アカイユメ2

「ナルトが見つかったって、本当ですかっっ?!」

 火影の執務室。ノックもせずに飛び込んできたのはサクラだった。

 昔よりも全体的に女らしくなっていて、背も伸びていた。

 ナルトを見て、ほっとした顔をしたのもつかの間、どこもかしこも成長していないナルトと、椅子に腰掛け自分を見つめるきょとん、とした顔に愕然とした。

「サクラ、ナルトのヤツ・・・・」

 記憶がない。

 サスケがそうサクラに伝えた。

「え・・・?」

「お姉さんも、俺のこと知ってるの?」

 その顔はどこか嬉しそうで、どこか、悲しそうだった。

 だけど、それ以上にサクラはもの悲しさを感じた。自分のことを「サクラちゃん」と呼ぶのではなく、他人行儀に「お姉さん」と言うのだ。

 確かに今のナルトから見ればサクラはもちろんサスケも自分より年上の人としか思えないだろう。

 それから次々にナルトを慕っていた人々がそこを訪問した。

 どの顔も、今のナルトにとっては初めて見る顔だけど、一人一人のことを懐かしく感じる。だけど ―――――





 ダレカガ、イナイ・・・・。





 ズキンとナルトの頭に鈍い痛みが走った。



 サスケ、サクラ、イルカ、キバ、シノ、ヒナタ、いの、シカマル、チョウジ、紅、アスマ、イビキやアンコまでその場にいた。

 皆、心配そうにナルトを見ていた。そして、何も覚えていないナルトに驚きを隠せなかった。

「・・・ナルトよ・・・おぬしは今まで何をしておったのじゃ?」

 火影は、重々しく口を開いた。

 ナルトが九尾に連れ去られたことはその場にいたアスマと紅に報告を受けている。それを見ていたサスケとサクラにも詳しい話を聞いてはいた。

「・・・べつに、何にもしてなかったってばよ?」

 ・・・・・。

「質問を変えようかの・・・おぬしは、今まで誰と居た?」

「・・・天雷だってばよ?」

 九尾か・・・・。

 火影は心の中で呟いた。本来、残忍な性格をしているはずの九尾が、どうしてナルトを生かしておいたか、わからなかった。

「火影様・・・!もしかして・・・」

「・・・おそらくそうであろう」

 火影は、紅の言葉を遮った。 

「なんで?なんでよ?!・・・のせいで、・・・・のせいで、カカシ先生は死んだのに!!!」

 サクラが察したのであろう、天雷が九尾だということに。

 その言葉を聞いた瞬間、ナルトの頭痛がひどくなっていった。

 サクラはがしっとナルトの方を掴むと、がくがくと揺さぶりながらさらに言葉を紡いだ。

「・・・なんで、そんなヤツと一緒にいるのよ?どうして・・・・っ私たちのことを忘れたのよっ?!どうして・・・・カカシ先生のことを忘れちゃったのよっっ?!」

 そこまでサクラが言うと、紅が手でサクラを制した。

 自分が興奮して感情をあらわにしたことがわかり、サクラはぱっとナルトの身体から離した。





 どうして、カカシ先生のことを忘れちゃったのよっ?!



  

 カカシ・・・?



 カカシ先生・・・?



 ドクン・・・・。

 

 今までとは違った痛みが胸を突く。

 ドクン、

 ドクン、

 ドクン・・・



 

 カカシ先生は、死んじゃったのにっ!!



イヤダ

イヤダ

イヤダ

イヤダ

イヤダ



イヤダ!!



聞きたくない

何も、オモイダシタクナイ





 ナルトの顔が不自然に歪んだ。

「イヤだ・・・・!!」



 アノヒトがイナイ

 アノヒトだけがイナイ



 あの人の声だけが聞こえない。



 ナルトはその場に頭を押さえてうずくまった。

「イヤ、イヤ・・・・イヤだってば!!」

 ナルトの顔からはどんどん顔色が失せていき蒼白になった。

 そして額には大量の脂汗が浮かんでいる。

 

 締め付けられるように頭が痛む。



「ナルトっっ!!大丈夫か?」

 駆け寄ってきたイルカをナルトははっとして見上げる。



 ―――――ナルト、大丈夫か?

