いつからからだっただろうか、君の瞳が何も映さないでただ無機質に俺を見ていたことを。
自分を見据える青い瞳がサファイヤみたいに輝いていた。
無機質な宝石のような瞳。
好きだなんて思ったこともなかったけど、その瞳を向けられるたびに俺はイライラして、嬲るようにオマエを抱いた。
愛なんて何にもなかったけど、その瞳に見据えられるたびに、どうしようもなく欲情して、オマエを抱いた。
憎みすらしていたのに、その目が俺の視界に入るたびに、俺の中にある何かがうずいた気がした。
その何かがわからないくらい俺は、逃げていたのかもしれない。
月の瞼でその目を隠して。
「ナルト~」
「カカシせんせーv」
今日も見ている者の目が溶けてしまいそうになるくらいのバカップルぶり。
少なくとも、周囲の目にはそう映っていた。
自分は否定はしなかった。周囲がそう思うのならば、そう思わせておけばいいと思ったから。
「俺の彼氏v」そういいながら同僚たちに紹介すると、目を丸くしたのはアスマや紅たちだけじゃなかった。ナルトも、そのことに驚いていた。
そして、次の瞬間、口を挟む暇もないくらいに否定された。
わかってる。「愛」とか「好き」とか言う感情がお互いにないことは。
あるのは体を繋いでいるという関係だけ。
いつの間にか出来上がった関係だったけど、それが何だったのかはもう何も思い出せない。
ただ、ナルトは自分に抱かれた。
それだけ。
俺以外の誰かに向ける瞳と同じ瞳で。
無機質な「蒼」の瞳で。
抱かれている間中、そんな目で俺を見ていたナルト。
行為が終わると俺だけに見せてくれている「青」の瞳になる。
全てを包み込むような海のような「青」い瞳で俺を見つめてくる。
一度、聞いたことがあった。
「どうしてそんな目で俺を見る?いつもみたいな瞳で、俺を見ないの?」
そんな、目で見てるとまた襲っちゃうぞ。
「・・・カカシせんせーはね、里の中の誰より一番好き。だって・・・・」
一番俺のことわかってくれてるから。
「だから、一番好きなんだよ」
そう言って、笑った。
暗闇の中でとても鮮やかに。
それは本心ではないように思えた。
何かを隠しているのだろうと、思っていた。
けど、そのときの自分は、どうでもいいことのようにそれを深く考えなかった。
「おはよう!!諸君。いや~、今日は恋という名の迷路に迷ってなぁ~・・・」
「「はいっっ!!ウソ!!」」
いつものようにサクラとナルトからびしっと突っ込みが入る。
遅れていくことはいつものコト。
「だいたい、カカシ先生、どうしてナルトがいるのに恋の迷路に迷い込んだりするんですか?そんなことあるわけないじゃないですか!!嘘つくならもっとましな嘘、ついてください!」
「サクラ・・・甘いね・・・相手がいても、その相手の迷路に惑わされているってコトサ」
「なっっ!なに馬鹿なコト言ってるんだってばよ!!」
心底怒ったような声を出すナルト。
いつもそうだ。自分とのことをあくまでも否定してみせる。
そして、その瞳が俺に訴えかけてきていた「嘘ばかり」と。
そのときの瞳は無機質な「蒼」の瞳。
どんな鉱物よりも硬そうな、輝きもなにもない無機質な「蒼」。
「も~!!カカシせんせーってば遅れてきたんだから、早く任務教えてくれってばよ!!時間がないから!!」
むき~!!っと顔をしかめてナルトはカカシを責める。
面倒くさげに自分が任務を申し渡すと、またしかめっ面をした。
「やりがいがないってばよ~」
ぶつぶつと文句を言うナルトだったが、それでも真剣に任務をこなしていた。
結果はあまり伴ったことはなかったが。
「んじゃ、3時間後にここにまた集合v気をつけて行けよ~v」
ひらひらっと自分が手を振ると、子供たちは不満たらたらな顔でその場をあとにする。ナルトはサスケとサクラと一緒に今日の任務である「指輪探し」へと行ってしまった。
