SEED 2





一人になるとどうしても辛くなってとぼとぼと道を歩いていた。

「よっ」

 ぽんっと肩を叩かれ、ナルトは後ろを向いた。

 そこにいたのはカカシの同僚の上忍。いの、シカマル、チョウジの担任である、アスマだった。

「アスマせんせー。こんにちは」

「おお、何しょぼくれてんだ?任務で失敗でもしたか?」

 するとナルトはさらにしょぼんとしてしまった。図星だったか・・・とアスマは少々慌ててしまう。

「き、気にするな。次で挽回すればいいだろ。そーだお前・・・いのから聞いたんだけどよ、カカシとラブラブらしいな・・・どうだ、うまくやってるか?」

 ナルトは顔をしかめた。

 泣きそうな顔にアスマはビビる。

 またしても自分は地雷を踏んでしまったようだ。

 みるみるうちにナルトの目には涙がたまった。

「・・・・・・・・ラブラブなんかじゃないってばよ・・・・・・・」

 ナルトは、喉から一生懸命言葉を紡ぎだした。

 それは少し震えていて、ナルトはうつむいて、ぽたぽたと涙をこぼした。



 化けギツネだから。

 カカシせんせーは俺を監視しているだけで、ラブラブなんかじゃないんだってば。

 せんせーの顔見るの辛いんだってば。

 サスケやサクラちゃんみたいに優秀じゃなくて、俺はドベだし。

 一生懸命任務をこなそうって思っても、ドベだから失敗ばっかりして。



 どんなにカカシせんせーが、俺のこと疎ましく思ってたって側にいたいって思ったけど。

 カカシせんせーはイヤなんだよね?





「おい、泣くなよ・・・俺が泣かしたみてーじゃねぇか・・・」

 声も立てず、ぽろぽろと涙をこぼすナルトを見て、アスマは頭を撫でた。

 それでもなお、涙をこぼすナルトを見かねたアスマは

「・・・何があったんだ?カカシとケンカでもしたか?・・・力にはなれねぇかも

しれないが、話してみろ、な?」

 ぽんぽんっとナルトの頭を軽く叩く。

「・・・・・・・・・ケンカなんかしないってばよ・・・カカシせんせーは、

俺・・ことな・・か・・・好きじゃな・・・だ・・もん」

 ポツリポツリと、ナルトは涙を流しながらアスマに話し始めた。

「・・・・せんせーは、憎んでる・・・・俺が狐だから・・・!

だから・・・俺のことなんか・・・好きじゃないに・・・俺のこと好きだって言って・・・っく・・・俺のこと・・・っ・・・

 

「もういい・・・!わかったからもう何にも言うんじゃねぇ・・・」

 滝のように、ナルトの青い瞳からは涙が溢れていた。

アスマはナルトの頭を胸に押さえつけて片手で頭を押さえた。

 もう一方の手で、ナルトの背中を優しく叩いてやった。その間中、ナルトはアスマの胸に顔を埋めて、声を押し殺しながら涙を流してアスマの服を濡らした。

 ナルトを抱きしめながら、アスマはカカシへの怒りに燃えていた。

 ナルトが九尾の狐の器だということは、親しい人間を九尾に殺されたものにとって、

憎しみの対象にしかならないのだろう。

 だが、ナルトはあくまでも『器』なのだ。九尾自身ではない。

 むしろ、ナルトは被害者といえる立場にいるだろう。

 だが、カカシはナルトを憎み、あまつさえナルトの心を弄ぶようなことをした。

 同じ世代の子供よりもナルトの心は繊細で傷つきやすい。

 懐かせておいて裏切るとは、ナルトにとっては一番傷つくことであろう。

 カカシはわかっていてやったに違いない。

 そう考えると、あまりのカカシの非道さに腹が立って仕方がなかった。

「・・・そんなに辛いなら、俺の班に来るか?」

 ふと、アスマの中で思いついたことをナルトに提案してみる。

 アスマは、ナルトのことがかわいいと思っていた。

 それは、恋愛感情から来るものではなく、どちらかというと家族愛のようなものだった。

 父のような、兄のような気持ちからだった。

 九尾の器というだけで、世間からは冷たく当たられて、そのはずなのに、ナルトは

自分よりもまず他人のことを一番に考える。 

 そして、いつだって笑っている。

 泣き顔を隠しながら、いつだって笑っているナルトをアスマは愛おしいと思わずにはいられなかった。

「・・・・・・・・・・え?」

 ズズッと鼻をすすりながらナルトはアスマを見上げた。

 その表情には驚きの色が隠せなかった。

「カカシの顔を見るのは、辛いか?」

 ナルトは、少し考えながらこくりと頷いた。

「・・・・・・だったら、うちの班に来い。なぁに、今更一人が増えたってどうってことないさ。」

 な?

