Oblivion 2

「ナルト・・・・?」

 静寂を破ったのは、信じられない、と言ったようなカカシの声だった。

「イルカせんせー、この人誰?」

 イルカの顔をのぞき込んで、ナルトは首をかしげた。

「何言ってるんだ・・・?ナルト・・・・カカシ先生だろう?」

 イルカの言葉にナルトは分からない、と言った風に首を振った。

「ナルト?!カカシ先生が一番遅かったから、すねてるの?」

 サクラはちゃかすようにナルトにそう言ったが、ナルトは眉を寄せて考え込んでいる。

「サクラちゃんは知ってる人なの?」

 とサクラに問いかけてくるナルトは純粋そのもので、すねていると言った風ではなかった。

 なぜ、カカシだけが分からないのか、ナルトの脳波は幾度となく調べてもらっていたが、全く問題はなかった。

 一応このあと脳波の検査をしてもらったが、やはり答えは同じで『異常なし』

 体の方も完治しているために、あと3日の入院をしたのちに退院することが決まった。









 なんで?

 どうして?









 それだけが、カカシの脳を支配していた。

 イルカのことも、サスケのことも、サクラのことも・・・アスマや紅のことですら覚えているのに、ナルトの記憶からは自分のことだけがぽっかり抜け落ちている。

「ナルト、カカシ先生とちょっと話をしなさい。・・・はは、そんな顔をしなくてもカカシ先生はお前のことを一番分かってるから、大丈夫だよ・・・。じゃ、カカシ先生宜しくお願いします」

 そう言ってイルカはナルトの病室を出た。

「ナルト、本当に俺のこと覚えてないの?」

「うん。全然」

 イルカたちと接するときの態度とは全然違う態度に、カカシは少しいらつきを覚えた。

「別にいいじゃん、サクラちゃんたちから聞いたんだけど、カカシせんせーは俺たちのタンニンなんでしょ?それだけ分かってれば十分だってばよ!!」

 本当はそれだけじゃない。

 ナルトと俺は恋人同士なんだよ?

 そう言いたいところをぐっと我慢して、カカシはぐっと拳を握りしめた。

 そっとカカシがナルトに手を伸ばし体に触れようとすると、びくっとナルトの体が震えた。

「ナルト・・・・?」

 さっと顔色を青ざめさせたナルトに、カカシは怪訝な顔で問いかけた。

「えっと・・・・あれ・・・・?」

 小刻みに震えている体をナルトは不思議そうに抱きしめる。

 寒いわけでもないのに、カカシが自分の身体に触れようとすると、ナルトの身体は小刻みに震える。

 再びカカシがナルトに手を伸ばしたとき、ぱしっっと乾いた音が部屋に響き渡った。











「触らないで」













 無意識のうちにナルトの口からこの言葉がついて出た。

 カカシが驚いたのは、その言葉が口から出たことだけじゃなかった。

 その声音の冷たさに、カカシは目を見開いた。

「なんで、俺のこと忘れたの?」

「そんなのわかるわけないだろ!!俺はアンタのこと覚えてないんだから!!」

 責められたような口調に、ナルトはカッとなってそう叫んだ。

 叫ぶやいなや、ナルトは布団に潜り込んだ。

 カカシはまだ何かを言いたそうにしていたが、ナルトが自分を拒んでいることを知って、「また来る」それだけを言い残してその場を後にした。





 カカシが出ていった後、ナルトはむくり、と体を起こした。

 ほっと安堵の溜め息をつく。

 カカシといると落ち着かない自分がいる。

 



