深夜、一人の上忍が血まみれで病院に運ばれてきた。
数時間にわたり点灯する手術室の文字。
手術室の近くにある椅子に、ナルトは俯いて腰掛けている。
したたり落ちる涙を拭いもせずただ、俯いたまま。
床には小さな水たまりさえ出来ていた。
ふっと、手術室の照明が消える。
手術室から出てきたカカシは入ってきたときと同様、青白い顔をして目を閉じている。
呆けたような顔で、ナルトは運ばれていくカカシを見つめていた。
「じっちゃん・・・・カカシせんせー・・・死なないよ、ね・・・?」
ナルトは、くいっと火影の袖を引っ張った。
青い目には零れ落ちそうなくらい、涙がたまっていて。だけどソレを零すことをナルトは必至に耐えていた。
「・・・・・」
そんなナルトに、火影は何も言えなかった。
気休めで「助かる」なんて言えるような傷ではなかった。
里まで脈があったことが、不思議なくらいだ。
「じっちゃん・・・・?」
「・・・そうじゃの・・・そう簡単に、死ぬタマではないじゃろうて・・・」
意識は、おそらく戻らないだろう。
手術室から出てきた医師に火影はちらりと目をやる。
医師は火影にしか解らないように小さく首を振った。
カカシが助かる見込みは無い。
延命装置でかろうじて息をしているという状態で。
「じっちゃん・・・俺ってば、カカシせんせーの傍に行ってもいいかな・・・?」
ナルトはじっと火影を見つめた。
小さく、火影もそれに頷く。
なにも、してやれないと。
火影は老いた手を握りしめた。
「カカシ、せんせー・・・・」
目を覚まして
ただいまって言って
抱きしめて
ビーッッ!!!!!
突然の音にナルトはビクッと身じろぐ。
ビーッッ!!ビーッッ!!
カカシの傍にある機械からその音は聞こえてくる。
ばたばたと、あわただしい音がして数名の看護婦と、医師が駆けつけてきた。
あっという間にカカシの周りを取り囲む。
その様子をナルトはじっとうかがっていた。
医師の顔に焦りが見える。
「じっちゃん!!」
いつの間にか、傍にいた火影にナルトは縋りつく。ナルトがこんな風に縋りついてきたのは、一体何年ぶりのことだろうか。
そして、
医師が小さく首を振った。
ナルトは、がばっと顔を上げて火影の瞳を見る。
そんなナルトの瞳を見るのが怖くて、目を閉じて火影は首を振った。
「・・・どぉ、いう意味・・・・?」
ふらり、とカカシにナルトは近づいていく。
傍に寄るとナルトはカカシの手を取った。
まだ、この人はあたたかいよ?
ちょっと心臓止まってるだけで息だってしてないけど、カカシせんせーは生きてる。
いつも、俺と繋いだ手。今日は握り返してくれないけど、カカシせんせーはまだ生きてる。
少し顔色だって悪いけど、ソレは怪我のせいで。
カカシせんせーが、死ぬなんて絶対に考えられない。
死なないって、言ったもん・・・どんなことがあっても。
こんなに、あたたかいのに。
ナルトはカカシの手を握り変えようとした。だけど、その手はするり、とナルトの手から滑り落ち・・・・。
とさっと軽い音を立ててベットの上に落ちた。
「・・・きて・・・起きてってば!!カカシせんせー!!」
カカシの体をナルトは揺り動かすが、全く反応がない。
悲痛なナルトの叫びは病室中にこだまする。火影と、そして医師、看護婦達はそんなナルトを辛そうな顔で見守っていた。
「起きてよ ―――――!」
泣き崩れるナルトを、火影はなんとかなだめ、カカシの遺体を家へと運び込んだ。
カカシとナルトが一緒に住んでいる家へと。
寝室のベットに、カカシが横たわっている。
「じっちゃん…カカシせんせーと二人にさせて…?」
火影はその願いを聞き入れた。普段、何事も望まなかったナルトの願いを。
カカシが生きているとき、ナルトの顔はとても幸せそうだった。
幸せも、愛情も、カカシが惜しみなく与えていたから。
二人を引き離すようなことは決してするまいと、火影は思っていた。
それがまさかこのようなことになるとは・・・・。
パタン・・・。
静かに閉じられた扉をナルトは一瞥し、ゆっくりとカカシに近づく。
「カカシ・・・せんせー」
そっとカカシの手を握り、ナルトは微笑んだ。
「ねぇ・・・せんせー・・・・起きて・・・?」
ナルトは確かにそう呟いた。