 ―――――ナルト

 ―――――ナルト

 ―――――ナルト



 声が、聞こえる。

 

 知らない、こんな声知らない―――――



 誰?ダレ?だれ?



 ―――――ナルト・・・愛してるよ・・・。



「イヤ ――――― っっっ・・・・・!!!!」



 ナルトは再び頭を抱えた。

 そして、何かを忘れ去ろうとするように頭を振る。





 ―――――ナルト、好きだよ。 

 

 



 知らない声なのに、締め付けられるように胸は痛んだ。

 知らない声なのに、とても聞きたくて、でも聞けないことがわかっていて・・・。

 





 紅

 朱

 アカ



 目の前を赤で塗りつぶされる。

 血の色で塗りつぶされる。

 

 それは、だれの血?





















愛してるよ





















 聞こえてくる穏やかな声。

 瞼に浮かぶのは銀色の髪。

 

 ――――― ナルト、愛してるよ。

 にっこりと微笑むアノヒト。



 ――――― 俺も、カカシせんせーのこと・・・大好きだってばよ!!

 照れた様子で答える自分。



 聞こえてくる、自分の声に、ナルトは大粒の涙を流した。

 

「て・・・天・・・天雷っっっ!!!」

 

 カッ・・・!!

 いきなり、炎が生まれたかと思うと、そこにはナルトに呼ばれたかのようにナルトのそばに天雷が立っていた。

「ナルト・・・・大丈夫だから、落ち着きなさい・・・」

 天雷は、ナルトをすっと抱き上げた。

 ナルトはしゃっくりをあげながら、泣きじゃくっている。

 思い出したのか・・・?

「天雷・・・せんせーがいないんだ・・・ってば・・・カカシせんせーだけがいないんだってば・・・」

 己の存在が、奪ってしまったナルトの一番大切だった人間。

 天雷は罪悪感に胸が疼いた。

 この子供の、ナルトの泣き顔だけは見たくないと思っていたのに・・・。

「ナルトを放せッッ!!」

 天雷にサスケから怒声が飛ぶ。

 諦めるかのように、天雷はナルトを抱きしめる手をゆるめた。

「・・・ナルト・・・お前は、もう・・・俺を憎んでも良いんだ」

 ひとときでも自分に笑顔を与えてくれたから。

 ひとときでも自分に笑顔を向けてくれたから。

 ひとときでも『孤独』から解放されたから。

 天雷はナルトをその腕からそっと、ナルトを降ろした。





 その瞬間、大量の殺気が天雷へと向けられる。

 その場にいた者はクナイを抜き天雷へとその標準をあわせていた。

「・・・俺は、争うつもりはない・・・そっちはそうはいかないみたいだがな・・・」

 静かに天雷はナルトには向けたことがないような声で言い放った。

「・・・おぬしを、このまま帰すわけにはいかん」

 ヒュンッッ・・・・ヒュン、ヒュンッッ・・・。

 大量のクナイが天雷へと浴びせかけられる。天雷は寸ででクナイを結界で止めようと思っていたのだろうが、そのシーンがあのときの場面と重なった。

 

 自分に向けられた背中。

 殺意と、憎悪。

 



 気が付けば、ナルトの身体は天雷の前に立ちふさがっていた。

 驚いたのは、天雷だけではない。

 その場にいた全ての者が驚愕に目を開いた。

「ナルト!!!」

 だれよりも早く動いたのは九尾だった。クナイがナルトの躰に突き刺さる前にナルトが着ている着物に妖力をそそいで、そして、ナルトに覆い被さった。

 とさっとさっっ・・・

 クナイが落ちた音が部屋に響く。

 

