『ずっと、俺のそばにいてね?』
確かに、その言葉にナルトは頷いた。暗闇などまるでないような笑顔で、力一杯いっぱい。
『うん!!』
人間というものは、笑って嘘をつける。嘘をつくのが得意なナルトならなおさらのこと。だけど、カカシはそれを信じていた。これ以上ないほど、信じていた。
そばにいるという言葉を支えに、長期の里外への任務だってがんばれた。心はいつもナルトとともにあると思っていたから。
それが、帰ってみればこの有様。
誰もいない部屋。
真っ暗な部屋。
君の気配など、かけらも残っていない部屋。
うっすらと埃をかぶっている床を歩く。
きぃ…とナルトの使っていた部屋を開けてみれば、がらんとなにもない光景が広がっている。
ベットも、机も、忍術書も、ナルトの服も、匂いすら。
なにも、ない。
この埃の積もり具合からして、カカシがちょうど長期の任務に出かけた頃から掃除はされていないのだろう。
謀ったかのように、鮮やかな消え方。
オマエ、そんなに消えるのが上手かったっけ?
嘘つき。
ドアノブに手をかけたまま、カカシ膝をつく。汚れるのなんて気にせずに。
そのまま、倒れ込むようにカカシは床へ寝転がる。
床と顔がすれる音がやけにリアルに聞こえる。音も、気配も、匂いすらない部屋でただ考えるのはナルトのこと。
笑顔で、一緒にいると頷いた子供のこと。
嘘をつくのが上手なことは知っていたよ。ほんとは痛いのに、痛くないふりしたり、好きなのに嫌いだと言ったり………愛してないのに、愛してると言ったり。
それでも、一緒にいたかった。
嘘の愛でもいいから。
そばにいれるだけで……。
ぎゅうっと、拳を握りしめる。
がばっとカカシは起きあがり、イルカの元へ急ぐ。
おそらく、ナルトが最後にあっただろう人物はイルカだろう。
ナルトが一番信用して、頼っていた人物。幾度となく嫉妬をした。
自分には決して見せない表情を、イルカには惜しみなく見せていた。
弱いところも脆いところも痛いところもすべて。
イルカの家の前につくとすぅっと深呼吸をして遠慮なしにノックをする。もう夜も更けているというのに。
かちゃりとドアが開かれると、イルカは落ち着いた表情で言った。
「……くると、思ってました」
手には、ナルトの額当てが握られていた。
「ナルトは……?」
「…結論から言うなら、死にました」
辛そうに目を伏せながらイルカは事実をカカシに伝える。
「…原因は?」
「……こんなことは言いたくはありませんが、あなたの、せいです」
あの日、ナルトの表情をイルカは忘れない。
どこで、あんな顔を覚えてきたのだろう。
あんな本当に幸せそうな笑顔。今までイルカが見てきた笑顔のなかで一番輝いていた。まぶしくて、消えてしまいそうだった。
『俺は、カカシせんせーの傍にはもういられない』
愛しすぎて、どうにかなってしまいそう。
愛されすぎて、どうにかなってしまいそう。
あの人の未来を壊さないことが、俺にできること。
たった12歳の少年が、見せたあの表情。
一生、忘れることはできない。
『カカシせんせーが来たら、伝えてってば』
いつでも、傍にいるから。
ダイスキ。
カカシせんせーは、生きてね。
やくそくだってば。
「…ナルト…っ…ナル……っ」
愛されていないなどと。
どれだけ自分はあの子を侮っていたのだろう。
でも、やっぱりオマエは嘘つきだよ。
愛してないなんて思わせて。
嘘つき。
嘘つき。
ウソツキ
ずるいよ、俺にはなにも聞かせてくれないなんて。
傍にいるのなら、今すぐその声を聞かせて。
俺に、オマエの笑顔を見せて。
窒息して死んでしまいそうなほどの息苦しさをカカシは感じた。
苦しくて、死んでしまいそうで。
これから先、ナルトのいない世界で俺はどうやって生きていけばいいんだろう。
オマエだけが、この世のすべて。
俺の世界はもう、壊れてしまった。
ねえ…ナルトが嘘つきなら、俺は約束破りしちゃっても、いいかなぁ?
終