いつからだったからだろう、あの人を見る瞳が無機質な瞳になっていったのは。
あの人にはなにも感じちゃいけない。
期待に満ちた眼差しで、見てはいけない。
だから、無理矢理感情を閉じこめようとした。
自分の「恋」という気持ちを。
だけどそれとは裏腹にあの人は俺を強く、激しく抱いた。
いっそ、なにも残らないくらい抱き殺してくれれば良かったのに。
あの人に抱かれて、なおいっそう強くなるのを感じるこの想い。
ずっと、気づかないままだったらどれだけ楽だっただろう。
いつか来る別離。
その日のために無機質な瞳であの人を見ていたのは逃げていたのかもしれない。
月の瞼で、その瞳を隠して。
自分たちが、どんな風に噂されているのか知っていた。
「バカップル」
サクラちゃんや、サスケやいるかせんせーたちはそう思っていた。
だけど、そんなんじゃないんだよ?
いつだったか、カカシせんせーが紅せんせーやアスマせんせーに「俺の彼氏v」といって自分を紹介したことがあった。
紅せんせーやアスマせんせーはもちろんのコト。俺だって驚いた。
カカシせんせーがそんな関係を望んでないのは、自分がよくわかっていたから。
憎んでるくせに
ホントは、殺したいくせに
カカシせんせーに「愛」とか「好き」駄とか言う感情はないのはよくわかっていたから。
あるのは、体を繋いでいるという関係だけ。
あなたは、ただ俺を抱いた。
憎い狐をどんな思いで抱いていたのだろうか?
狐の具合を確かめたかった?
ただ、それだけ。
カカシ先生に抱かれいているときは、誰にでも見せる瞳で見つめていた。
アナタの腕の中でよがる自分と、それを冷静に見つめている自分。
憎いから、乱して、犯して、貫きたかったんでしょ?
アナタは、俺がアナタに跪くところが見たかっただけ。
だから、もう一人の冷めた自分はアナタをそう言う目で見ていたんだよ。
抱かれているときは、アナタは、他の人たちと同じ。
俺にとっては、どうでもいい人の一人。
ううん、里の人間と同じような、憎い人たちと同じ。
俺を蔑んで、憎んで、恨んで、哀れんで。
そんな里の人間と同じ。だから、俺を抱いているときのアナタは
キライ
だけど、ひとたびその行為が終わると、
俺の大好きなカカシ先生がいる。
きっと、いつか、
俺を殺してくれる人。
「死」という名の「眠り」という名の枷に繋いでくれる人。
俺を、解放してくれる人。
「どうしてそんな目で俺を見る?いつもみたいな瞳で、俺を見ないの?そんな目で見てると、また襲っちゃうぞ」
一度そう聞かれたことがある。
「・・・カカシせんせーはね、里の中の誰より一番好き。だって・・・・俺のことを一番わかってくれるから」
いつか、俺のことを殺してくれる人だから。
「だから、いちばんすきなんだってばよ」
そう言って、俺は笑った。
誰にも見せたことがないような笑顔で。
生まれてきてから初めて、俺は一番自然な笑顔を浮かべられたと思う。
『いつか殺してくれる人だから』それを口にすることはなかったけど、口にしたことは全部俺の本心だから。
アナタにわかって欲しいとは思わないけれど。
「おはよう!!諸君。いや~、今日は恋という名の迷路に迷ってなぁ~・・・」
「「はいっっ!!ウソ!!」」
いつものようにカカシせんせーにサクラちゃんと突っ込みを入れる
カカシせんせーが遅れていくことはいつものコト。
「だいたい、カカシ先生、どうしてナルトがいるのに恋の迷路に迷い込んだりするんですか?そんなことあるわけないじゃないですか!!嘘つくならもっとましな嘘、ついてください!」
「サクラ・・・甘いね・・・相手がいても、その相手の迷路に惑わされているってコトサ」
「なっっ!なに馬鹿なコト言ってるんだってばよ!!」
この人はいつもそう。
俺がどんな気でいるか全然知らないで。
アナタは俺の心に傷を残す。
「嘘ばかり」と俺はカカシせんせーを見つめて。
無機質な瞳で、あの人を見つめるようになった。
なにも期待しない、なにも期待しない、なにも、想ったりなんかしない。
噂を否定するのも面倒くさいんだろうし、俺が消えれば、噂も消えるから。
だから、アナタを少しだけでも想わせて。
アナタにはなにも期待しないから。
もう、無機質な瞳でしかアナタを見つめないから。
馬鹿な噂なんてさっさと否定して。
カカシせんせーの生涯に、汚点を残さないで。
少しでも、夢を見させてもらうとアナタから離れられなくなってしまうから。
「なぁ、ナルト。俺がもうナルトとこういうコトするの嫌って言ったらどうする?」
「・・・カカシせんせーが嫌なら、もういいよ」
「ナンデ?」
「だって、俺はカカシせんせーのコイビトでもなんでもないでしょ?だからせんせーがやめたいって言うんなら、やめてもいいってばよ」
ホラ。アナタはこの関係にピリオドを打ちたがってる。
そろそろ狐を相手にするのも飽きてきたから。
「冗談だよ・・・」
どうして、そんな辛そうな顔して俺を見るんだってば?
