「・・・貴方、最近お気に入りの子がいるんですって?」
艶やかに笑いながら女は笑いかけた。
「・・・それがどうかしたの?」
男もまた、艶やかに笑った。だけどそれは、本当の笑みではなさそうだ。
どこか嘘の香りがする。そう女は思ったが、いつものことだから特に気に掛けてはいなかった。
「イイの?こんなコトしてて・・・」
するり、と男の背中に腕を回しながら胸に顔を埋めた。
「アハハ・・・イイんだよ別に。別に本気じゃないしね」
くっ、と男は暗い笑みを浮かべた。
それは女が見たこともないような顔だった。
忍びとしてのこの男の顔。いつも冷めている顔だけど、「お気に入りの子」の話をすると、その顔はますます冷たくなった。
「別にアイツのことなんかいいだろ?そろそろ・・・」
ベットに行こうか・・・。
その腰が砕けるような甘い声と甘い言葉に、女は身を任せた。
男はふと、罪悪感のようなものを感じたがそれに気が付かない振りをした。太陽のような笑顔が男の脳裏を掠め、憂いを帯びたブルーの瞳が瞼をよぎった。
見るたびに、憎しみがこみ上げてくるのは気のせいじゃないだろう。
アイツは、里を壊滅寸前にまで追いつめた、憎い九尾のガキ。
アイツが笑っているたびに、楽しそうにしているのをみるとどうしようもなく腹が立ってくる。
今日もそうやって男はそのストレスを発散するかのように女を抱く。
そして、あの子供はその男を今日も待っている。何も知らずに。ただ、その男を待ち続けた。
ただ、純粋に、ナルトはカカシを好きだった。
疑いもなく彼を愛していた。
・・・せんせーは、俺が・・・・こともイヤなんだね。
数え切れないくらいまいた種はナルトの心を蝕んで壊してしまった。
全ては、この瞬間のため。
そう思ってきたのに。
その愚かさに気付いたのは、アノ子の笑顔を失ってから。
まいた種が、真っ赤な花を咲かせてから。
「あなた、うずまきナルトでしょ?」
ナルトが道を歩いているとすれ違った女にふと呼び止められた。
いきなりナルトは呼び止められたことに驚いた。
そして、それ以上に女から向けられる敵意の視線に驚かされた。
もしかして、九尾のことだろうか?
「お姉さん、俺のこと知ってるの?」
できるだけ表情を曇らせず、できるだけ明るくナルトは女に話しかけた。
「あなたを知らない大人なんてこの里にはいないでしょ?」
フ・・・。
成熟した女の笑み。
そして、敵意に満ちた視線。憎しみすらその瞳には帯びているだろう。
「・・・・何の用だってば・・・」
女は威圧的にナルトを見下し、冷たい声で言い放った。
「カカシから離れなさい」
その言葉にナルトはかちんときた。どうして見ず知らずの女に、ここまで言われなければならないのだろうかと。
「な・・・なんでアンタにそんなこと言われないといけないんだってばよ!!」
さすがのナルトも大きな声で言い返した。
だが女は物ともせずに、
「あなたは、カカシにとっては邪魔なのよ?だいたい身の程をわきまえたら?
自分が何であるかは、あなたが一番わかっているでしょう?」
ぐっとナルトは拳を握った。
「それに、カカシだってあなたのそばにいるのは監視のため。いつも言ってるわ。
『監視のためとはいえ、あのガキといるのは辛い』ってね。愛なんてないのよ?
わかったらもうカカシのそばをうろちょろするのはやめて」
「そんなの・・・信じないってばよ・・・」
すでにナルトは泣きそうだった。
あの日々も嘘だったというのだろうか。
好きだよっていってくれて、俺もだってばよって言ったら嬉しそうに「ご~かっくv」
って頭を撫でてくれた。
「・・・嘘だと思うなら、今晩私の家にいらっしゃいな。カカシの口から聞かせてあげる。
それが真実よ」
全ては、この瞬間から
種をまかれて
それは発芽して
心を蔦が覆って
何も見えなくなる
ナルトはその夜、教えられたとおりに女の家に行った。
信じない、そう思っていたのにそれはどんどん大きくなる。
蔦が絡みついて
離れない
木陰から、一生懸命気配を消し、ナルトはじっと待っていた。
ふと、そこに男が現れた。その男はもちろんカカシだった。
コンコンっと女の部屋のドアを叩くと、昼間の女が出てきた。
「あら、早かったのね」
「俺は時間には正確なんだヨ」
ウソツキ。一度だって時間通りに来たことないクセに。
「今日、あなたが担当してる班の子、ピンクの髪の子・・なんて言ったかしら?」
「サクラのこと?」
女は、そうそう、といいながら
「あのこがカカシせんせーはいつも遅刻ばっかりしてきて、ホントに困っちゃう、って
友達に話してるの聞いちゃったわ」
「ま、それも修行デショ」
カカシは表情一つ変えず、さらりと言い放った。
「それと・・アノ子、金髪の子あなたとラブラブなんですって?」
クスクスっと笑い声をたてて視線をちらりとナルトのいる方向へと向ける。
「いつも言ってるデショ?アノ子といるのは監視のためだヨ。オマエはなにが言いたいの?」
別に、と女はカカシを家へと招き入れた。そして飲み物を買ってくるわ、といってカカシを部屋に残しナルトのそばに来た。
「言ったとおりでしょ?」
ナルトはうつむいたまま、何も答えない。
「・・・わかったら、もうカカシのそばをうろちょろしないで頂戴ね。化けギツネのクセに、あの人の周りをうろつかないで、汚らわしい!!」
バシっっ!!
女は声を落としつつもナルトに向かって口汚い言葉を投げつけるとその顔を平手でたたき、その場を後にした。
そこに残されたナルトは、ふらりとそこから立ち去った。
どうやって家に帰ったわからなかった。気が付いたらベットに座っていた。
化けギツネ。
しばらく忘れていた言葉。
叩かれた頬も痛んだがそれ以上に心が痛かった。
でも、やっぱりどこか納得した。
どうして、カカシせんせーは俺の傍にいるんだろうって思ってたけど、やっとわかった
監視のためだったんだね・・・。
好きだって言われて浮かれて、自分のこと忘れてたってばよ。
俺は、化けギツネ。
カカシせんせーが憎んでる、九尾の狐。
だから、カカシせんせーと一緒にいちゃ、ダメなんだ・・・。
俺、わかんなくってゴメンね、せんせー・・・
もう一緒にいたいって思わないから。
本当にゴメンってばよ。
明日・・・任務だ・・・カカシせんせーの顔見るの・・・辛いよ・・・・。
否が応でもあのセリフを思い出してしまうから。
でも、側にいたいんだってば・・・。
その次の日、結果から言うと任務はさんざんだった。
カカシの顔を見るたびにあの言葉がちらついて何度もミスをしてしまった。
任務中はいつもの笑顔で。笑って笑って。
カカシは、昨日何で俺の家にいなかったの?って聞いてきた。
ナルトは昨日はショックでそれどころじゃなかったのに。
だから、ナルトは部屋で待つことはしなかった。
「昨日は家で寝ちゃって、気が付いたら朝だったんだってばよ」といつもの調子で言った。
カカシは「ふ~ん」と、そう言っただけ。
さして気にもしてないみたいだった。
それがまた、ナルトの心を斬りつけた。
蔦はまた、絡み合う
下にある蔦にもココロにも光が届かなくなって
その枯れた蔦はココロにこびりついて
剥がれない