オモイ

 ナルト・・・・



 どこからか、自分を呼ぶ声がする。ナルトは意識を覚醒させようとしたが、瞼が重くて覚醒することが出来ない。

 ナルト・・・

 ナルト・・・

 自分を呼ぶ優しい声。

 この声が、あの人のものだったらいいのに。

「ナルト!!」

 はっ・・・

大きな声にナルトは目を覚ました。

きょろ、と辺りを見回せばそこには少し慌てたような様子の男がいた。

「あ、カカシせんせー。どうしたんだってばよ?」

 こしこし、とナルトは眠そうに瞼をこする。

 カカシはほっと緊張を弛ますとナルトの頭をコツン、と叩いた。

「オマエね、どうした、じゃないデショ。こんな所で寝てたら風邪引くヨ?」

「大丈夫だってばよ~!!いっつも寝てるけど風邪引かないから」

「だけどね、もう寒くなってきてるんだから寝るのはやめなさい、こんな所で」

 冷えたナルトの手をカカシは握った。氷のように冷たい。

 寒くないわけないのに、どうしてこの子供はこんなにも強がるのだろうか。

「ホラ、手だってこんなに冷えてるデショ?風邪引いちゃったりしたら任務に支障が出るかもしれないからもう寝るのはやめなさい」

 上官命令だよ?

 上目遣いで見上げてくるナルトの顔を見つめながらカカシは言った。

 ナルトは、大丈夫なのに・・・と言いながら顔をしかめたが一応約束した模様だ。



 この人は、俺の一番大好きな人。

 一番、大切な人。

 そして、この人にとっては俺は一番憎いバケモノ。



 この優しさが、嘘じゃなくて本当だったらいいのに。

 



 この人は、俺なんかが想うには過ぎた人。

 優しくしてくれるからって期待なんかしちゃいけない。 



 お願いだから、恋心よ この人のことは諦めて。





「ホラ、ナルトもう夜遅いから帰りなさい。送っていってあげるから」

 ナルトの手を取り歩き出そうとするカカシ。ナルトはばっとその手を振り払った。

「ひとりで帰れるってばよーっ!子供扱いするなってば!じゃーね、カカシせんせー、また明日!!」

 腕がちぎれそうになるくらい手を振ってからナルトは駆けだした。

「・・・・子供デショ・・・」

 カカシはふぅっと溜め息をつくと振り払われた手を見つめた。

 アノ子は、決して自分を見せてくれない。カカシを深いところまで踏み込ませない。

 

 アノ子はわかってる。俺がアノ子を監視してるということを。

 アノ子の身の内に封じられた九尾。それがアノ子が迫害される原因。

 確かにアノ子を憎んだ時期もあった。

 だけど、とある日里人から暴力を受けているアノ子を見たとき、何か違和感を感じた。



 アノ子自身が何かしたというの?



 あのときほど自分が恥ずかしかったときはない。

 産まれてきたばかりの子供に、バケモノを封じ込めた俺たち12年前の人間。

 産まれてきたばかりの子供に全てを押しつけて、大人たちが責めるのは全てを押しつけられたアノ子。

 全ての業を背負わされてきたのはアノ子。



 ナルトの夢を聞いたとき、おもしろい成長のしかたをした、と思った。

その夢を見届けたいと心から思った。

 それが、恋心の始まり。

 傍にいたいと思った。だれよりも、ナルトの傍にいたい。



 だけどナルトは、絶対に俺を領域に入れてくれないんだよね・・・。









 俺とアイツは離れることなんか出来ない。

 アイツが憎まれるってコトは俺が憎まれるってコト。

 アイツの罪は、俺の罪。



 だから、罪深い俺だからあの人を愛することは許されないのです。



 俺はもうひとりの「俺」とはぐれるわけにはいかないから。



 あの人を諦めて。ゴメンね俺の恋心。勝手に芽生えさせて、勝手に諦めさせて。

 



