アカイユメ 1



目の前が紅に染まった。

あのときの光景。

今は忘れてしまった過去。

夢に見る、あの紅の光景。

視界を塗りつぶすのは、一面の赤・紅・朱。

それは何?

その紅が示すものはなに?

絵の具、ペンキ、インク、折り紙の紅。



・・・・血。



そう気付くと、鼻先に鉄に似た臭いが鼻を突いた。

わき上がってくる感情、それは今は何なのかが思い出せない。ただ懐かしいと思う。わからないもの。

脳裏を掠めるあの銀髪の男。

それが誰だかわからないけど、胸を締め付けるような感覚に陥る。

幸福感、満足感、罪悪感。何がなんだかわからない。

その男が脳裏を掠めると、決まって浮かびあがる紅のイメージ。



一面の紅。



誰かの叫び声が聞こえる。絞り出すかのような声。言葉になっていない言葉。

そして、その胸に広がるのは『悲しみ』『痛み』

そして、一番鮮やかに心に根付いているものその

紅ハ



・・・・・・・・・・『ゼツボウ』











アカイユメ













「ナルト・・・」

 たまにぼーっと外を眺める子供に声を掛ける。

 その目はひどく虚ろで、何も映っていないかのように見える。

「・・・天雷・・・おれ、なんだかおかしいんだってばよ・・・頭痛くって・・・」

「・・・今日は、天気が悪いみたいだからな・・・」

 さらり、と天雷と呼ばれた男はナルトの頭を優しく撫でた。

 慈しむようかのような目で天雷はナルトを見ている。

 その男はナルトを木の葉の里から攫ってきた。里でのいっさいの記憶を封じてから。

 それは、何も自分本位で行ったわけではなかった。

 天雷、その男は木の葉の里で九尾の妖狐としてナルトの腹に封じられていた。

 ナルトは日々里人からいわれのない誹謗中傷や暴力を受け、ある日、とうとうそれは死にまで直面しそうになった。

 それを救ったのが、ナルトの担任で―――――恋人のカカシがナルトを救った。

 

命と引き替えに。

 

 ナルトの精神が壊れるほどの魂の叫び。

 封印すら壊してしまうものだった。風船を針でつついたかのように、封印は弾け、九尾は再びその姿を現した。強大かつ、凶悪なチャクラはその場の人間を動けなくすることなど造作もなかった。

 誰も動けぬ中、ナルトだけがふらり、と動いた。

「・・・殺して」

 それだけを呟きながら。

 愛しい人を失ったナルトは、心までが壊れそうだった。

 九尾は・・・天雷はナルトの太陽のような笑顔に救われていた。

 毎日毎日、腹に向かって話しかけてきて「悪いことはするな、人殺しなんかしちゃダメだってばよ!」と言って。

 何度も言われるうちに、ナルトが望まないことをするのはよそう、と心に決めた。

 そして、この笑顔を守ろうと。



 けど、今そこに立っているのは、太陽のような笑顔を持った子供じゃなくて、カカシの血に濡れて、蒼い双眸から涙を流し続ける。

 何かが壊れたかのように、殺してと言い続ける。

 生きて欲しかった。全ての記憶をなくしても。



 愛しい子だから。



 

 だから、天雷はナルトの記憶を消し、そのまま連れ去ったのだ。







「・・・天雷・・お腹空いた・・・」

 ぼーっと空を見上げていたナルトは、日が沈むころになって天雷に話しかけた。ナルトは、夕陽を見るのが嫌いだったから。

「・・・なにがいい?」

「ラーメン!」

 記憶をなくしても相変わらずだな・・・と天雷は思いつつも、ナルトの手を引いて日が沈もうとしている街を歩いた。

 天雷は人型を纏っており、黒いTシャツにジーパンとラフな格好をしているが、その長い銀髪は明らかに怪しい人を醸し出している。

「・・・・天雷、怪しい人みたいだってばよ」

 ぽそり、とナルトがそう言うと、天雷はくすり、と笑った。

「怪しいか・・・?・・・そうかもしれないな・・・こんな小さい子の手を引いて、怪しい以外の何者でもないな・・・」

「むっ!!俺小さくなんかないってばよ!!・・・・!!」

 その言葉にはっとなった。



―――――ナルトは小さくってかっわいいネェ~・・・

―――――小さくなんかないってばよ!!



