おかしい。
アスマがそう思ったのはあれから5日後のこと。
自分がナルトに声をかけようとすると、ナルトは目もあわせないで逃げていく。
それは何かに怯えているようで。さっきナルトに会うまでは確信ではないだろうが、そう感じていた。
だがさっきナルトに会ってそれは確信に変わった。
さすがに4日も5日も避けられて自分が何かしたのではないかと思い、ナルトを問いつめようと思った。
相変わらず、目を合わせないように通り過ぎていくナルトの二の腕を強引に掴むと白く、細い手首が露わになった。
そこにはうっすらと縛られた跡。
すり切れたような跡がナルトの手首に残されていた。
「離せよ!!」
ナルトの手首の傷を見て、一瞬呆然となったアスマは、ナルトに腕を振り払われた。
「その傷・・・どうした?」
アスマが問いかけた瞬間、ナルトの顔がさっと青ざめる。
「誰に、やられた?」
「んなこと、あんたに関係ねーってばよ。」
ナルトは再び目を伏せた。
アスマはまたナルトの腕を掴んだ。手首の傷に、懐から取り出した傷薬を塗りながら、
「関係ないことねぇだろ。俺はお前が好きなんだぜ?」
ずきっとアスマの言葉はナルトの胸に刺さった。
あれから、カカシは自分を犯そうとはしなかったけど、「俺から離れていくことは許さない」と毎日訴えてくる。
その瞳はどこか悲しそうで。
「あんたが、そういうこと言うから・・・・」
ぽつりとナルトはアスマに聞き取れないような声で呟いた。
だけど、それはしっかりとアスマの耳にも届いていた。
「・・・どういうことだ?」
「どういうことも、こういこととも、ねーってばよ!!」
ばっとナルトはアスマの掴んでいた腕をふりほどこうとしたが、さすがに今度は振りほどかせはしてくれなかった。
上忍と下忍、いや大人と子供の力の差が、それを許さなかった。
「俺に構うな!!言っただろ?!」
アナタさえいなければ、境界線の中で誰にも邪魔されずに生きていけたのに。
こんな想いを抱えずにすんだのに。
「それだけは、譲れん。いくらお前に構うなって言われても、俺が構いたいって思うんだから、俺の意志をお前にどうこうすることはできないだろ」
「じゃあ、アンタも俺を犯したいって思ったら犯すのかよっ?!」
一瞬にして口から出た言葉に、ナルトははっとなった。
しまった、と思ったときには遅かった。
アスマの表情が見る見るうちに厳しくなる。
「・・・だれにやられた?」
「関係な・・・・」
「誰にやられたと聞いているんだ!!」
関係ない、と言おうとしたナルトの言葉を遮ってアスマは怒鳴りつけた。
「・・・すまねぇ・・・怒鳴るつもりじゃなかった・・・俺だって、傷つくんだぜ?関係ない、関係ないって言われたら」
アスマはぽんっと軽くナルトの頭を撫でた。
ナルトがゆっくりと顔を上げると、アスマは少し厳しい顔をしているけど、慈しむような目でナルトを見ていた。
「・・・ごめん、アスマせんせー」
境界線を踏み越えて一歩一歩進んでくるアナタ。
アナタの手を温かいと思ったとき、俺の世界は少しずつ壊れていく。
それが、一番怖いことだった。
誰にも侵されない境界線の中で優しさも、嬉しさも・・・愛も知らずに生きていたかった。
それが一番心地よい世界。
優しさも、嬉しさも、愛も知ってしまって俺の世界が壊れてしまって、アナタがいなくなったら?