「今日は負けないからな~!!サスケ!!」
びしっとライバルへと不戦布告。
「ウスラトンカチのくせに・・・」
はぁっと心底嫌そうな溜め息をついてサスケは応戦した。
それは彼なりの愛情表現。
サスケはサスケなりにナルトのことを認めている。
「アンタがサスケ君に敵うワケいじゃない!!寝ぼけたこと言うのやめないさいよ!」
サスケに恋する少女サクラ。
さすがに言うことがキツイ。
だけど、サクラは姉のような気持ちでナルトを見ている。アレは、やはり彼女なりの愛情表現。
「でも、がんばりなさいね」
ナルトは一瞬戸惑ったかのような顔をして、それから微笑んだ。
その表情はは自分にしか見えなかったけど、あの暗闇の中で見た笑顔よりもあどけなくて、きれいに見えた。
それから、だんだんナルトが気になっていって、それをすぐに否定して俺の憂鬱は増えていった。
何気ないナルトの行動に一喜一憂させられて。
誰かとナルトが話していると、どうしようもなくイライラさせられたり。
普段は俺だけに向けられている「青」の瞳が俺以外の違う誰かに向けられていて、どうしようもなく何かがココロに引っかかった。
このままじゃ、俺はナルトから離れられなくなる。
その前にこの関係にピリオドを打とうと思った。
だけど、自分が杞憂したとおりに、ナルトから離れられない。
ナルトがこんな関係にどうしてすがっているのかはわからないけど。
どうして、こんな関係を続けておくのかはわからないけど。
「なぁ、ナルト。俺がもうナルトとこういうコトするの嫌って言ったらどうする?」
「・・・カカシせんせーが嫌なら、もういいよ」
「ナンデ?」
「だって、俺はカカシせんせーのコイビトでもなんでもないでしょ?だからせんせーがやめたいって言うんなら、やめてもいいってばよ」
いつもの、誰にでも向ける冷めた「蒼」の瞳でナルトは自分を見据えた。
いつもよりも、冷めた深い「碧」の瞳だった。
なにも見ない、誰も映さない。
無機質な宝石よりも硬いその瞳。
「冗談だよ・・・」
それだけしか言えなかった。
そんな関係だとわかっていても、ナルトはなにも言わないで俺の胸で朝を迎える。
ずっと、そんな関係が続くわけもないのに。
「ナルトの封印が決まった」
そう火影に聞かされたのは、しばらくたったころだった。
「儀式は、明後日じゃ」
感情がなにもないかのように事務的に話す火影。
「わかりました」
それに答える自分の声。
きっとナルトにもすぐに知らせられるだろう。
ナルトはどういう風に自分に知らせてくるだろうか。
泣いて、イヤだというのだろうか?
それとも、何も言わないで、君は去っていく?
その日の夜いつもよりも激しくナルトを抱いた。
きっと、これが最後だとわかっていたから。
好きじゃない。
愛してなんかいない。
憎んでいる。
誰よりも、狐を。
そう言い聞かせながら、ナルトを抱いた。
腕の中で喘ぐ子供は、誰よりも淫らで、官能的で。
ふっとわき出てきた感情に、首を振って否定した。
ナルトは、あのとき何も言わなかった。
だけど、朝目を覚ますと、隣に眠るナルトの顔に乾いた涙のアト。
俺が目を覚ましたことに気が付いたナルトは、笑って見せた。
取り繕うような笑顔で、笑って見せた。
悲しい笑顔だった。
なにも気が付かない振りをした。
いつもと同じように振る舞うナルト。
目が覚めると、体も清めずに帰ってしまった。
「またね。カカシせんせー」
また、なんてもうないのに。どうして、そんな顔して笑ってるのサ・・・。
涙のアトを誤魔化すつもりなら、もう少しうまく嘘をついて。
誰も気が付かないくらいに。
いつものオマエだったら、そのくらいやれるデショ?
