温度
窓から差し込んでくる穏やかな日差しに、エドワード・エルリックはうとうとと眠気に誘われていた。
いきなり軍の方から…正確にはロイ・マスタングに呼び出されたのだが、呼び出した当の本人は仕事が終わってないとかで未だにエドと弟のアルフォンスの前に姿を現さない。
「…っあー…眠ぃ……何やってんだ…大佐のやつ…」
寝んぞ、俺は。
と恨めしげに呟いて、ごろり、とソファーに寝転がった。目を閉じればすぐにでも眠ってしまえそうだ。丁度いいソファーの硬さが、エドをますます眠りの世界へと導こうとしていた。
「兄さん、行儀が悪いよ…」
「るっせーな…しょーがねぇだろ、眠いんだから。アル、大佐が来たら起こして」
アルが返事を返す前に、エドは目を閉じる。エドはすぐに心地よい眠りへと落ちていった。
あっという間にすーすーと寝息を立てて眠る兄を見て、アルはふぅ…とため息をつく。早々にお腹を出して寝ていたからだ。
「兄さん…お腹出して寝ちゃダメだっていつも言ってるのに…」
そっと服を直してアルはエドの寝顔を見つめていた。金色の髪は日の光に照らされてキラキラと光っている。
数十分がたったころうだろうか、ばたん!と激しい音を立てて扉が開かれた。
「待たせたな、鋼の」
心なしか息を切らせて、エドたちを呼び出した張本人ロイ・マスタングが扉のところに立っていた。
「…と、鋼のは寝ているのだな…」
眠っているエドの姿を見つけて、ロイはそっと扉を閉めた。エドはロイが来たことに気づかないまま未だ夢の世界にいる。
あどけない顔をして眠っているエドをみて、ロイはふっと微笑んだ。
「兄さん…兄さん、起きて」
「あぁ、そのままでいい。疲れているのだろう?」
エドを揺り動かそうとするアルを止めて大佐は向かいにあるソファーにゆったりと腰掛けた。
「兄さん最近夢見が良くなかったみたいで…すみません」
「気にしなくていい。…そうだ、私が鋼のの面倒を見ているから君は散歩にでも出かけてくるといい。ここにいてもヒマだろう。皆君たちに会いたがっていたから先に君だけでも行ってきたらどうだね?」
「え、でもそれじゃ大佐がヒマになるんじゃ…」
「私も少し休みたいと思っていたのでな。丁度いい」
「じゃあ、兄さんのことよろしくお願いします」
「ああ。任せたまえ」
人の良さそうな笑みを浮かべ、ロイはアルを見送った。アルの足音が遠ざかっていくのを確認して、ロイはそっと、エドの隣に腰を下ろす。
「…よく眠っているな…」
そっと、ロイは金色の髪に手を伸ばす。さらさらとした髪の感触が指をすり抜けていく。
「…ん…アル…?」
寝ぼけているのだろうか、エドが漏らした言葉にロイは思わずぴきっと顔が引きつった。
「…他の男の名前を呼ぶとはいい度胸だな」
例えそれが弟の名前でも、ロイには許せないらしい。至近距離まで顔を近づけてそう呟いた。
その一言で、エドはぱちり、と目を覚まし飛び起きる。
「うお!なんでアンタいるんだ……!アルは?」
きょろきょろとエドはあたりを見回すものの、弟の姿はどこにも見あたらない。
密室にロイと二人きり。
エドはなんだかむずがゆいような気持ちになってくる。
「アルフォンス君は散歩に出かけているよ。…ここには君と私二人きりだ」
『二人きり』を強調したロイの台詞にエドは思わずかっと顔が赤らむのを感じた。ロイの方を見やってみれば、意地悪そうな笑みを浮かべてエドを見つめている。
「っだー!!二人きりとか言うな!」
「…君は相変わらずつれないね」
頬をほんのりと赤く染めて食ってかかってくるエドの腕を掴み、ぐいっと引っ張ると倒れてきたエドをロイは抱き留めた。
「ギャー!やめろー!離せー!!はーなーせー!」
抱きしめられた瞬間、ゆでだこみたいに真っ赤になったエドは力の限りロイに抵抗しようとじたばたと暴れた。しかし、ロイの力は一向にゆるむことはなくますます強い力でエドを抱きしめる。
「……鋼の」
そっと、体を離すと、ロイは真摯な目でエドを見つめた。
「…んだよ、いきなり…」
いきなり、真剣な目で見つめられてしまうとどんな顔をしていいかわからなくなってしまう。
「…君の手は、温かいな」
エドの生身の体ではない右の機械鎧の手を取りながらロイはぽつりと呟いた。
「何言ってんだよ…冷たいだろ」
血の通わない機械の腕なのに。
無機質で硬質な鉄の腕。
触れた感触すら感じない手。
「いや、温かいよ。君の手はとても温かい」
エドの右手を自分の頬に寄せてロイは目を閉じる。
「なんか、あったのか?らしくねーぞ」
らしくないロイの姿に、少しだけ心配してしまう。
「…君に、会いたかったんだ。会えて嬉しい。君が近くにいることが嬉しいと思っただけだ。君の温度がこんなにも近く感じられる」
「こっ…こっ恥ずかしいこと言うな!」
「君に会いたかったことは事実だからな」
また、ロイは意地悪そうな笑みを浮かべる。すっかり抵抗するのも忘れて自分の腕の中に収まっているエドを見て満足そうだ。
「さてと…そろそろアルフォンス君を呼びに行こう」
ロイは立ち上がると、エドに手を差し出した。この手を取れということなのだろう。
「さぁ、エドワード」
促すように、ロイはエドの名前をここに来て初めて呼んだ。エドはためらいながらもロイの手を取る。
機械の手は感触もぬくもりも感じないはずなのに、ロイの体温が伝わってくるように右手が温かい。
「…アンタの手も、あったかいよ」
「そうか。それはよかった」
ぷいっと、照れたように顔を背けながら言ったエドの言葉にロイは微笑みながら答えた。互いの手のぬくもりを感じながら、二人は扉へと歩いていく。
「そうだ、エドワード」
と、扉の前にきたときふとロイが立ち止まる。
「あ?」
エドが見上げたとき、ロイはかすめるように唇を奪っていった。
あまりにも急な出来事に、エドは思わず目が点になる。
「愛してるよ」
END