「おはよう!諸君、いや~今日は大荷物を持ったおばあさんを手伝ってだな・・

「「ハイ、ウソ!!」」

 ナルトと桜の声が綺麗にハモる。

「カカシ先生、嘘をつくにしてももうちょっと信憑性がある嘘をついてください。」

 間髪入れずサクラがつっこむ。

 何時間も待たされたせいか、額に青筋が浮かんでいるような・・・。

「サ~クラ・・・それどういうイミ?」

 サクラの言葉になにやら意味深なものを感じたカカシがサクラへ向かって殺気混じりに問いかけた。

「言葉通りのイミです。それより!!早く任務始めて下さい。」

「サクラちゃんの言うとおりだってばよ~!!俺たちが何時間待ったと思ってるんだってばっ!!」

「ん~ごめんな~」

「誠意がこもってないってば!!カカシせんせーなんか嫌いっ!!」

 ぷいっとナルトはカカシに背を向けた。

 カカシはショックに打ちひしがれている。

「ま、任務を始めようか。今日は森で空き缶拾いだ!!各自バラバラになってカゴがいっぱいになるまで拾うこと!!カゴがいっぱいになったらここに集合な」

「「「了解」」」

 3人は各々任務に就こうとした。

 すっと、カカシの横を通ったサスケが

「フン、嫌われてやがる」

 ポソリ、と吐き捨てていったのをカカシは聞き逃さなかった。

 クソガキ・・・

 そう思ったときにはサスケはすでにいなかった。







 ナルトがカカシを避け始めてから何日経っただろうか。

 カカシを諦めると決めた日から。

 その日はナルトはカカシがラーメンを奢ってくれる、ということで任務の報告書を出しに行くのに付いていったのだが、カカシを待ってる間にナルトの近くに立っていた忍び。おそらく上忍であろう。冷ややかにナルトをを見下ろすと口を開いた。

『カカシもお前みたいなバケモノ押しつけられて大変だなぁ・・・。火影様の命令とはいえ、こんなバケモノの監視を任されるなんて。知ってるか?アイツは、お前を殺すために傍にいるんだぜ?』

