「ナルトはさ、俺のことなんかどうでもいいんだよね?」
あなたに投げ付けられたこの言葉。
あなたがどうでもいい存在だったならばどれだけ楽だっただろう。
情けなくも泣いてしまった俺を抱き締めてくれた人を無くしたくないと心から思う。
どうして、あの人は俺を憎んでくれなかったんだろう…。憎んでくれていたら
、この愚かな恋心を消し去ることもできたかもしれないのに…。
好きという言葉を一言でも口に出してしまったら、俺はあの人を連れて逝ってしまいそうだから…。
今までも、これから先も、最期のときだって俺は絶対に口には出さないって決めたんだってば。
でも……
俺が最期のときを迎えるときまで傍にいて。
わがままだって解ってるけれど。
あなたを連れて逝くことだけは、できないから。
遺す言葉
それは、突然の出来事だった。
ナルトが任務中にいきなり倒れたのだ。その日のナルトは、別段かわったところなどなかった。具合が悪い様子もなかったし、顔色だって健康そのもので。
カカシはナルトが地面の上に倒れ込むのをただ見ていることしかできなかった。
スローモーションでも見ているような速度なのにまるで金縛りのように体が動かなくて、どさっとナルトが倒れ込んだとき、カカシははっと我に返りナルトに駆け寄った。
サスケとサクラも同じ瞬間にナルトに駆け寄っていた。
「ナルト!」
そっと抱き上げてナルトの名前をカカシたちは叫んだ。
ナルトの顔色がさきほどとはうって変わって真っ白になっていた。
カカシはナルトの脈を確認し、ナルトが生きていることが分かるとほっと息をつく。
しかし、ホッとしたのもつかの間。
カカシの腕の中にいたナルトが、ぶるっと身をよじらせると、口から真っ赤な血を吐き出した。
それは、ナルトの紫色だった唇を赤く染めた。
サクラが、叫ぶ声がする。
サスケが、ナルトの名前を呼ぶ声がする。
だけど、カカシの全身を襲ったのは、ナルトがいなくなる、という恐怖。
サクラの声も、サスケの声も、どこか遠くで聞こえていた。
ふと、ナルトは暗い病室で意識を取り戻した。うすーく目を開けてみると、カカシがぎゅっとナルトの手を握りうつぶせで眠っていた。
カカシの手の温もりに、ナルトは少し安心する。
反対側の手を見ると、点滴の針が、ナルトの腕に刺さっている。
そこで初めて、ナルトは自分が倒れてしまったことに気が付いた。
いきなり、視界を奪うほどの目眩と、体の痛み。
その一瞬前までは、気分が悪いことも、体調が悪いこともなかった。いつもと全く変わらなかったのに、突然それはやってきた。
漠然と思ったのは、自分の命が消えて無くなること。
あぁ、もう生きていられる時間が少ないんだ。
頭の片隅で思った。
そして…脳裏をよぎったのは、カカシの言葉。
「好き」だと「愛している」と。
そう言われるたびに震えた心。
憎まれていても仕方ないのに、自分を愛してくれたこの人が、痛かった。
俺が消えたら、どうするのかな?
だれか、他の人を好きになるのかな?
俺のこと…忘れちゃうかな…?
ぼ~っと、ナルトがそんなことを考えていたときに、カカシがはっと目を覚ました。
「ナルト…?目が覚めたの?大丈夫?どこも痛くない?」
矢継ぎ早にきいてくるカカシにナルトは力無く微笑んで頷いた。
「胃潰瘍だって。そんなに何か悩んでいたことあったの??」
胃潰瘍…?そんなことがあるハズ無いことは自分が一番分かっていた。
そして、きっと自分を診た医師もそれが分かっていたはずだ。
「べつに…何にもないってば…」
悩んでいることと言えば、カカシとの関係で。
「ホントに?俺には嘘つかないで?」
そっと、ナルトの頭を撫でながら、カカシは悲しそうな顔で微笑んだ。
「…ほんとに、何もないってばよ…」
カカシの目をまっすぐ見きれくて、ナルトは目をそらした。
「じゃ、俺の顔見て平気だって言ってみてよ?」
じっと、カカシはナルトの顔を凝視する。
ごろん、とナルトはカカシに背を向けた。
「……カカシせんせーはさ…俺のこと、好き?」
背を向けたまま、ナルトはカカシに問う。
「もちろん。大好きだよ?ナルト」
迷いもなくカカシは言いきった。
「ねぇ…お願いがあるんだってば…」
ナルトは再びカカシの方へとむき直す。
「なに?」
ぎゅっと、ナルトは掛けてあった布団を握る。
「あのね…俺、きっと死ぬ…だから…だから…」
さーっと、カカシの表情が抜け落ちた。
ナルトが倒れて、血を吐いたときから予感がしていた。
この子の体は九尾に蝕まれて限界なんだろう…と。
それでも、医者が診断するように、ただの胃潰瘍だと信じていたかった。
「もしもの話でも…そんなこと言うな!怒るぞ?」
「どれだけ怒ってもいいから、これだけはきいてほしいってば…」
「俺も、カカシせんせーのこと、大好き。イルカせんせーより、じっちゃんより、サクラちゃんより…ついでに、サスケよりずっとずっと大好き。だからさ、俺のお願い、きいて?」
「なに…?ナルトの言うことだったら、何だって聞くよ…?」
初めて言ってもらったナルトからの好きだという言葉。
まさか…こんな遺言みたいな形で聞くなど、カカシは思ってもいなかった。
「何個もお願いしてもいい?」
「もちろん」
「あのね…」
ナルトの言葉にカカシは涙が溢れそうになるのをぐっとこらえた。
せめて、この子が少しの心残りもないように。
カカシが涙を流せば、きっとナルトは悲しむだろうから…。
その言葉を言い終えると、ナルトは眠気を訴えた。
「全部話したらなんだか眠たくなってきたってば…」
すでに、ナルトの目はうとうととしていた。
「ずっとナルトの傍にいるから安心して寝てイイヨ…」
そっとカカシはナルトの手を握り反対側の手でナルトの髪をなでる。
ナルトは安心したかのように微笑んだ。
「カカシせんせ…大好き…」
それだけ呟くとすっとナルトの瞼は閉じられた。
青い目が瞼に隠される瞬間、カカシは引き留めるようにナルトの手を強く握った。
そして、もうその瞼が開かれることは二度と無かった…―――――。
俺のこと忘れないで。
ほかの人を好きになってもいい、ほかの人を愛してもいいから、
俺のこと忘れないで。
俺のこともずっと愛していて……。
終