still


 いつものように、毎朝君の「起きろってば!!」って可愛いお小言を聞いて

 いつものように、だまし討ちするようにベットに引きずり込んで軽いキスをして

 いつものように、「寝ぼけてたの。ごめ~んネv」ってにっこり俺は笑って。君はぷんぷん怒たふりをして





 当たり前の日常。それがとても幸せに思えた。







「封印が、決まったんだ」

 一緒に住んでる子供が、風呂上がりに何でもないような口振りで呟いた。一瞬、カカシは何を言われたのかが分からなかった。

 はっと我を取り戻し、カカシが驚いて子供の方を向いていると子供は今何も言わなかったような感じでわしゃわしゃと金糸の髪をタオルで拭いていた。   

「は・・・・?そんなコト、俺は聞いてないんだケド」

 我ながらマヌケだとは思いつつも、この子供に対してはいつもこんな調子だ。

 カッコつけてなんていられない。

 そんな余裕があったら、なりふり構わずこの子供を捕まえておかないと。子供を狙っている輩は大勢いるのだ。



 いい意味でも、悪い意味でも。



「俺が、じっちゃんにせんせーには言わないでって頼んだんだってばよ。俺が自分で言うからって」

「てゆーか、もうずっと前に言われてたんだけど、なかなか言う決心つかなかったんだってば」

 ふふっとナルトは笑い、とんっとベットから下りた。

「いつ、言われたの?」

「半年くらい前」

「なんで、すぐに言ってくれなかったの?」

「う~ん・・・何でだかはわかんないけど。ね、カカシせんせー」

 ん?とカカシがナルトに向かって首をかしげたときに、ナルトの口から信じられない言葉が出た。

 カチコチ・・・カチコチという時計の音をBGMにして。





「別れよー」





 まるでソレは挨拶をするかのごとく自然な感じで。

 カカシは呆気にとられ、そして同時に「ナルトにとって、俺はそんな小さな存在だったのだろうか」と少し落胆していた。

「イイヨ。別れようか」

 冷たく言い放った。無理矢理冷たい表情を作ってまで



 冗談だって言ってくれ。

 ウソだって笑ってくれ。 

 少しでも、傷ついたを顔して。   



 しかし、カカシの想いとは裏腹に、ナルトは顔色ひとつ変えなかった。

 見えない刃に心をずたずたに引き裂かれるような感覚に陥る。心から血が溢れて、溢れて、溢れて。止まらなかった。

「そ、ありがとってば。じゃ、俺うちに帰るからカカシせんせーの家にあるモノはテキトーに処分してってばよ」

 ひらひらっとナルトは手を振り、カカシ部屋の合い鍵を机の上に置くと、何の未練も残していないという風にカカシの家を出ていこうとする。

「かかしせんせー・・・・・今までアリガト」

 ナルトは一度も振り返らなかった。カカシも、ナルトの方を見なかった。

 ばたん、と扉が閉じられた音がして、ナルトは出ていった。しばらく、呆然と宙を見つめているカカシ。

 すきま風がどこからか入ってきているのだろうか、酷く、寒かった。





「お前を、追放することが決まった」

 ナルトが、半年ほど前火影の執務室まで呼び出され、長老連から浴びせられた言葉。

 幽閉、封印―――――死

 そのどれでもなく『追放』という形。

 歯を食いしばってこの里で生きてきて、ここで朽ちていくことも、認めてはくれないのだろうか。

 両親もおらず、里の憎しみを一心に受けてきた自分。

 なんだか、酷く惨めに思えた。

「・・・・イヤだっていったら、どうするんだってば」

 抵抗することに、無意味だということはナルトも分かっていた。先ほどから火影がすまなさそうにナルトを見つめていた。

「・・・お前と、カカシの仲は知っているぞ・・・」

 当然だろう。この里で、ナルトとカカシの仲を知らぬものなどいない。カカシが里中に触れ回ったからだ。

 イヤだ、と恥ずかしい、とナルトは顔を真っ赤にしてカカシに怒った。だけど、本当の理由は、カカシを汚す自分という存在が、痛くて仕方なかった。

 カカシと歩いているたびに、カカシという存在がナルトの近くにあるというだけで、世間はカカシに向かって誹謗する。



 痛く、痛くて仕方がなかった。



 己が身に棲みついている九尾の存在も。

 己の心の弱さにも。

 笑いながら平気だと、いうあの人の存在も。

 あの人の優しさ、己を取り巻く総てが、痛くて痛くて。

 泣きたくなるくらい、あの人が愛しくて。



 でも、泣けなかった。

 泣いてはいけないと思った。





「だから、お前の追放が決まった。命があるだけ、ありがたいと思うが良い」

 吐き捨てるように言った後に続いた言葉を聞くと、何故、自分が追放されるのか分かった。

「カカシが5代目に決まった。お前の存在も、カカシにとっては邪魔なだけなのだ。半年、猶予をやろう。それまでに荷物の整理をしておくのだ」

 



 半年?

 それで、俺のせんせーに対する気持ちも整理しろってコト?