 銀色の髪

 怪しげなマスク

 左目を隠すように額当てがしてあって

 右目は怖いくらいまっすぐ俺を見ていて・・・。

 サクラちゃんの話によると上忍で元暗部で今は俺たちのタンニン。

 スリーマンセルのタンニンは誰だった?って聞かれると答えることができなかったから、きっとカカシせんせーのことだと思う。

 「誰?」って聞いたときのあの雰囲気、なんでか分からなかった。

 カカシせんせーはとっても嬉しそうに俺に近寄ろうとしてきて、俺の言葉で凍り付いた。

 周りのみんなも、「まさか」って感じで凍り付いた。

 特に、サスケやサクラちゃんなんかはしつこく本当に覚えてないのかって聞いてきて、俺はなんだか凄く罪悪感を感じたような気がしたけど、分からないものは分からなかった。

 ・・・・まるで、心が思い出しちゃいけないって言っているようで。

 カカシせんせーのことを少しでも思い出そうとすると、ふるえが止まらなくなる。

 頭が痛くなって、目の前が真っ暗になりそうになる。

 どうしてそんな風になるかは分からないけど、とにかくカカシせんせーには近づくなっていっているような気がしてならない。

 はっきり言って・・・・カカシせんせーが怖いんだ・・・・。





 ナルトはカカシのことを少し考えながら、うとうとと眠りにつこうとしていた。







 一方カカシと言えば、ナルトが自分のことを忘れていたり、触ろうとしたら震えられたり、「触らないで」と言われたり・・・かなりの勢いでへこんでいた。

 おまけに「別にカカシせんせーのことなんて覚えてなくてもいい」と言うようなニュアンスのことを言われるわ・・・へこみを通り越して、なんだか荒んできた自分がいる。

 

 どうして、イルカやサスケやサクラや、アスマや紅ですら覚えているのにっっ・・・俺のことを覚えてないの?

 俺はナルトにとってその程度の人間だったってコト?

 俺はナルトに好きだよって告げていたし、愛してるって何回も言った。

 ナルトだって大好きだって、愛してるって言ってくれたのに。

 



 なんで、ナルトは何も思い出せないの?



 ナルトの瞳が自分だけを映していない世界

 ナルトの記憶から消え去った自分。

 

 考えるだけで気が滅入ってきているカカシは、ナルトと付き合うようになって吸わなくなった煙草に火をつけ、小さく咳き込む。   

 それから浴びるように酒を飲み、深い眠りへと落ちていった。













 今日はナルトが退院して初めて任務に出てくる日だった。

 もしかしたらナルトは自分のことを思いだしているかもしれない、と淡い期待を抱いて、カカシはいつもよりも早く集合場所へと向かった。





「ナルト、体の方はもう大丈夫なの?」

 サクラは既に集合場所にいたナルトに開口一番そう聞いた。

「大丈夫だってばよ!別におかしい所なんか全然ないし」

 唯一あるとすれば、それはカカシの記憶がないことだけだった。

 だけど今のナルトにとっては取るに足らないこと。

 ナルトはカカシがただの担任だということだけを理解していた。

「・・・おかしすぎるから言ってるんでしょう・・・」

 ぽつり、と呟いた言葉はナルトには届かなかった。

 はぁっっ・・・と溜め息をつくサクラをナルトは不思議そうに見ていた。

「オイ、ドベ体はもういいのか?」

 ドベ、と言われ、ナルトはカチンときたが、一応自分の身を案じてくれているらしいサスケに、ナルトは素直に頷いた。

「うん!!大丈夫だってばよ」

「そうか・・・」

 いつもなら「ドベがますますドベになったら困るからな」などとサスケが余計なことを言ってケンカに発展しただろうが、今日はあっさりと引き下がった。 

 一応言い返す準備をしていたナルトは、少し拍子抜けだった。

「なら、いい」

 サスケはそう言うとぷいっと照れたように顔を背けた。

 ナルトはそんなサスケを不思議そうに見ていた。

「なぁ、サスケ・・・カカシせんせーってどういう人なんだってばよ?」

 サスケはナルトの口から紡ぎ出された「カカシ」という言葉に忌々しそうに舌打ちをする。

「遅刻はする、任務は俺たちに任せてさぼりたい放題、ナニ考えてるかわからねぇし・・・・第一、究極の変態だ。あんまりアイツに近寄るな。食われるぞ」

「くわれる・・・?」

 食われる、の意味が分かっていないナルトは首をかしげた。

「深く考えなくていい・・・いいか?何かあるときは俺に言えよ。・・・テメーはまだ本調子じゃないんだろ?」

「・・・なんか、サスケ今日オカシクねぇ?」

 ナルトがサスケの顔色をうかがいながらそう告げた。

「・・っ・・・・べつに、おかしくなんかねー」

 耳まで真っ赤にしてその場を去ろうとするサスケをナルトは追いかけた。

「なーサスケ、お前いいヤツだったんだなー!!見直したってばよ!!」

 にこにこと笑顔を振りまきながらナルトはサスケの横に並んだ。

「ウルサイ、ドベ」

 こんなコトを言うつもりではなかったのに、つい口から出てしまった言葉に、サスケは心の中で頭を抱えた。

「ドベっていうなってばよ!」

「ドベだからドベなんだろう?このウスラトンカチ」

 思っていることとは正反対のことばかり出てくる口をサスケは恨んだ。

「やっぱりヤなヤツだってばよ・・・」

 ぷくっとナルトは顔をふくらませてサスケを恨めしげに睨んだ。

 サスケはナルトのそんな姿もかわいいと思ってしまう。

 カカシと付き合っていたときは何とかナルトのことを諦めようとしていた。

 その矢先に、ナルトはカカシの記憶を全て失った。

 