 その忍びはそれだけを言うとどこかへ去ってしまった。そして、ナルトの心にその言葉がどれだけ深く刺さったかナルト自身、わかっていた。

 しかし、その言葉を聞いたことで、妙に納得した節があった。

 カカシのような元暗部の人間が下忍の育成についたこと。

 鬱陶しいくらいナルトと一緒にいようとすること。



 全ては、自分を監視するため。



 全ては、九尾が出てこようとしたときに俺を処分するため。



 笑顔も、優しさも全部ウソ。



 そのとき、自分がなんなのかあらためて思い知ったよ。



 俺は、バケモノなんだ。

 だから、あの人を好きでいちゃいけないんだ。



 こんな気持ち捨てないといけないんだ。





 諦めよう、とナルトは自分の気持ちを封じようとした。

 だけどカカシが優しくて、それが苦しくてカカシを避けることに決めた。

 せめてカカシの手を煩わせないように気配を殺すことだけはしなかった。



 あなたの手は煩わせないよ。だから、俺に優しくしないでよ。



 ウソの優しさなんていらない。









 でも、ホントは・・・・







 甘い夢はもうなくなってしまったから。

 いつかまた逢いましょう その日までサヨナラ―――――





 最近お腹が痛み出した。

 アイツが暴れてるんだ。

 原因は分かってる。俺の情緒不安定が原因。

 じっちゃんのところに行かなきゃ・・・。



 夢は終わり。

 アイツが出てきたら、確実にあの人は俺を殺しに来るよ。

 それでもイイって思ってた。

 好きな人に殺してもらえるなんて、幸せだって。

 だけど、俺なんかの血であの人を汚すことなんかできない。



 だから夢は終わり





 ガクガクとナルトの膝が笑う。

 家を出たころは普通に歩けていたはずなのに、だんだんナルトは大地を踏みしめるように歩いていた。 

 そして火影邸に近づくつれ、ナルトの額からは大量の脂汗。

 灼熱の炎であぶられているような腹の痛みが治まらない。

 腹の中にいる九尾がナルトという殻を破ろうと内側から叩いている感じがするのだ。ナルトはその痛みが強くなっていくことに気が付いていた。

 やっとの思いでついたものの、火影の部屋に行けそうもない。

 と、そこにイルカの姿を見た。

「イルカせんせー・・・!」

 ナルトが呼びかけると、イルカは笑顔でナルトに手を振ろうとしたが、すぐにその笑顔は凍り付いた。

「大丈夫か?!」

 ナルトに駆け寄り抱き上げる。

「じっちゃんのところ、つれ、てって・・・」

 絞り出すかのようなナルトの声。

 イルカはすぐにナルトを抱きかかえ、火影の元へと連れて行った。

「じっちゃん・・・アイツが・・・」

 火影は何も言わずに頷いた。

 印を組みナルトの腹へと押し当てた。

「一時的なしのぎじゃ・・・いつまで持つかはわからんぞ・・・早いうちに本格的な儀式を・・・」

「・・・・・無理だよじっちゃん・・・それだっていつまで持つかわかんないよ?」

「・・・他に方法は、おぬしごと封印するか・・・・・おぬしを殺す以外ないんじゃぞ?」

 ことの成り行きを見守っていたイルカは、そっと目を伏せた。

「・・・・・・俺ごと、封印して?」





 封印されるのは、アイツと、俺と、恋心。

 封印されて、俺は眠りにつく。

 だから、俺の最後の願い。

 あなたをひっそりと思い出させて。

 誰にも邪魔されない、誰にも疎まれない

 あの眠りの中で、





 あなたを想うことを、許して







――――――――――封印を行うのは明後日じゃ・・・おぬしが後悔しないと思うのなら牛の刻に参れ。――――――――――



 今日が、最後の任務。

 ナルトはいつもより早い時間に目を覚まし、部屋を片づけてから朝食を取った。

 元から物の少ない部屋だったからそこまで時間はかからなかった。あるのはベットと、机、部屋の隅にぽつんとおいてある段ボール。

 それから―――――ナルトお手製のカカシ人形。それは大事に白い布にくるまれていた。それは、持って逝こうと。

 ここに帰ってくるのも、あと一回。

 任務が終わって夕食を食べたら、ここでの生活は終わり。

 

 夢の時間の終わり。



 



 その日もカカシは案の定遅刻してきて、サクラとなるとの怒声を浴びた。

 ここ最近、カカシはナルトに避けられてどうしようかと、いたく傷ついていたのだが、そのナルトの態度が以前のものと一緒になった。

 何かあったのか、と問いただそうとしたと思っていたが、ナルトの態度が戻った今それが解消されたのだろうと安心しきってた。

 以前と変わらないナルトの笑顔に、カカシは安心しきっていた。



 だから自分は何も聞かないでその日は任務が終わったんだ。







「ナルト、今日は大活躍だったじゃない!!ドベのあんたがめずらしーわね!」

「えぇ~サクラちゃんひどいってばよ~!!実力だってば!!」

 本日の任務は逃げた猫を捕まれるという任務だったのだが、珍しくもナルトが猫を捕まえてきた。

「カカシせんせー!!俺がんばったってばよ!!」

「ああ、偉いな、ナルト」

 ふわふわしたナルトの頭を撫でる。そのカカシの行為がナルトには嬉しくてたまらなかった。



 あなたに撫でられるのもこれで最後。

 

「よおし!!今日はご褒美にラーメン奢ってやるぞ」

「ほんと?!やったってばよ~もちろん一楽だよな!!カカシせんせー大好き!!」

 ぎゅっ!!

 ナルトはカカシに飛びつき、抱きしめた。



 こうやって抱きつくのもこれで最後。

 カカシせんせーが、どれだけ鬱陶しいって思ってても、これが最後だから我慢して。

 カカシせんせーの温もりを、匂いをこの身体が忘れないように。



「先生もナルトのこと大好きだぞ」



 ふ、とその瞬間ナルトの顔が歪んだ。

 カカシからぱっと体を離し、その顔を凝視した。



 アナタの優しい嘘も



 忘れないから



「ナルト?どうした?」

「え?」

 ハッとナルトは我に返った。心底驚いたのだ。カカシが自分のことを好きなどと言うから。

 ナルトの瞳に映ったのは、左目だけ出ているカカシの顔。

 そのいつも眠そうな顔をナルトは瞼に焼き付けた。



 忘れないよ?

