その日は、雨が降っていたような気がする
任務もなくて
外は真っ暗で
家の中で浅い眠りの中で微睡んでいた。
ふと目を覚まし、窓の外に目をやると、傘もささずずぶぬれになって歩く子供の姿があった。
肩を落とし、虚ろな目で歩いていた。
雨の中を。
「ナルト!!」
叩きつけるかのように降ってくる雨の中、カカシは傘も差さずにずぶぬれになって歩くナルトに駆け寄り、ぐっと腕を掴んだ。
「・・・カカシせんせー」
「ずぶ濡れじゃないか!どうして傘をさしてないんだ?!」
「カサ・・・?・・・置いて来ちゃったってばよ・・・」
ポツリ、とカカシの手に暖かい雨が降ってきた。
はっとして顔を上げると、ナルトの瞳からは止めどなく涙がこぼれ落ちてきていた。
「・・・とりあえず、先生の家に来なさい。風邪ひくから」
ナルトは、こくりと頷いた。
カカシはナルトの手を取ると、ゆっくりと歩き出した。
「・・・で?何があったの?」
カカシは家につくとすぐになるとを風呂に入れた。よく暖まるように、と指示を出して。
脱衣所に着替えを持っていくと、浴室からナルトの嗚咽が聞こえた。
押し殺すかのようなそれにカカシの胸は痛くなった。
その嗚咽に含まれる「サスケ」という名前。
どれだけナルトがサスケを想っているかわかって、また、胸が痛くなった。
ナルトが泣いていた理由。容易に予想はついた。
「・・・カカシせんせー、お風呂ありがとう・・・・もう、帰るってば・・・」
ナルトは理由を言う気がないのか、カカシにそれだけ伝えた。
「ダーメ。頭乾かしてないデショ、拭いてあげるからこっちに来なさい」
ぐいっとナルトの手を引っ張り、あぐらをかいている自分の膝の上に座らせた。抵抗するそぶりはなく、カカシはわしゃわしゃとナルトの頭を拭いた。
「ナルト・・・何があったの?」
そして、頭を拭きながらカカシは再びさっきと同じ質問をナルトに投げかけた。
「・・・・・・・」
「黙ってちゃ、わかんないでしょ?・・・先生には言いたくないこと?」
ふるふるとナルトは首を振る。
「・・・・・・・・から・・・・」
ポツリ、とナルトは答えた。
いつものナルトとはうって変わって小さな声。その声はカカシには聞き取れなかった。
「何?聞こえないヨ」
「・・・・口にすると、泣いちゃうから・・・・」
「泣いてもいいから、話してごらん」
すこし、ナルトの方が震えている。
また涙を流しているのだろうか?
「・・ケに・・・サスケに・・・・もう、お別れしよって・・・なんにも、なかったことにしようって・・・言われた」
グスっ・・・。
ナルトはいったん涙を拭った。
「・・・復讐の邪魔になるから、一族復興の邪魔になるからって・・・・最初から、なんにもなかったことにしようって・・・・」
ヒック・・・。
涙を流すのを必死に耐えるかのように、ナルトは話した。
カカシは黙って聞いていた。
サスケとナルトは、付き合っていた。
それはダレにも内緒だったけど。知っていたのは、カカシだけ。
絶対に、壊れないと思っていた。
サスケの兄への復讐も、家の復興も全てを投げ捨ててでもナルトと一緒にいると思っていた。
だから、自分は身を引こうとしたのに。
幸せそうに笑っているナルトの笑顔が、昨日までは確かにきらめくような笑顔で笑っていたのに。
今は、涙に濡れている、ナルトの顔。
守りたいと思った子供。ずっと、ナルトの笑顔を見守りたいと思っていた。
たとえ、その笑顔が自分以外の誰かに向けられるものだとしても。
笑っていたから。
もう一度、あの顔で笑って欲しい。
今度は、自分にあの笑顔を向けて欲しい。
「・・・泣かないでよ・・・ナルト・・・」
笑っていて欲しい、そう思う自分と、邪魔者がいなくなったと思う自分がいる。
あの程度でナルトに別れを告げるようなヤツなら、最初から、渡さなければ良かった。
「俺が、ずっと側にいてあげるから」
だから、泣かないで。
「ナルトが側にいてくれたら、俺はそれだけでいいから」
だから、泣かないで。
「一緒に生きていこう」
だから、俺のことを好きになって。
サスケのことを忘れられなくてもいいから。
ナルトは、カカシのその言葉を聞くと、くるりと振り向き、目を閉じて小さく頷いた。
カカシの胸からは小さな罪悪感が消えなかった。
「せんせー」
「ん~?」
あの日から、ナルトはたまにカカシの家に来て何をするわけでもなく夕食を一緒に取ったりしていた。
サスケとナルトは任務で顔を合わせるものの、本当に何もなかったかのように接している。
それでも、ナルトは前みたいには笑わなくなった。
ココロから笑ってるのではなく、作られた笑顔。
幼いころから作ってきた、鉄壁の仮面で。
自分に向けて欲しかったのは、そんな笑顔じゃなかった。
カカシといるときナルトは、悲しそうにぎこちなく笑う。
カカシと二人でいるときは、ナルトは仮面をはずして無表情でいることが多かった。
出会ってすぐ、ナルトに惹かれた。
だけど、もし自分の感情を押しつけてナルトが自分の手の届かないところにいってしまうかもしれないと思うと、傷つくのがただ怖くて、逃げてばかりいた。
そうこうする間に、サスケに奪われて、この俺ともあろうものが「失恋」なんてしてしまって。
あのときは心底悔やんだけど、ナルトが幸せそうに笑うからそれでもいいと思っていた。
だけど―――――――
オマエが望むのならどんなものにだってなるよ。
真夏の太陽になるから、君の向日葵みたいな笑顔をもう一度見せて
向日葵みたいな笑顔で、俺を見て
けれど、俺が咲かせたのは向日葵じゃなくて、
モノクロの花
続