 しん・・・と静寂がその場を支配した。

「・・・・なぜ、俺を庇おうとした?!」

 ぎゅっと、天雷はナルトを抱きしめ問いかけた。

「・・・もう、誰かが誰かを傷つけるの、見たくないってば・・・だれかが死ぬのは、見たくないんだってばよ・・・俺は、もう・・・だれかが死ぬのはイヤだ!!・・・イヤなんだってばよぉっ・・・」

 ひっく・・・ひっく・・・

 ナルトは、完璧に記憶を取り戻していた。

 カカシの死。





 自分をかばって死んでしまったアノヒトのこと。

 どれだけ愛していたか。

 アノヒトに

 どれだけ愛されていたか。



 あのとき、もし記憶をなくさなかったら自分はきっと命を絶っていたと思う。

 アノヒトが、命がけで救ってくれた命を自らの手で絶っていたと思う。

  

 辛い生にピリオドを打っていた。



「・・・俺は、もう木の葉をどうこうしようという気はない。・・・ナルトのこともそうだ」

 ひたすらに腕の中で泣きじゃくるナルトをそのままに、天雷は言う。

「・・・だから、ナルトお前は木の葉の里に帰れ」

 ゆっくりとナルトに目を落とし、そっと肩に手を置く。自分から離れることを促すように。

 天雷の言葉を聞いた瞬間、ナルトの身体はびくりと震える。

「・・・俺は・・・・」

 ゆっくりとナルトは顔を上げ、天雷とイルカたちを見た。

「俺は、木の葉には帰らないってば・・・」

 ナルトはゆっくりと口を開いてそう告げた。

 周りがどよっとざわめいた。

「何故・・・?お前が育ったのはここだろう・・・?」

 不思議そうに天雷がナルトへ問いかける。

「俺はこの2年天雷といたんだ・・・これからも俺は天雷と一緒にいる」

 ココにいるのは少し辛い。

 2年、この里を開けていた俺にはきっと居場所はないから。

 全く成長していないこの身体。

「じっちゃん・・・ゴメンナサイ・・・みんなも2年も心配かけて。だけど・・・正直、辛いんだってばよ・・・・。今木の葉に戻っても。・・・カカシ先生が死んだのは俺のせいかもしれないし、天雷のせいかもしれないけど・・・・殺したのは、カカシせんせーを殺したのは・・・・木の葉の里の人だから・・・」 

 ナルトはそれだけ言うとぎゅっと下唇をかみしめた。

 言いたくなかった言葉だけど、それが本音だったから。

 ナルトの言葉を聞いた途端、はっとした木の葉の面々は顔を伏せた。

「・・・そ、それにさー!!天雷ってば誰かが付いてて見張ってないと、また暴れたりするかもしれねーじゃん?だから俺が見張っててやるんだってばよ!!な、それでイイよな?天雷」

 ぱっと顔を上げて、無理矢理に作った笑顔は今にも崩れそうで。

「・・・分かった。見張るなら、見張っていればいい。お前が、それでいいのなら・・・」

 天雷は小さく微笑んだ。

「あ、でもさ!!俺が死ぬ前に木の葉に連れてきて欲しいってば!」

 ナルトがそういうと、天雷は再び「分かった」と頷いた。

「馬鹿か、お主は」

 そうナルトと天雷の会話に口を挟んだのは火影だった。

 火影の言葉を聞いた瞬間、ナルトは悲しそうな顔をして火影を見た。

「・・・お主は、一度しか帰ってこぬつもりか・・・・!!まったく薄情なやつじゃ・・・儂が死ぬ前に一度くらいは顔を出すのじゃぞ。いや・・・一年に一度は顔を見せるのじゃ。九尾が暴れなかったか、調査書でも出してもらわぬと困るわ・・・。ええの、ナルト・・・?この爺の我が儘を聞いてくれぬか?」

 意外な火影の言葉に、ナルトは少し呆気にとられた。

「おう!!任せろってばよ!!じっちゃん」

 ナルトは満面の笑顔で、そう頷いた。

「・・・・そろそろ、帰るぞ・・・早くしないと日が暮れるだろう・・・」

 天雷はナルトの手を握り、促した。

「うん・・・じゃ、俺行くってば・・・・」

 少し後ろ髪を引かれつつも、ナルトは天雷の方へと向き直った。

 そのときふわっと、温かい感触が自分を包み込んだ気がした。







 ――――― ナルト、浮気しちゃ、ダメだヨ・・・?