 誰かと、自分の声が聞こえた気がした。

 ズキン、とまた頭が痛んだ。

 痛みに顔をしかめると、天雷は心配そうにナルトを見ている。

「なんでもないってば・・・・」

 つい、心配そうに目を向ける天雷から、ナルトは顔を背けた。

 不意に聞こえる誰かの『声』

 だけど、それが誰だかはわからなくて。

 その『声』が聞こえるとどうしようもなく悲しくなってしまう。

「天雷・・・俺、やっぱりご飯はいいってば・・・。なんだか、眠くなって来ちゃった・・・」

「だけど、お前最近ほとんど食べてないだろう?ちゃんと食べないと大きくなれないぞ」

「ん・・・でも、眠たいんだってば・・・・」

 自分の片腕にもすっぽりと収まるナルト。

 昔から細い子供だったが最近さらに小さくなってしまったかのように思える。



 木の葉の里を出て、もう2年経とうとしていた。



 だが、ナルトは成長することを拒むかのようにその身長も、声も何もかもが2年前から変わらずにいる。

 常にその青い目は遠くを見ている。

 自分が目の前にいてもそれは自分を通して他の誰かを見ているのだろう。



 自分と同じ、銀髪の男を。



 記憶は全く残っていないはずなのに。



「・・・ねぇ、天雷」

 眠っていると思っていたナルトが口を開いた。

「なんだ?」

「俺、記憶なくすまで、誰かと一緒にいたのかな?」

 どきり、と天雷の胸を突くナルトのその言葉。

「どうして、そんなことを聞く?」

 自分でもあからさまに顔に出てしまったのだろうか、その言葉を口にするとナルトは少しおびえたような、それでいて悲しそうな顔で天雷を見つめた。

「・・・ちょっと、思っただけだってば・・・。ゴメンってば・・・そんな悲しそうな顔、しないで欲しいってばよ?」

 ナルトの顔が、天雷をのぞき込む。

「・・・ずっと、天雷と一緒にいたって聞いたけど・・・わかんないんだってばよ・・・。今、天雷といるときに、天雷が誰かと重なって・・・天雷じゃないって、何でだかわかるんだってばよ・・・」

 記憶が・・・おぼろげながら戻ってきているのだろうか?

 ナルトが思い出しているのは、おそらく、あの男のことだろう。

 ナルトの上司で、コイビトのカカシ。

 おそらくは里で一番ナルトのことを案じていた者。

 たぶん、里で一番ナルトのことを愛していた者。

 そして・・・ナルトが一番愛していた者。



 親代わりの中忍よりも、祖父のようになるとをかわいがった火影よりも、姉のようにナルトを慈しんでいた者よりも、口は素直じゃないあの下忍よりも。

 ナルトが、全身全霊を賭けて愛した者。

 あの男の死により、自分の封印が解かれるほど、愛していた男。



 ナルトを守ろうと身を投げ出した。

 そして、死んだ―――――

 俺と同じ銀髪の男。

 ナルトが、自分とカカシを重ねているとしたら―――――・・・



 きっとナルトの記憶は戻るだろう、どれだけ固く記憶を封じても。

 もし、記憶が戻ったら、ナルトは、ナルトは・・・・



 俺のことを憎むか?



「天雷?」

 険しい顔つきになってしまった天雷を、ナルトは案じる。

 その声に、天雷ははっとなった。

「何にもない・・・眠いんだろう?」

「ん・・・」

 ナルトはこしこしと、目をこすった。

 いつもならとうに眠っている時間のはずだ。

「・・・怖い夢、見そうだから・・・」

「怖い夢?」

「・・・一面、真っ赤な夢・・・・。俺一人だけいて、映画みたいに誰かが死んじゃうのが見えるんだってばよ・・・誰かが叫んで、そしたら目の前が真っ白になって、目が覚めるんだ・・・」

 叫ぶ声が、誰の声かはわからないけど、耳にこびりついて離れなかった。

 叫んでいる名前も、知っているような気がした。

 だけど、なんて叫んでいるのかは思い出せなかった。もう何度も何度も夢を見ているのに。

 天雷は、それがあのときのコトだということがわかった。

 記憶を封じても、あのときの光景はナルトの胸に色濃く残っているのだろう。

 そして、あのときの傷跡も。

「一緒にいてやるから、早く寝ろ・・・。明日は、ちょっと早いからな・・・」

 うん、と言ってナルトが寝付くのは早かった。

 呼吸音も小さく、まるで死んでいるかのように見えるナルト。

 慈しむようにナルトの髪を撫でながら、天雷はあることを決心した。





     