 だから忘れないで。

 憎んでても、恨んでてもいい。

 記憶の隅っこの方でいいから、俺のこと覚えてて欲しいってば。





「せんせー、ラーメン食べに行こうってば!」

 トンッッ、とナルトは地面におり手カカシの腕を掴み、引っ張った。

「そんなに急がなくてもラーメンは逃げないデショ」

 そんなこと聞こえもしなかったかのようにナルトはぐいぐいカカシを引っ張って一楽へと連れて行った。

 サスケとサクラもナルトとカカシの後を黙ってついていった。





 一楽を出てサスケとサクラは別の方向から帰っていった。カカシとナルトは並んで歩いている。

「カカシせんせー」

「んー?」

「カカシせんせー俺ね、カカシせんせーのことほんとに大好きだったよ。イルカせんせーとか、サクラちゃんとかにいう好きとは違くって・・・うん、とにかく、せんせーのこと大好きだったんだってばよ!」

 『だった』過去形であることにカカシは眉をひそめた。

「過去形なんだ。」

 カカシが独り言のようにそう言うと、ナルトは弾けたように顔を上げた。

「じゃ、大好きだってばよ」

 にっこりとナルトはカカシを見上げた。

『想うことだけは許して』それだけはナルトの口から出ることはなかった。

 ナルトはカカシの前に飛び出ると、

「じゃ、カカシせんせー、もう帰るね。」

 ぺこっとナルトはお辞儀をしてカカシの元を去ろうとした。

 数メートル走ったところでカカシに呼び止められた。

「ナルト!!」

 その声にナルトは立ち止まり、くるりと振り向いた。

「俺も、ナルトのこと好きだよ」

 そう、カカシが言うとナルトは笑った。

 今までで一番鮮やかな笑み。

 



