「ナルト・・・里抜けねぇか?」
数年前、15の秋だった。まだ夏の名残がある日に、自分がナルトに切り出した言葉だった。
ナルトはすぐには答えなかった。
きっと、自分が何でそんなことを言いだしたかがわかったからだろう。悲しげな顔をしてナルトは首を振って答えた。
「・・・そんなのダメだってば。第一、何で里を抜けなきゃいけないんだってばよ」
ナルトが一番わかっているくせに。
ナルトはわからないフリをする。
ナルトは滅多に自分の弱音を吐いてくれなかった。出会った頃からそうだった。
アカデミーにいた頃からアイツは騒がしくて、ウザイ奴だった。
人を見れば勝手に敵視してきやがるし、いちいち悪戯してはイルカから怒鳴られてばかりだった。
それが、アイツの自己存在を証明するための行為だって知ったのはいつからだっただろうか。
それから目が離せなくて、気が付いたらお前は俺の一番になっていた。
俺はお前の一番傍にいたくて、お前は俺の一番傍にいて欲しかった、俺はお前を一番愛していて、俺は一番お前に愛されたかった。
一番愛していて、一番愛されてる。そう思っていた。
だけど、お前は違っていたんだよな。
秋桜を見るたびに思い出す。
幼かった、自分の恋心を。
お前への想いを。
「サスケー!!」
任務の帰り道、中忍になってまだ数ヶ月の頃だった。
ナルトに突然呼び止められる。
確かに恋人同士になってからアイツは俺のことを毛嫌いしたりはしなかったがそれでもどこかライバル視したところがあって、滅多に自分から声を掛けてくることなんかなかったのに。
何か魂胆があるんだろう・・・。
「何だ?」
「相変わらず無愛想だってば・・・もう少しにっこりとか笑えねーの?」
「ほう・・・俺ににっこり笑って欲しいと・・・本当にそんなのが見たいのかお前は?」
・・・・・・想像すること30秒。
ぞわっとナルトに鳥肌が立つのがわかった。
ナルトは両手で自分の二の腕をさすっている。
おまけに「き、キモチワルイってばよ~!!」と叫びながら。それはひどいと思うが・・・。
「わ、悪かったってばよ~!!」
「で、用件は何だ?」
「え・・・えっと・・・お願いがあるんだってばよ~!!」
来たか・・・なんか魂胆があるんだな、なんだよ・・・こういうときだけ・・・。
「サスケ、ラーメン奢って~v」
やっぱりそう来たか・・・。
サスケはちょっと憮然とするものの、自分を頼ってきてくれたナルトに対して冷たい態度をとれないでいる。
なんだかんだ言っても自分はナルトに甘いことがわかっていた。
「・・・一楽でいいのか?」
「うん!!」
にっこりと満面の笑みを浮かべてナルトは頷いた。
それから二人仲良く並んで一楽へ直行。
少しくらい口喧嘩はしたが、ラーメンを前にすればそんなわだかまりなんて消し飛ぶくらい単純なナルトだ。
口下手でけんか腰で思ってることなんて10分の一も口にできないサスケにとってはそんなナルトの性格に実はずいぶん助かっているサスケだった。
こいつが根に持つとしばらく口も聞いてくれねぇからな・・・。
シナチクやる、とサスケはナルトの器にシナチクを放り込んだ。ナルトは嬉しそうにそれを頬張る。
まずは、餌付けから・・・。
サスケは心の中でほくそ笑む。
確かにそれもあったが、何よりナルトの嬉しそうな顔を見るのは好きだった。
(・・・可愛い・・・・)
そんな自分の考えにはっとして首を振る。
おおおお・・・俺はあの変態上忍とは違う・・・純粋に・・・
自分の思考回路に動揺しているサスケ。
だが、さすがサスケというか表情には全く出してない。鉄面皮というか、能面というか・・・。
「サスケ?チャーシューいらないなら食べるってばよ?」
ひょいっとサスケのラーメンからチャーシューをとり口へと運ぶナルト。
「おい・・・・それは取っておいたんだぞ」
「食べないから嫌いだと思ったってばよー!!なると巻きあげるから勘弁してってばよ」
どうせなるとを食べるのなら、お前の方が・・・
だからっ!!あの変態上忍とは・・・・・っ!!