 そう言うとまたナルトの頭を軽くぽんっと撫でた。

「・・・・でも・・・じっちゃんには・・・」

「火影様には俺からお願いしてみるさ」

 ナルトは、首を振った。

「・・・カカシ先生が、俺の傍にいるのは俺から九尾が出てきたときに殺すためだってばよ。

俺ごと・・・。アスマせんせーは、俺を殺すことができる?」

 はっきりとした口調でナルトはアスマに告げた。

 最初にカカシが担任についたときに直感的に感じていたのだろう。



 いつか、自分がカカシに殺されることを。

 九尾ごと自分を葬り去ることを。

 

「・・・お前は、九尾にはならないよ。・・・・・もし、お前が完全に九尾になったら、俺が・・・・・・殺してやるから。

でも・・・それが完全でないのなら、俺はどんなことをしても、お前を元に戻してやるよ」

 にっとアスマは笑った。

 ナルトも微笑みを浮かべた。



 その微笑みは、アスマから自分が一番欲しかった言葉が貰えたからだったのかもしれない。

 完全に九尾になったら、ちゃんと殺してくれる。

 完全に九尾にならなかったら、どんなことをしても元に戻してくれるといってくれた。

 それは自分が一番欲しかった言葉。

 

「俺・・・アスマせんせーの班に行くってばよ・・・カカシせんせーのためにもそれが一番イイよね?」

 手ひどい裏切りにあってもなお考えるのはカカシのことだった。

 アスマはやはりあの最低な男のことが腹立たしくて仕方なかった。

「お前がそれでいいってんなら」

 ナルトは大きく頷いた。

 それから小さく、カカシせんせーには言わないで欲しいってばよ・・・。と呟いた。

 アスマはそれに小さく頷いた。





 光を浴びれば、またその鶴は成長していって

 心を幾重にも覆い尽くして

 何もかもが見えなくなる





 だんっっ!!

「どういうことですか?!」

 火影の執務室に響き渡ったカカシの怒鳴り声。

 そこには火影の他にアスマがいた。

「どいうことも、こういうこともないわ。おぬしはナルトの監視に不適格だと認識したからじゃ。」

「どうして、アスマなんですか?」

 カカシの隠されてない目が光ったような気がした。

「紅はまだ上忍になりたての新米じゃ。いざというときナルトを・・・殺すことはできん

じゃろうて・・・。

ガイの班はナルトと他の下忍との実力が違う・・・アスマの班が、的確じゃろう」

 ふぅっと火影は紫煙を燻らせた。

 その目には「逆らうことは許さん」とカカシに語りかけていた。

 カカシはぐっと拳を握りしめた。

 なぜ、そんなに悔しかったのかがわからなかった。

 やっと、あのキツネの顔を見なくて済む、そう思っているに違いないと思っていた。

 だけど、こみ上げてくるのは別の感情。

 だが、それを認めることはカカシにはできなかった。

 復讐を邪魔された。

 そう思いこもうとした。





 それが、自分へまいた罪の種





 カカシは班を移動する前にナルトと話をしようと任務の後などナルトを捕まえようとするが、

ナルトは常に誰か人といた。

 それは親代わりのイルカだったり、ライバルのサスケであったり。

 火影やその孫と一緒にいるのも見受けられた。



 まるで自分を避けているかのように。



 だが、避けられる理由がカカシには思い当たらなかった。

 ある日からぱったりとナルトは夜、カカシのことを待つことはしなくなった。

 さして気にもしていなかった。

 むしろ、清々したと思っていた。

 だけど、もやもやした感情が心の中を占めてどうしようもなかった。



 そして、ナルトは次の日アスマの班へと移った。







 種を植えましょう

 綺麗な花を咲かせられるように

 

 種を植えましょう

 花が咲く瞬間のために

 

 咲かせた花は、枯れるだけだけど





 ナルトがアスマの班に移ったのをサクラやサスケに伝えると何か納得できない、というような顔をしていた。

 納得できないのはカカシだって一緒だったが、

「上の命令じゃゃ仕方ないデショ」

 いつもの調子で軽くは言ったものの、やはりナルトのことが気にかかって仕方なかった。

 アスマに問いつめても、全く知らん顔。

 絶対にアスマが何か言ったに違いないのに。

 顔には出さないようにしていたが、カカシの苛立ちは日に日に増していった。

 

 そして、ある日見たのはナルトの楽しそうな笑顔。

 アスマのズボンをぎゅっと握って歩いているナルトとアスマといの、シカマル、チョウジ。

 何かを話していて、楽しそうに笑っている。

 ばっかねー!!ナルトは、といういのの声となんだってばよー!!とナルトは

全然怒ってもないような様子でアスマのズボンを握りしめたままいのにくってかかってる。

 口では敵わなかったのか、ナルトはすごすごとアスマの隣へと戻り、口をとがらせていた。

 アスマは「元気出せ」とナルトの頭を撫でた。

 そして、ナルトは嬉しそうに微笑んだ。

 見たこともないような笑顔。

 