「カカシせんせー?!」

 誰も居ない空へと向かって叫ぶナルトに、皆がぎょっと驚いた。

「な、何を言ってるんだ、ドベ・・・」

 サスケが少々口元を引きつらせながらナルトへと問いかける。

「だって、カカシせんせーの声がしたんだってばよ?「浮気しちゃダメだヨ」って」

 ナルトがそれを告げると、ぴしっっと空気が固まった。そして皆一様に、「ヤツならそれくらいやりそうかも・・・」と呟いたのだった。

「フン。俺はカカシと違ってショタコンの気はないからな・・・安心しろ」

「むっっ!!それ俺が幼いって意味だってば?俺のどこが幼いってばよ!!」

 天雷の一言に、ナルトはぷんすかと怒りながら天雷にくってかかる。

『全部』

 その場にいた全員の声が見事にハモった。

 未だにツルッツルな足とか、声変わりのしていないところとか、子供特有の柔らかそうな体の線とか。





 ――――― ナルトはそこが可愛い~んだよv





「また!!カカシせんせーまで!!」

「カカシはなんて言ってたんだ?」

 少し笑いを堪えながら、アスマはナルトに尋ねた。

「・・・・「ナルトはそこが可愛い~んだよ」ってさ!!みんな俺のこと子供扱いして!!ムカツクってばよ~!!!」

 『変態』ナルト以外の人間は、その言葉をカカシに向けて投げつけていた。





 ――――― ナルト・・・・



「何?カカシせんせー」



 ――――― 愛してるよ



「うん。俺も」



 ――――― ちゃんと言ってよ



「愛してるってばよ」



 ――――― また、ね・・・





 その声が聞こえると、自分を包んでいた暖かな温もりは消えていた。

 寂しさがこみ上げて、涙が出そうになったけれど、また、声を聞かせて。

  

「うん、またね」

 ナルトは失われていった温もりを少しでも長く感じていられるようにぎゅっと身体を抱きしめながらそう呟いた。

「・・・天雷、帰ろう・・・」

 ナルトがそう言うと天雷は何も言わずにナルトの手を引いた。

「じゃ、じっちゃん。また一年後」

 うむ、と火影は頷く。

「ナルト、ちゃんと俺にも顔を見せろよ」

 くしゃっとイルカはナルトの頭を撫でた。

「そーそー!!あたしたちにもちゃんと顔見せなさいよー!すっぽかしたらぶっ飛ばすからね!!」

 ぴんっとサクラはナルトの額を弾いた。

「うん・・・うん!またね!!」

 ナルトは大きく頷いてから満面の笑顔で笑った。

「ナルト、飛ぶぞ・・・手を離すなよ」

 天雷はぎゅっと力を込めてナルトの手を握った。

 そして、音も立てずに二人の姿はかき消えた。

 





「天雷、もう悪さするなってばよ!!」

「分かってる。しつこいな、お前も・・・」

 うんざり、と言ったように天雷は眉をひそめた。

「天雷・・・」

「なんだ?」

「・・・ありがとう・・・連れて行ってくれて」

「ああ・・・」

 ぽろぽろとこぼれ落ちてくる涙をナルトは拭った。

 二度と聞けないと思っていたカカシの声。

 幻聴ではなかったと思う。



 もう赤い夢は見ない





「またね・・・カカシせんせー」












カカシ×ナルト+九尾。
アカイユメの続き。       



ホントは九尾×ナルトになる予定でした。


2001/10/23