 カカシには悪いが、このチャンスをみすみす逃す訳にはいかない・・・。







 ぽつり、とサスケは漏らしたが、それは誰にも聞こえることはなかった。



「なぁ、サスケ・・・俺ってば、カカシせんせーに嫌われてる?」

 任務が終わってナルトは帰ろうとするサスケに「一緒に帰ろう」と呼び止めた。

 サスケはしぶしぶ、といった風だったが、内心小躍りしている。いつもは帰るときに憎まれ口を叩いて終わり。

 ナルトはあのいけ好かない上忍といつも手を繋いで仲の良さそうに帰っていっていた。

 今日は任務が終わるやいなや、「サスケに聞きたいことがあるから一緒に帰ろう」と呼び止められ、嫉妬で殺気を送ってくる上忍を目の端で笑いながらナルトと帰途についた。

 しばらくは「明日の任務は何かなー」とかたわいもない話をしていたのだが、ひっきりなしにしゃべっていたナルトが急に黙った。

 サスケはどうしたことかと聞いてみれば、次に出てきた言葉がアレだったのだ。

「は?・・・・・なんで、そんなこと気にするんだよ」

 この言葉にムカッときたものの、とりあえずはナルトに問いかける。

「だって・・・カカシせんせーってば、任務のときスゴイ顔で俺のこと睨むから・・・」

 それはお前を睨んでいたんじゃなくて、オレを睨んでいたんだぞ、とはサスケは言わなかった。

 ナルトに「カカシは自分のことを嫌っている」と思ってもらっていた方がこれまた自分の都合によい。

「お前、アイツに恨まれるようなことしたんじゃねーの」

 何気なく言ったサスケの言葉に、ナルトは凍り付いたかのようにその表情を固まらせた。

「恨まれる・・・・コト・・・・?」

 どくんっっ・・・・・とナルトの胸が大きくなった。

 何もしていないのに、大量の汗が体中から噴き出してくる。











 化けギツネ・・・・!





 

 化けギツネ







 お前を憎んでる

























“  サヨナラ   ナルト   ”

























「・・・・どうした?・・・・・ナルトッッ!!」

 額に大量の汗を浮かべてナルトは小刻みに震えていた。

 頭を押さえていたから怪我をした頭が痛いのだろうとサスケがナルトの顔をのぞき込んだとき、ナルトの膝ががくっと崩れ落ちた。

「サス・・・・ケ・・・頭痛い・・・・っっ!!」

 

 思い出しては ダメ



 思い出して



 思い出しては



 ダメ ―――――――――――――――





 はっとなったときナルトはサスケに抱きとめられていた。

「あ・・・・ワリィ・・・サスケ・・・」

 未だ小刻みに体が震えている。

 力が入らない両手でサスケから身を起こそうとした。

 その途端、ぎゅっと抱きしめられた。

「サスケ・・・・?」

 ふっと顔をあげサスケを見ると、眉を寄せてサスケはナルトを見ていた。

 その表情はとても苦しそうで。

「どうか、した?」

 なにやら自分がとんでもないポカをやらかしたような気になって、ナルトはおそるおそるサスケに尋ねた。

「何も思い出さなくて良いんだ。忘れておきたいことなら、忘れとけよ・・・」

 さらにきつくナルトを抱きしめてサスケは囁いた。

「うん・・・・」

 ナルトはだらんと体の力を抜いて抱きしめられるまま遠くを見ていた。

 立っているのがやっと、という感じだった。

 

 カカシせんせーに恨まれること。

 それは、俺が



 化けギツネだから。



 あの人はオレを監視してる

 あの人はオレを憎んでる

 あの人は―――――



 忘れちゃいけないコト



 

 ゴメンナサイ、カカシせんせー

 これは忘れちゃいけないことだったね

 だから

 あんなに怖い瞳でオレを見るんだ。





 だから

 オレはあの人が怖いんだ





 そしてナルトはどんどん体の力が抜けていき

 意識を暗闇の中へと落とした。

 失われていく意識の中で「ナルト」というサスケの声が聞こえたような気がした。  





 



 





3は裏です。 

2001/11/18