「カカシせんせー、サヨナラ・・・・またね」

 心の中で、ありがとうと呟いた。

 そして、できるだけ明るい笑顔を浮かべて、カカシの方を見やる。

 ナルトは再び走り出した。





 あなたに出会えて本当に幸せでした。

 ずっと、永遠に一緒にいたかった。

 俺が、キツネじゃなかったら。そう思ったことも何度もあったよ。

 だけど、キツネだったからあなたに会えた。

 あなたと過ごした時間は、永遠に



 忘れないよ







 俺は、確かに生きていました。

 身を焦がして、生きてきました。

 俺が生きていたことを、存在していたことを、

 それだけを





 ――――― 忘れないで













 次の日、カカシはいつもの通り任務に2時間おくれて集合場所に着いた。

「おはよう!!諸君、今日は・・・・・って、ナルトは?」

 一番最初に目がいったのはナルトがいないこと。

 いつも元気な太陽みたいな子がいないのだ。

「知らないわよー。寝坊でもしたのかしら?カカシ先生じゃあるまいし・・・」

「仕方ないなぁ・・・先生が見てくるからオマエらは任務に就きなさい。今日の任務は・・・・」

 サスケとサクラに指示をしてカカシは早速ナルトの家に向かった。

 ナルトの家に付くと、カーテンは閉まっていた。

 やはり鍵もしっかりかかっており、カカシは扉の前で声をかけた。

「ナルトー・・・オーイ・・・ナルト、集合時間すぎてるよ~?」

 コンコン、とナルトの部屋の扉を叩く。

 だけど、そこからはなんの声もしない。

 気配を探ってみるが、眠っているからなのだろうか気配を感じないのかな?とカカシは思った。

「う~ん、ナルトがまだ寝てるんじゃ、仕方ないデショ。起こしてあげないとね~」

 カチャカチャ・・・・ガチャリ・・・。

 泥棒も真っ青、とてつもない早さでナルトの家の鍵を開けることができた。

 そしてもう一度ノックしてもナルトが出てくる気配がなかったからドアノブに手をかけてその扉を開けた。

「ナルトー、入るよ~。ナル・・・・・」

 扉を開けるとそこには何もない世界。あまりのことに絶句してしまった。

 ベットと机はそこに存在するのにそれ以外のものはいっさい置かれていない。以前来たナルトの家はそれなりに物がおいてあって生活感のある部屋だった。

 しかし、今のこの家は机とベットの他には段ボールがポツン、と置かれているだけ。カカシはその段ボールを乱暴に開けるとひっくり返して中身を全部出した。

 そこにはナルトの服、ホルターに入ったままのクナイ、日記帳と書かれたノート。そのほかにもいろいろなものが出てきた。

 そして、カカシが一番目を引いたのは、イルカにもらったと行っていた額当て。そんな大事な物を置いてどこに行ったのか。

 ある不安がよぎるが、それは考えたくなかった。



 九尾。

 12年前里を襲った狐。

 そして、ナルトの腹に封じられているアイツ。

 もし、アレが封印を破ろうとしたらナルトは―――――



 カカシが弾かれたように部屋から出ようとしたときだった。



「―――――ナルトは、もう還ってきませんよ。カカシ先生」

 くるり、と後ろを向くとそこにはイルカが立っていた。いつも穏やかに微笑んでいるイルカの顔に今は微笑みなどは浮かんでいなかった。その顔は無表情。

「・・・どういうイミですか?イルカセンセイ?ナルトはどこにいるんですか?」

「あなたには、教えることはできません」

 責めるような瞳でイルカはカカシを見つめた。カカシはその言葉にもカッとならず、もう一度同じ質問を繰り返す。

「ナルトはどこですか?」

 イルカは答えずに頭を振った。

「もう、ナルトは、いません」

 イルカの目から一筋の涙が伝った。

「・・・・俺は、何も聞いてないですよ?どういうことですか?!」

「もうあなたにお話しすることはありません」

 イルカは頬を伝った涙を拭うとナルトの家から出ようとした。これ以上いたら、確実にイルカはナルトのことをしゃべるだろう。そしてどんな言葉がでてくるかわからない。確実に、カカシを罵る言葉が出てくるだろう。

 しかし、イルカがナルトのことを何も話さずに逃げようとすることをカカシが許すはずもなかった。

 ヒュンッッ・・・

 イルカの頬を掠めていったのはカカシのクナイだ。イルカが再びカカシの方を見るとすぐ後ろに来ていた。

 その目にはイルカに対する明確な殺意。

「・・・ナルトはどこだ?俺はあまり気が長い方じゃないんだ」

 ぴたり、とクナイがイルカの首へ押し当てられる。

「・・・・・」

 イルカはふぅっと溜め息を吐き出した。

「段ボールに入ってるナルトの日記、読みましたか?」

「いえ・・・」

 イルカがナルトのことを話す気になっているからカカシはクナイをしまった。

イルカは、ナルトの家に入り、日記帳を拾い上げカカシに手渡した。

「・・・・・・」

 カカシは何も言わずにその日記に目を落とした。



○月×日



今日から新しい日記、イルカせんせーから卒業試験に合格したお祝いに日記帳を新しくもらった。





○月△日



『はたけカカシ』という人が俺たちの担任になるらしい。最初はすっげぇ変な人だと思った。顔の3/4は隠れてるし、やる気のない顔をしているし、エッチな本読んでるし、ホントに上忍か、なんだこのヤロー!!と思った。「忍者の世界でルールや掟をを守らないヤツはクズ呼ばわりされる。・・・けどな!仲間を大切にしないヤツはそれ以上のクズだ」そう言ったときのカカシせんせーの顔ってばとってもかっこよかった。





 そこには毎日ナルトが何をしたかが書いてあった。ミミズが這っているようなナルトの下手な文字。何もなかった日でも、今日は何かをしたと言うことが書き連ねてある。

 どの日の出来事にもカカシ自信のことが書いてあって嬉しく思っていた。それは自分に会わない日のことも書いてあったから。



△月×日



 今日は何もなかった



△月□日

 

 今日も何もなかった













しばらくはその羅列。『今日は何もなかった』と最初に書かれた日の前のページは破られている。

 ぱらぱらとページをめくっていっても、それはしばらく続いていた。



□月×日



 アイツが封印を破ろうとしている。

 じっちゃんのところに行ったらとりあえず抑えてくれた。でももう持たないから封印することになった。



 やっとあの人の前から消えることができる



 つい2日まえのこと。

 焦ったかのようにページをめくると、



□月○日

 今日は任務で俺が珍しく猫を捕まえることができた!!俺ってば天才!サクラちゃんにも誉められたし、カカシせんせーにもラーメンを奢ってもらった。サスケも、お前にしてはよくやったなとか言ってたけどくやしーんだろ!!ざまぁみろ!!