 ふらふらとナルトは執務室を出て、ひとり、森へ入った。

 ここに来れば自然がナルトの全てを隠してくれるから。

 己の気配も、声も、涙も。

 全て隠してくれるから。

 大きな声を出して、泣き叫んで。

 

 朝が来たら、いつものように何もなかったように過ごすから。

 朝が来たら、いつものようにカカシせんせーにおはようを言って。

 朝が来たら、いつものように笑顔でいるから。



 いまだけ。

 いまだけ、泣くことを許して。



 5代目になるアナタ。

 俺が目指した『火影』の名を手に入れるアナタ。

 俺がアナタの道の妨げになるのならば。

 いくらでも喜んで消えましょう。



 だけどやっぱり今だけは。

 ただ、泣かせてください。











 満点の星が煌めく夜に、ナルトは誰にも気付かれないように里の外へ出た。

 二度と帰ってくることのないだろう、自分が生まれ育った里を目に焼き付けて。

 全ての思い出を胸の奥底に沈めて。











 酷く、寒い夜だった。

 ナルトが「別れよー」と言い、それに頷いて自分の前から姿を消した夜。

 ナルトがドアを閉めた瞬間、はっとしてドアの前まで詰め寄った。

 今なら、まだ間に合うかな?

 そう思いながら、慌ててドアノブに手を掛けた。

 だけど、それを回すことはできなかった。背を向けて、振り向きもせず自分の元を去っていくナルト。

 今でも夢を見る。

 ばたん、と扉が閉められて、待ってと手を伸ばしても。

 振り返らない小さなカラダ。

 二度と向けられることのない笑顔。



 ナルトがいなくなって、カカシはナルトのことを考えないように、考えないように過ごしてきた。

 いきなりいなくなったナルト。当然7班の他の二人が黙っているはずもなく。毎日毎日、ナルトはいつ帰ってくるのかとしつこく聞かれる。

 忘れようとしているのに、思い出さないようにしているのに。





 忘れたいから、ふだんの生活をして。

 忘れたいから、ナルトの写真も部屋に置いてあったナルトの物も全部全部押入の奥にしまって、絶対に見えないようにして。

 忘れたいから、毎日酒を浴びるほど飲んで。夢を見ないように眠らなかったりしているのに。

 忘れたいのに、気が付けばナルトのことばかり考えてしまっている自分。

 『考えない』そう思っていることは、考えると同じコト。

 振り払っても振り払っても、ナルトと過ごした日々、ナルトの笑顔、ナルトの存在が忘れられなくて。

 無意識に、ナルトを帰り道に探した。

 今ならまだ間に合うかな?

 どれだけそう思っても、もう間に合わない。

 ふと、火影に呼び出されていたことを思い出した。

 多くの任務をこなせば、ナルトを思い出している暇もないだろうと、ぎゅっと拳を握る。カカシはふっと姿を消し火影の元へ急いだ。







「お主には、5代目を襲名してもらう」

 カカシが火影のところへ行くやいなや、長老会、数名の上忍がそろう中でそう告げられた。

「・・・・・ナルトの件で、お聞きしたいことが」

 カカシがそう言うやいなや、辺りの雰囲気がぴりりと鋭くなる。

「・・・何じゃ?」

「その話、ナルトにはされたんですか?」

 火影は、重々しく頷いた。

「ナルトを、俺の前から消したのは、そのためですか?」

 その言葉にも火影は頷いた。

 瞬間、自分の頭から一気に血の気が下がるのが分かる。

 怒りで拳を握りしめる。

「ナルトとて、了承したことだ」

 

 だんっっ!!!



「煩いんだよ」



 長老会の一人の言葉を聞いたとき、カカシは握りしめていた拳を思い切り壁に叩きつけた。



 オマエらに、ナルトのナニが分かるって言うの?

 

 無言でカカシは執務室を出ていった。



 なぜ、話してくれなかった?



 俺は、追いつめられたお前になにもしてやれないほど頼りのない男だった?

 それとも、お前にとって取るに足りない存在だった?





 ばたん・・・・・・



 部屋に帰り、扉を閉める。

 ふと、1つの段ボールが目に入る



 それを見た瞬間。

 一筋、涙が溢れた。



 段ボールに走り寄り、乱暴な手つきで中身を出す。



 そこにはナルトの服やナルトが普段使っていた小物類が詰まっていた。

 目が痛くなるような、オレンジ色の服。









 くしゃくしゃになるまで、抱きしめて泣いた。









 なぁ、ナルト。

 お前はいつだって、笑顔の仮面をかぶるのが得意だから。

 お前はいつだって、ウソをつくのが上手だから。

 お前はいつだって、俺の心を崩壊させるのが上手だから。



 気付かなかった。



 気づけなかった。







 冷めた表情と、笑顔の奥に、必至に隠していた感情を。







 俺はお前のいないこの里で、どうやって生きていけばいいの?

 どこにいてもお前との思い出は多すぎて。

 どこにいてもお前の笑顔が脳裏によぎって。





 辛いよ?







 辛すぎるから。





 俺はもうこの里にはいられない。

 お前が聞いたら「カカシせんせー、弱いってばよ!!」って言うかな。

 俺ね、お前がいないと・・・強くも何ともないんだよ。

 

 お前との思い出を直視できないまでに弱い俺。

「今ならまだ間に合うかな?」最後まで言えなかったこの言葉。









 そして。

 一人の上忍が里を抜けた。     














切ない系。         
       


短かったので2つに分けていたのを一つにまとめました。

2002/03/19