「・・・天雷、どこ行くんだってばよ?」

 ナルトの手を引いて、天雷は木の葉の里へ向かっていた。

 妖力を使えば、一瞬にして移動できるだろうが、何も知らないナルトの前では、ただの人間でいたいと思った。

「着いたら、きっとお前にはわかるよ・・・」

 頭で覚えていなくとも、きっと心が覚えているはず。

 それが原因で、ナルトが自分の側から居なくなって、また一人になっても。

 ナルトに、憎まれても。

「俺が、住んでたところ?」

 そうだ、と小さくなるとに頷いた後、天雷は黙ってナルトの手を引いた。

 この世で一番愛しい子供。

 この子供が幸せであるならば、それでいい。

 あの里に帰れば、昔のように笑ったり、泣いたり、怒ったりするだろうか?

 今のように無気力ではなく。

 

 ひたすら歩いて、木の葉の里までナルトを連れてきた。

 さすがに、天雷はこの里に入る気はしない。

 だが、ナルトを一人で生かせるのも不安があるので、いつでもナルトが呼べば飛んでいけるように体勢だけは整えて。

「俺は、ここで待っているから行って来い。」

 ぽんっと軽くナルトの背を押す。

 だけど、ナルトは動かなかった。そして小刻みに震えている。

「・・・ここ、イヤダ。・・・・帰りたいってば・・・」

 ズキン、ズキン・・・。

 頭も心も痛かった。

 ここが自分の住んでいた場所だと言うことは直感的にわかった。

 懐かしいと感じる。

 見慣れた景色、吸い慣れた空気。

 だけど―――――・・・何かが足りない。



 アノヒトが・・・イナイ。



 アノヒトって、誰 ―――――?



 イヤダ、オモイダシタクナイ。



 けど ―――――



「行って来い」

 天雷はナルトの頭を優しく撫でた。

「ちゃんと、ここで待っててくれるってば?」

「ああ、ずっと、お前のことを待ってるよ」

 たとえ、ナルトが帰ってこなくても。

「わかった!!ちょっと行ってくるってばよ!!絶対絶対待ってて!!天雷」

 そういって、ナルトは木の葉の里へと駆けていった。

 天雷はその後ろ姿をずっと眺めていた。見えなくなるまで。





 ふらふらと、ナルトは里を歩き回った。

 ときどき、刺さるような視線が刺さる。それと同時に驚きの声も聞いた。

「・・・俺は、ここにいちゃいけないヤツだったのかな・・・?」

 ぽつりと、昔の自分に問いかけてみる。

 だけど、その答えは返ってこなくて・・・・

「ナルト?!」

 驚いたかのように自分を呼ぶ声に、ナルトは振り返った。

 そこには、背の高い黒髪の少年が立っていた。

 懐かしいような、それでいて、何か締め付けられるような思いがナルトの胸を駆けめぐった。

 黒髪の少年はナルトが振り向くと慌てた様子で駆け寄ってきた。

「今まで何してたっ?!俺たちがどれだけ心配してたと思ってんだっっ!!ドベッ!!」

 自分の側まで来ると、頭の上から明らかに怒った声で自分を責めてくる。

「・・・アンタ、誰?俺のこと知ってるの?」

 その言葉に、黒髪の少年は驚きに目を見開く。そして一瞬とても悲しそうな顔をした。

 今にも泣きそうな表情。

 ナルトは着ていた着物の袖で黒髪の少年 ―――――サスケの、顔を拭った。

「泣いちゃ、ダメだってばよ?」

 サスケは、その着物が上等な絹の着物だということがわかり、ナルトがこの里から消えてから、ひどい扱いを受けてきたのではないだろうかと心配したが、杞憂だったことに安心した。

 ただ、全くと言っていいほど身体は成長しておらず、むしろ、幼くなったと感じる。それは、ナルトが着ている子供が着るような白と赤の着物のせいもあるだろうが。

 必要以上に短い丈に、とある不安が浮かんだが。

「誰が泣くか・・・!!お前じゃあるまいし」

「むっ!!人がせっかく慰めてやってるのに、その態度は何なんだってばよ!!スカしたヤローだな!!アンタ!」

 それから、口喧嘩になりそうだったが、サスケがナルトが見つかったことをみんなに伝えようと、いきなりナルトを抱えた。

「わっっ!!何すんだってばよ!!」

「だまってろ」

 まるで米俵のように担がれたナルトは暴れると頭から落とされそうと思い、とりあえずおとなしくすることにした。

 サスケはまっすぐに火影の元へ向かった。















カカナル+九尾。
死にネタ注意。        






2001/10/21