 ラーメンを食べた帰りにカカシせんせーに好きだって言ったら、俺も好きだよって行ってくれて嬉しかった。



 嘘でも嬉しかった。

 少しでも俺のこと覚えててくれるかなぁ?

 俺を殺すためにカカシせんせーが俺と一緒いるってわかったとき、悲しかった。

 でも嬉しかったよ。俺のために時間割いてくれたりして。

 ホントはカカシせんせーに殺してもらおうと思ってたけど、ちょっと悔しいから殺されてなんかあげない。

 せんせーは俺なんかのために手を赤く染めないで欲しい。





 今日は疲れた。もうオヤスミナサイ。







 パタン、と日記帳を閉じた。

「なんで・・・・・・」

 カカシの顔の露出した右目から涙が溢れていた。



 

 俺はナルトを殺すために傍にいたわけじゃないのに

 俺は嘘じゃなくて本当に好きだから好きだって言ったのに

 



「・・・あなたは、本当にナルトを殺すためにナルトの傍にいたんですか?」

「違うっ!!」

 カカシにしては珍しく感情をあらわにして叫んでいた。

「・・・・ナルトの居場所は火影様がご存じです・・・。私は何も聞きませんでした。・・・行ってあげてください・・・。」

 イルカからそう聞くやいなやカカシはすっとその場から消えるように去っていった。残されたイルカは懐にしまっていたぐしゃぐしゃになった紙切れをそっととりだした。



△月×日

 

 カカシせんせーが俺を殺したいって思ってるってこと聞かされた。

 すっげぇショックだったけど、なんだかわかった気がした。

 傍にいつもいるのもきっと俺を殺す機会をうかがっているから。

 納得してるのにすっげぇ悲しいってば・・・

 なんで、優しくするんだよ、もういいよ。





 もう、辛いよ









 イルカはぐちゃぐちゃに丸められたそれをゴミ袋の中から発見した。

 所々にシミのようなあとがある。きっと涙の跡なのだろう。

 イルカはそれを再び懐にしまい込んだ。







「三代目!!」

 ばたんっっ!!とカカシは大きな音を立てて扉を開けた。 

 扉を開けた先には火影が椅子に腰掛けている。

「・・・・来たか・・・・」

 うなるように火影は呟いた。

 その瞳はカカシを捉えている。

「・・・・今朝方、ナルトを封印した」

「なぜですか!!なぜ、俺には一言も・・・・

「それがナルトの意志じゃったからじゃ・・・・誰にも言うな、と。その場に居合わせたイルカ以外は誰も知らぬ」

 ぐっと握りしめた拳から血が滴り落ちていることにカカシは気付いていなかった。うつむき、マスクの下で悔しそうに唇をかみしめた。

「ナルトから伝言じゃ・・・・・・

 カカシはふっと顔を上げた。 

「『またね』そう伝えろと言われた」

「ナルトは・・・?ナルトはどこにいるんですか?!」

 火影は頭を振り、それは教えることはできない。そう答えた。

「・・・・ナルトの顔が見たい、会いたい・・・・」

「・・・それだけは譲れぬ・・・聞き分けよ。ナルトが苦しむだけじゃ」

 ナルトが苦しむと言われてカカシは何も言うことができなかった。

 

 『またね』



 そんな言葉だけを残して、ナルトはいなくなってしまった。

 それが現実になるときは来るの?

 なるはずがない、それはナルトには分かっていた。

 きっと、それを現実にすることができないからナルトはそう言ったんだと思う。

 だけど・・・

 



 何も気付くことができなかった己の鈍さをカカシは呪った。





 傍にいられないのなら、キミを想うことだけ赦してください。



 傍にいられないのなら、あなたを想うことだけは許してください。

誰にも邪魔をされない眠りの中で ――――――





 







死にネタです。          




2001/10/02