いまはそっちの方が
怖いよ
「・・・ごめん・・なさい・・っ・・・」
ぽたぽたと、ナルトの青い目から涙がこぼれ落ちていく。
アスマがいなくなったときのことを考えると、どうしてか怖いと思って涙が止まらなくなった。
「な、泣くなよ・・・わるかったな本当に大きな声だしたりしてよ・・・」
アスマは大きな体を屈めて、慌てて指で涙を拭った。
「ちが・・・・くて・・・ひっく・・・涙が・・・とまんないだってば・・・」
アスマが怒鳴ったことに対して泣いているわけではないのに、どうしてもそれが伝えられない。
自分が泣く、ということに驚いているのもある。人前で泣いたのはもうずうっと昔のこと。
アスマは泣いているナルトをぎゅっと抱きしめた。
愛しいと思ったから。
泣いて欲しくないと思ったから。
ナルトには、笑って欲しいと思ったから。
心からの笑顔を自分に向けて欲しいと思ったから。
愛して欲しいと思ったから
アスマはありったけの思いを込めてナルトを抱きしめた。
「泣きたいときは泣いていいんだぞ。ずっと傍にいてやるから」
その言葉を聞いた途端、ナルトは堰を切ったように大声をだして泣いた。
アスマの胸にしがみついて大声で泣いた。
胸を埋めれば、うっすらと匂ってくる煙草の匂いにまた切なさがこみ上げた。
ナルトが泣いている間、片時もアスマは腕に込める力を緩めようとはしなかった。
「落ち着いたか?」
ようやくナルトの涙が枯れ尽きたころアスマはそっとナルトに囁いた。
「・・・ん・・・・」
ナルトはしがみついていたアスマの身体からゆっくりと離れようとしたが、アスマが話してくれそうにない。
「それで、お前をヤったのは、誰だ?」
ナルトが忘れかけていた話題をアスマは再び持ち出した。
ぎゅっと、ナルトを抱きしめる力が強くなっているような気がする。
「い、言いたくない・・・」
ぎゅっとナルトが口をつぐむと、アスマははぁっっ・・・と大きな溜息をついた。
「じゃ、そこに隠れているヤツにでも聞くか ――――― カカシ」
ナルトはぎょっとしてアスマが見ている方向を見た。
するとそこにはすっとカカシの姿が現れた。
どこから、見ていたのだろう・・。
先日のカカシとのことを思い出したのか、ナルトの顔からは見る見るうちに顔色が消えていった。
そして、ゾクリと体を震わせた。
「ああ、アスマ・・・気付いてたんだ」
「気付くだろ。普通は。あんなに目つきで睨まれてたらな」
屁とも思ってないような態度でアスマはナルトを抱きしめたままカカシに話しかける。
がくがくと身を震わせているナルトに、誰がナルトを犯したのか確信した。
「とりあえずサ、ナルトのこと離そ~ネ」
にっこり、とカカシは笑って言った。
「イヤだね。」
カカシの言葉をアスマは短く切った。
「お前にナルトは渡せない」
震えるナルトの身体をアスマは抱き上げた。
ナルトもぎゅっとアスマの服を掴んだ。
「・・・ナルト」
カカシがナルトを呼ぶと、ナルトはビクッと大きく身を震わせた。
そして、おそるおそるカカシの方に顔を向けた。
そこには先日見たようなカカシではなく、悲しそうな顔をしたカカシの姿があった。
「カカシ、せんせー・・・俺・・・・」
ゴメンナサイ、とも違う気がする。
「・・・俺はサ、ナルトのそんな顔が見たかったわけじゃないんだ・・・俺だけに笑って欲しかった、俺だけがナルトの全てを知りたかった・・・・・アスマといるナルトを見て何がなんだかわからなくなった。自分の手に入らないのなら、いっそ、壊してしまえばいいと思っていたけど・・・お前の「やめて」って声が耳から離れない。お前、俺の前では一度も泣かなかったのに、アスマの前で泣いているナルトを見たら・・・・どうして、あんなコトになったんだろうって、後悔した・・・。ゴメンな・・・・謝って済む問題じゃないって、分かってるけどサ・・・俺は、ナルトを好きだったんだヨ・・・」
「・・・・せんせ・・・」
「・・・俺の為じゃなくても良いから、ナルトに笑って欲しい」
カカシは、くるりと背を向けてナルトとアスマの前を後にした。
あんなカカシはナルトは初めて見た。
あのことがある前はいつも飄々としていて、どこかつかめな人間だった。
あのときはただ、ただ怖かった。
あのことがあった後はいつも悲しげな瞳で俺を見ていた。
「やけに、あっさりとしてたな・・・アイツ・・・」
ぼそりとアスマは呟いた。
カカシにどれだけの葛藤があったのかは分からないけど。
「・・・で、おめぇは俺に何か言うことあるんじゃねぇか?」
にんまりとアスマは笑い、ナルトの顔を見つめた。
そんなアスマにナルトは少々カチンときてしまい、ぷいっと顔を背ける。
「・・・落とすぞ」
そうアスマはナルトに向かって脅しをかけたが、ナルトを抱きかかえる力は少しも弱くならない。
「・・・落とす気なんか、ないくせに」
クッっとナルトは笑った。
「可愛くねぇガキ」
アスマはゆっくりとナルトを降ろした。
「ま、ナルトは俺のこの好きだから、そのうち言わせてやるよ」
びしっっと人差し指をナルトの顔の前につきだした。
自信満々でナルトに言うアスマがなんだかおかしくてナルトは自然に笑っていた。
「できるもんならやってみろってば。」
にっこりと邪気のない笑顔でナルトはそう言うと、ちゅっと軽くアスマにキスをした。
その瞬間ぼっと火がついたようにアスマの顔は赤くなった。
「フーン・・・アンタ、結構純情なんだね」
にやにやとナルトは赤くなったアスマをからかった。
「・・・・・・・ほんっと、可愛くねぇガキ・・・」
「その可愛くないガキが好きなくせに」
ナルトはまたにまっと笑うとその場を駆けだした。
「待て!!クソガキ!!」
走り出したナルトをアスマも後を追っていく。その声は、図星をつかれて少し怒っていたような気がする。
境界線の中で独りでいる俺に
いつの間にか傍にいて、いつの間にか愛を教えてくれて
境界線を踏み越えて来てくれたアナタ
アナタが
一番好き ―――――
終