 そのナルトの顔が、カカシの中にある何かを切った。



 ぷちり、と音がしたと思ったら気が付けばそこから逃げるように姿を消していた。

 

 

 くそっ・・・・何で俺が、逃げるようにしないといけないんだ。

 ・・・・・ナルトのあんな顔、見たことがなかった。

 俺にも見せたことない顔をアスマには見せるのに、ナルトは会いにも来やしないい。

 振りとはいえ、恋人なのに。

 まるで、俺という存在を忘れたかのように。

 アスマの方が、良くなった?



 ・・・?

 これじゃぁ、まるで嫉妬してるみたいじゃないか・・・。 

 そんなことあってたまるか・・・!

 ・・・俺が許せないのは、狐のクセに、俺から大事なものを全て奪っていったクセに、

幸せそうに笑ってるのが気にくわないんだ。

 それ以外の感情はない。

 ・・・・・・・・・殺してやる。



 ナルトを?それとも、九尾を?

 それがわからないまま、カカシはナルトが一人になるのを狙った。





 日の沈むころ、ナルトはやっと一人になった。

 土手で不用心にナルトは寝転がっていた。

 カカシは、気配もなくなるとの側に来て、ナルトに覆い被さった。その手にはクナイが握られていた。

「・・・久しぶりだねぇ、ナルト」

 にっこりと、カカシはナルトにクナイを向けたまま笑った。

「・・・カカシせんせー。久しぶりだってばよ」

 ナルトはクナイを向けられていることにさして驚きもせず力無く笑った。

 さっきの、アスマへ向けた笑顔とは明らかに違う。暗く陰った笑顔。

 まるで、無理矢理笑顔を引っ張り出したかのような不自然な笑みだった。

「・・・ネェ、ナルト。聞きたかったことがあるんだけど、聞いてもイイ?」

「なんだってばよ?」

「なんで、アスマの班に移ったの?ムカつくんだよね~・・・勝手な真似されるとサ」

 ナルトは俺の恋人でしょ?

 そこまで言うと、ナルトは無表情のままぽつり、ぽつりと理由を話していった。

 カカシと、ナルトをぶった女が話していることを聞いたこと。

 それでも好きな自分がいるから、辛かったから離れようと思ったこと。

 なにより、カカシが自分と一緒にいるのがイヤだろうと思ったから班を変わろうと決意したことを。

 拭いもせず、涙を溢れさせながら話すナルト。



 もう、耐えられないよ。

 カカシせんせー・・・・

 俺、せっかく離れたのに。

 カカシせんせーの視界に入らないように気をつけていたのに。

 それなのに・・・

 カカシせんせーは・・・・





 ナルトの心が底まで傷ついているのは、むしろ以前のカカシにしてみれば好都合だった。

 だけど、今の自分の心は罪悪感に駆られている。

 ナルトのことを想うと、以前とは違う感情がこみ上げてきた。

 

 ちがう・・・ちがう・・・ナルトが憎いから殺そうとしたんじゃない。

 ナルトが俺から離れていってしまうと思ったから・・・。

 自分のそばから離れてしまうなら・・・いっそ・・・。

 そう思ったから・・・。

 

 罪悪感に駆られたのも、自分が気が付かないうちにナルトを愛していたから。

 たった今その感情に気が付いた。

 だけど―――――――――――――――



「あのな、ナルト・・・・」

 7班に戻ってこい、そう告げようとしたときだった。

「せんせーはさ、もう、俺が生きてること自体嫌なんだね」

 大粒の涙を流しながら、そう言うとナルトはカカシのクナイの持っていた方の手を振り上げ、自分の喉元へとそのクナイを突き刺した。





 鈍い、肉の切れる音。

 目の前が真っ赤に染まった。

今、沈もうとしている夕陽よりも赤く染まったナルト。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 手には温かな感触、そして、真っ赤な血がしたたり落ちている。

 ナルトは息が絶える前に、鮮やかに笑った。

 そして自分の手を握っていたナルトの手がとさり、と草の上に落ちた音がした。

 同時に、ナルトの目は永遠に開かれないことになった。





 あなたに殺されたかったの。

 でも、殺させてあげない。

 これはちょっとした復讐だから。





 まいた種は真っ赤な花を咲かせた

 後は、枯れるだけ



 だけどその真っ赤な花は

 カカシの記憶からは永遠に枯れることなく、色鮮やかに薫る花

 消えることのない

自分の罪を咲かせた深紅の花







死にネタ注意        




2001/08/30