俺にわからないくらいの嘘をついて欲しかった。
ナルトが封印された次の日に、三代目にナルトが封印されたことを聞かされた。
やっぱりナルトは何も言ってくれなくて、あの夜以来、顔も会わさずにナルトは逝ってしまった。
狐が消えてくれて、清々した。
言い聞かせるように任務に明け暮れて、ナルトがいなくなって落ち込んでいるサクラと落ち込んでいるかのようには見えないサスケ。だがどこか、暗いものを感じた。
自分はナルトなんて最初からいなかったかのように振る舞って。
任務に遅刻してきたり、それは当たり前のことだけど、ナルトの声だけが聞こえない。
「オイ」
無愛想な声でサスケが話しかけてきてはっとした。
「ん~?なに?サスケ」
いつものようにとぼけたような声で。
「・・・ナルトに会った。いなくなる日の前日だ」
『ナルト』という単語にカカシはぴくり、と一瞬表情を変えた。
「そう。」
「お前ら、アイツになにした?何で俺がこんな伝言頼まれないといけねーんだよ!!」
「伝言・・・?」
ナルトは自分になにを伝える気だったのだろうか。
聞けば、後悔するような気がした。
だけど、聞かなければいけないのは、自分の義務のような気がした。
そして、認めなければいけないモノがあるような気がした。
「ナルトが、言ったんだよ!!『カカシせんせーに、ありがとうって伝えてってば、サヨナラは言いたくないから、お願い。好きだったって、伝えて・・・?』ってな」
ぎりっとサスケは唇をかみしめカカシに伝えた。
「てめぇが、どういうつもりでナルトと付き合ってたかはしらねぇけどな、アイツを傷つけてたんなら、俺は許さねぇ」
それだけサスケは吐き捨てて、走り去っていった。
そんなサスケに気が付かないくらい、自分が動揺していることに気付いてた。
違う、
違う、
違う。
俺は、アイツのことなんか何も思ってなんかいない。
何も思ってなんて、いないんだっっ・・・・!
ぐるぐると、サスケから伝えられたナルトの伝言を反芻しながら、眠りについた。
夢の中へ逃避してしまえば、きっと考えなくてすむから。
アイツのコトなんて、ナルトのことなんて、思い出さずにすむから。
締め付けられるような胸の痛みから解放されると思っていた。
だけど、気が付くと、ナルトの感触を探していた。
今日も、明日も、明後日も、その次の日も、ずっと、ナルトの感触を探しながら目が覚めた。
隣にいないことがわかっているのに。
「・・・ト・・・ナルトっっ・・・・」
一人きりの夜の方が好きだったはずなのに、気が付けばナルトの感触を探していた。
そのことに気が付いて、今まで抱えていた認めようとしなかった『想い』が堰を切ったかのように溢れた。
気が付いたときにはもう遅くて、名前を呼んでも、ナルトは還ってこない。
ナルトが俺を呼ぶ声は聞こえてくるのに。
『せんせー』
鮮やかに甦る、俺を呼ぶ君の声。
『せんせー、大好き』
聞いたことはなかったけど、不思議と聞こえてくる、君のその声。
自分の気持ちをはっきりと認めたからこそ、ナルトがいたときに聞こえなかった声。
いなくなって、気が付かせるなんて・・・ひどいよ・・・ナルト・・・。
自分が、どれほどナルトを愛しているかたった今気が付いた。
いや、とっくに気が付いていたのかもしれない。
だけど、それを否定して、認めなくて、今更襲ってくる、後悔の渦。
止めどなく流れる涙。
俺は、ナルトの名前を呼び続けた。
どんなに涙を流しても、もう君は戻ってこないから。
俺は、今でもナルトの感触を探しながら目を覚ます――――――。
もう会えない、君の感触を求めても、隣を探っても。
あるのは君じゃなくて、冷たいシーツの感触―――――。
完