答えは変わらないだろう。ナルトは自分のことよりもまずほかのことを優先してしまう子供だから。
この里にいる誰よりも、里を憎んでるのはもしかしたら自分かもしれない。ナルトの心を捕らえて離さないこの里が。
とても、とても、憎らしかった。
続