まだ、カカシは眠っているとナルトは思っているのだろう。否、そう思いこまなくてはいけなかったのだろう。
必至に、ナルトはカカシを揺れ動かす。
だが、既に逝ってしまったカカシの目は当然開かれることなく、響くのはナルトの声と揺れ動かされる音だけ。
ぴくりとも動かないカカシをナルトは悲しそうに見つめてそして―――――
笑った。
「・・・せんせーってば、お腹空いてるから起きないんだってば!!」
すぐに帰ってくるから待っててね、そうナルトは言うやいなやぱたぱたとキッチンの方へ駆けていった。
20分も経ったころだろうか、ナルトは暖かなスープを手に、カカシ元へと帰ってきた。
「へへっっ・・・せんせーがおいしい言っていってくれたスープ作り置きして冷凍してたんだってばよ」
ナルトはスプーンにスープを掬ってカカシの口元へと持って行く。
「食べて・・・」
カカシの口にスープを流し込もうとするナルト。もちろん、それはカカシの口に流れ込むはずが泣く口の端を伝ってシーツにシミを作る。
「カカシせんせー、もう、寝たふりはいいってばよ?」
かたん、とスープの皿をナルトはベットサイドにあった机に置く。そして、にカカシを揺れ動かした。
「そっか……」
ポツリとナルトは呟いた。
「まだ眠たいんだよね。俺も、ちょこっとだけ眠るから…」
二日後、カカシの遺体が火葬される日がやってきた。この二日、だれもカカシの家に行こうとしなかった。
カカシとナルトとの最後の別れを邪魔したくなかったから。
コンコン…と、サスケは遠慮がちにカカシの家のドアをノックした。火影に言われて、ナルトを迎えに来たのだった。
しかし、なんの返事も帰ってこないことに、サスケは次第に苛立つ。そして、もしかしてナルトがカカシの後を追ったのではないかというイヤな予感が頭をよぎる。
ドアノブを回せば、簡単に扉は開いた。真っ暗な室内を、サスケは恐る恐ると言った具合に進んでいく。
ふわりと香る、なにか食欲をそそる香り。
キッチンを覗くと、鍋が一つ。蓋を開けるとまだあたたかい湯気を立てており、作られたばかりだと言うことがわかる。サスケはナルトが朝食を作ったのだろうと、深く考えないで、ホッと安堵の溜め息をついた。
その次の瞬間、寝室のドアがかちゃりと控えめな音を立てて開かれた。
「あ、サスケ!どうしたんだってば?」
声のトーンとは裏腹に、やつれたナルトの顔。明らかに以前見たときよりやせ細っているナルト。
「お前…ちゃんと飯食ってんのか?」
「あ、忘れてたってば。カカシせんせーの看病してたら……わかった、サスケ、カカシせんせーの見舞いに来たんだろ?でも、まだカカシせんせーは眠ってるから、ちょこっと顔を出すだけにしてやってくれよな」
「見舞いに来たんだろ?」…たしかに、今ナルトはそう口にした。一瞬サスケは自分の耳を疑う。
「カカシせんせー、サスケが見舞いに来たってばよ?」
もちろん、既に死んでいるカカシには届いていない。それは、サスケの目から見ても明らかだった。蒼白の顔色。紫の唇と、なにより、生きているという気配がない。
ナルトは、カカシ傍に座ると、悲しそうに目を細めた。
「ずっと…起きないんだ…。せんせーの好きなスープも食べてくれないんだってばよ…」
サスケは、カカシが横たわっているシーツを見た。
てんてんと染みが付いている。そして、ベットサイドにはまだ湯気を立てているスープ。
さらさらとカカシの髪を撫でるナルトに、寒気を覚えずにはいられなかった。
おそらく、狂ってしまっているナルトを直視できないまま、サスケは火影を呼ぶためにカカシの家を飛び出した。
火影を連れだって戻ったとき、やはり微笑みながらカカシを抱きしめるナルト。
火影は即刻、カカシの遺体を燃やした。
アスマと紅が燃えさかる炎の中に飛び込もうとするナルトを何度制しただろう。
泣き叫ぶナルトをどんな気持ちで制したのだろう。
完全にカカシの姿が灰となったとき、ナルトもまた意識を失っていた。
カカシが死んでどれくらい経っただろうか。
今でもナルトは、カカシと住んだあの家に暮らしている。
カカシの人形を抱きしめて、ただひたすら微笑みながら。
「カカシせんせー…愛してるってば……」
ナルトSide 終