いいんだよ、俺は、諦めることに離れているから、きっとアナタが俺のことをいらなくなっても大丈夫。
だから、そんな辛そうな顔しないで。
どこでどう間違ったって、俺は俺から別れを告げたりなんかしないから。
サヨナラ、なんて言ってあげない。
アナタから、別れを告げられるまで、俺に夢を見させて。
そしたらすぐに、いなくなるから。
アナタから離れられなくなる前に、俺を切り捨てて。
ひどい言葉をぶつけて、俺を踏みにじって・・・・
殺して。
そう思っていても、俺はアナタの胸で朝を迎える。
それは、俺のワガママだから。
ゴメンナサイ。
「おぬしの封印が決まった」
そう聞かされたのは、その次の日。
薄暗い執務室で、静にじっちゃんが告げた。
いつか来ることだってわかっていた。
「わかったってば・・・」
だから、俺は返事をしてそのまま立ち去ろうとした。
「カカシには伝えていないが・・・どうする?おぬしから伝えるか?」
「・・・・いうのも面倒くさいから、じっちゃんから伝えて」
あの人に、俺から伝えてどうするっていうの?
伝えた瞬間、あの人は嗤うでしょ?
あの瞳で、あの口で、あの声で「おまえがやっといなくなる」って言われたら、俺はなにするかわからないよ?
どうなるかわからないよ。
あの人に泣いて縋ってイヤだと叫んでも、あの人は冷めた瞳で俺を見下ろして、きっと嗤うから。
ああ・・・また出てきたよ。冷めた、もう一人の自分が。
ドウデモイイ。
そう思っている自分が。
人より大きな夢を口にしても、どうせ叶わないだろうと、笑っているもう一人の自分。
わかっている。
俺には、夢も希望も未来も、全てがないことが。
生まれ落ちた瞬間から、九尾が俺の腹に納められた瞬間から、
俺の未来は途中でぷっつりと途絶えることが決まっていたから。
自分で絶ったのではなく、他人によって閉ざされた、俺の未来と夢。
口にした夢は、決して嘘ではなかった。
認めさせてやりたかった。
あの人にも、里の人間にも。
この世にいる全ての人間に。
叶わない夢だと言うことは、自分が一番わかっていたよ。
もう一人の自分は、俺だから。
雁字搦めに縛られた、俺の人生はもうすぐ幕を落とすから。
産まれてこなければ良かったなんて思わないけど、産まれてきて良かったとも思わない。
だけど、
あの人に会えて良かった。
アナタに会えて良かった。
例えアナタには、想われていなくても。
その日の夜、カカシせんせーはいつもよりも激しく俺を抱いた。
俺もそれに応えた。
これが最後だとわかっていたから。
カカシせんせーが寝付くまで、俺は眠ったフリ。
せんせーが寝付くと、俺はむくりと起きあがった。
アナタの顔を見つめて、瞼に焼き付けて
もうこれが最後だと思ったら、ずっと流したことのなかった涙が、溢れてきて止まらなかった。
せんせぇ・・っ
カカシせんせー・・・
俺が一番最初に好きになったヒト。
アナタは愛してくれなかったけど、好きになってはくれなかったけど。
一緒にいられただけで、幸せだった。
本当の気持ち。
でも、愛して欲しかった。
これも本当の気持ち。
なにも知らないで逝きたかった。
アナタの腕の暖かさも、
アナタの感触も。
全てを知らないまま逝けたら、どれだけ楽だっただろう。
叶わない想いを抱えて、アナタに抱かれて。
苦しかった。
辛かった。
死んでしまいたかった。
止めどなく溢れる涙は、体中の水分がなくなるくらいに絞り出されて。
「カカシせんせー・・・っ・・・ちょっとでも・・・っっく、俺のこと、好きだって思ったことある・・・・っ?!」
嗚咽混じりに、眠るアナタに問いかけた言葉は決して答えてくれないってわかっていたけど、俺は、聞かずに入られなかった。
泣いて、泣き疲れて。