ぶんぶんとサスケは首を振る。しかし突如広がった妄想は早々止められなかった。
突然の奇行にナルトは少しサスケを見入ったが、自分がラーメンを食べ始めると、再びラーメンに意識を戻した。
はっ、とサスケが目を覚ましたのはまだ夜明け前。
微かに空は白んできているが、まだ暗かった。
久々に夢を見たな・・・しかもあのころの。
サスケはほとんど夢は見なかったが、たまに見る夢は全部ナルトと過ごした日々の夢。目が覚めると、そこにナルトはいなくて、ナルトの夢を見たとき、かならず襲いかかってくる喪失感と、ナルトへの憎しみ。
そして、愛しさ。
ナルトがいなくなって、ひたすら任務をこなし、上忍になったのはもう5年もまえのこと。手ひどい裏切りと一緒にナルトはは7年前にどこかへ消えた。
気怠そうに起きあがり、煙草をくわえて火をつける。いつもは吸わない煙草。だけど、ナルトの夢を見ると吸わなければ自分が保てそうになかった。
7年間、全くナルトの行方はつかめない。意識して探そうと思っていたわけではなかった。けれど、無意識のうちにあの金色の髪を探している。
任務先で金髪を見かけると、ついつい目で追ってしまう。こんな所にいるはずがないのに。
憎んでるのに。探してしまう。
ナルトの姿を見れば殺してしまうかもしれない。それだけアイツを憎んでいた。
里のどこを見てもナルトを思い出してしまう。もう7年もまえのことなのに。
サクラは思い出したかのようにナルトの話をする。そしてどこから仕入れてきたのか噂話まで。
波の国で見たとか、砂の国で見たとか、信憑性のない噂話。
ナルトが里を抜けたとサクラがカカシに聞いた日、サクラは「なんで?」と繰り返した。
俺とは違う感情だったけど確かにサクラはナルトに好意を抱いていた。
弟のようだと言っていたが、もしかしたら俺と一緒だったかもしれない。
どこかむっとする自分がいるが、もう、自分には関係ないことなのに。
アイツは今頃あの男とよろしくやってるさ・・・。
愛を憎しみに変えるのは簡単だった。愛しただけ憎めばよかったから。
いつものように任務の場所に行くと、サクラだけがそこにいた。
必ず一番に来て俺に突っかかってくるヤツがまだ来ていなかった。
「サスケ君、おはよう」
「うす・・・」
声を掛けてきたサクラに、小さく返した。
中忍になってもまだスリーマンセルは継続していた。
最近はあの変態上忍が指導に付くこともそう多くはなかったが、今日はアイツも一緒だそうだ。
俺がナルトといると、必ず邪魔しに来るムカツクヤローだ。
ショタコンで、変態で、下半身で生きているようなヤツなのに、ナルトはアイツに懐いている。
いくら注意してもナルトは警戒心の「け」の字も抱きやがらねーし。
たまにナルトをぶっ飛ばしたくなる。
そんなことをサスケが思っていると、どたばたと騒がしい足音をたててやってくるヤツがいる。気配も消さずに、どたばたと。
仮にも中忍になったんだからちょっとは気配消すとか、足音を建てずにこれねーのか、ドベ。
「あー!!!サスケが来てるってばよー!!ちっっ!!!サクラちゃんおっはよーv」
寝坊でもしたのか、ドベ、と言おうとしたとき、ナルトが異様に泥だらけなのに気付く。顔にも腕にも泥が付いている。
「どうした?」
顔に付いている泥を拭ってやると、一瞬ナルトの顔色が変わる。
「こ、転んだだけだってばよ」
明らかに嘘だとわかる言葉。
頬にある痣は明らかに殴られたときにできる痣。
転んだだけでそんな痣ができるはずがない。
「・・・そうか・・・」
こういうときのナルトに何を聞いても絶対に何も言ってくれない。
おおかた、来る途中にだれかに殴られたのだろう。それも多人数で。
ひとりじゃ何もできないくせに、人数が多いと自分が強い気になっている。
しかも、何の抵抗もしない相手に殴る蹴る。
そして、大人たちには冷たい瞳をされる。
あからさまに向けられた敵意、罵詈雑言。
そんなことがあってもナルトは絶対に俺に言わなかった。一度問いつめたこともあった。
「別になれてるからヘーキだってばよ。・・・それに、俺がこんな風に言われちゃうのはしかたないってばよ。気にしてないから」
気にしてないわけないだろ・・・そんなに肩震わせて悲しそうな顔してるのに。もう、お前がそんな顔してるの見るのイヤだ・・・。
俺は、お前のことを知らない、何でそんな目に遇うのかも俺は知らない。お前が言うまで何も聞かないでおこうと思ったけど。
もう、お前がそんな目にあうのが耐えられない。
ある日、ナルトを呼び出してこう言った。
「ナルト・・・里を抜けないか?誰も知らないところで一緒に暮らそう」
ナルトは目を見開いてその後目を伏せた。
そしてゆっくりと首を振る。
「・・・そんなのダメだってば。第一、何で里を抜けなきゃいけないんだってばよ」
理由はお前が一番わかってるはずなのに。お前はどうして何も知らない振りするんだ。
「お前が、里のヤツらからどういう扱いを受けているか、俺はそれを見ているのはもう耐えられない」
だから、一緒に里を抜けよう。
「・・・だったら、俺ひとりで抜けるってば・・・」
「ダメだ!!」
ナルトの言葉にサスケは一喝する。珍しいくらい感情があらわになったサスケ。
「お前をひとりにはしない。お前は、いつだって俺の傍にいるんだ」
ぐっとナルトを抱きしめた。
「だけど、抜け忍は一生、追い忍に追われるんだってばよ?」
「逃げ切ってみせる」
「家の復興は?里抜けなんかしたら・・・・」
「そんなことどうだっていいっ!!」
ナルトの言葉を、サスケは断ち切った。
家の復興、兄貴への復讐。そんなことはナルトと較べたらどんなに軽いことか。
「だけどっっ・・・!!」
さらに力を込めてナルトを抱きしめる。どこにも行かないように、と祈りを込めて
「お前は、俺が守る」
不意になるとの頬に涙が伝った。
そのときは、ナルトの涙の意味が分からなかった。どうして泣く?そう問いかけても何も答えてくれなくて、堰を切ったようにナルトの瞳からは涙が溢れてくる。
「・・・・・・・」
ぽつり、と何かナルトは言葉にした。だけど、それは風に掻き消されて聞こえなかった。
「じゃぁ、明後日の丑の刻に・・・おくれるなよ、ドベ」
コクリ、となるとは頷いた。
それから俺は家路につき、里を抜ける準備をした。
そして、当日、ナルトは来なかった。
聞き取れなかったナルトの言葉。
アイツの最後の言葉。
俺が見たナルトの最後の表情。
それは―――――笑顔じゃなくて、泣き顔。
続