俺はまたそのまま眠りについた。
朝、目を覚ますとカカシせんせーはすでに起きていて、食い入るように俺の顔を見つめていた。
はっとした。
自分に涙のアトがあることに。
それでも俺は、笑って見せた。
きっと、泣いたことに気が付いただろう。
取り繕うような笑顔だったけど。
気付かない振りをしてくれた。
「またね。かかしせんせー」
そう言って、俺はカカシせんせーの家をあとにした。
また、なんてもうそんなことありはしないのに。
もう、二度と会えない人なのに
もう会いたいと思ってしまう自分がいる。
この日は凄く寒くて、
ココロまで、凍りつかせることができればいいのに。
直接は言わないから、セメテ、だれかカカシせんせーにこの思いを届けて。
「ドベ!!」
ふらふらと家に帰っている途中、誰かに呼び止められた。
俺をこんな風に呼ぶのはたったの一人。
うちはのエリートサマ、サスケ。
「ドベって言うなってば!!・・・・なんか用かよ?」
「チッ・・・人がわざわざ持ってきてやったっていうのによ・・・」
すっと、サスケは額当てを差し出した。
それは、下忍になったときに、イルカせんせーからもらった俺の額当て。
昨日、捨ててきたはずなのに。
俺には、必要ないから。
「あ、ありがとーってば」
「もしかして、ずっと探してたのか?」
「う、うん・・・」
「・・・・泣いてたのか?」
サスケの指が俺の頬に触れた。
乾いた涙のアト。
「・・・・うん・・・・あっっ!!」
「なんだ?」
突然の俺の声に、サスケは驚いたように口を開いた。
「お、お願いがあるんだけど・・・聞いてくれるってばよ?」
「なんだ?聞ける範囲ならな・・・」
「えっとね・・・理由は言えないけど、俺、今日里からいなくなんだ・・・だから、カカシせんせーに・・・カカシせんせーに、ありがとうって伝えてってば、サヨナラは言いたくないから、お願い。好きだったって、伝えて・・・?」
「・・・なんで、テメェがいなくならないといけねぇんだよ!」
伝言よりもなによりも、サスケが気になったのはナルトがいなくなるという事実。
「理由は言えないってば!!ホント、悪ぃんだけど、それだけ伝えてくれってばよ!!じゃ、おれ逝かないといけないから!!」
そう言うと、俺はサスケの前から逃げるように走り出した。
ふと思い出したことがあり、ぴたりと足を止めた。
「あっ!!額当て、ありがとーなー!!サスケー!!」
まだなにか言いたそうな顔してたけど、見ない振りをしてそこを立ち去った。
「じっちゃんv」
すっと俺は気配もなくじっちゃんの真後ろに立った。
「・・・おぬしか・・・いつも気配もなく儂の後ろに立つなと申しておろうが・・・。来たということは・・・」
「うん。ぱぱっとやっちゃってってば。思い残すコトなんて俺にはないよ」
あるとすれば、もうあの人に会えなくなることくらい。
「そうか・・・」
じっちゃんは、黙って俺を封印の祠へと連れて行った。
厳めしい雰囲気に包まれているその祠。
ずっと前から、自分を封印するのを待ち望んでいたかのような。
今日から、ここが俺の寝床になんだ・・・。
石の寝台。
ふかふかとはいえなかったけど、ベットの上でアナタと抱き合ったこと。
かび臭い祠。
アナタの匂いに、包まれていた部屋。
暗い空間。
アナタの顔が見えるだけで、俺は安心できていた。
全てが、今まで暮らしたところとは段違い。
そして・・・俺は永遠に封じられた。
眠るだけ。
ただ眠るだけ。
あの人を想って。
永久に、あの人を想って。
誰にも邪魔のない深い深い森の中で
アナタの夢を見ながら、あなたを想いながら、アナタに抱かれていたときのことを思い出す。
だけど、そこはあの人の腕の中じゃなくて。
冷たい石の上 ―――――――。
完