いとしいひと 3



 次の日、カカシはいつものように送れて任務に就いた。

 ナルトもサスケもサクラも変わらないかのように見えた。

けど、ナルトとサスケの様子がどことなくぎくしゃくしているのに気が付きカカシはサスケだけを呼び寄せた。



「ナルトとなんかあった?」



 サスケがカカシのところに来ると、開口一番カカシはサスケにこう問いかけた。

 ぎくっ、とサスケは身を震わせたが、何もいわない。



「ま、何もいわないならいいけど。あまり無茶なことはするなよ」

「・・・お前はナルトのこと好きなのか?」



 サスケの問いにカカシはすぐに答えることはできなかった。



「何で?」

「好きじゃないなら手を出すな。ナルトを見るな。触るな」



 ぎっとサスケはカカシを睨む。



「サスケに言われることでもないデショ?先生なんだからナルトのこと見てても当然でしょ。」

 ふぅっとサスケは息を付くと、



「ナルトと寝た。昨日あったのはそれだけだ。」



それだけ言い残し、サスケはカカシの元を去っていった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 カカシ、1分ほど思考の停止。

 ばっと、カカシはナルトを見た。

 ナルトはカカシと目が合うと、シシシ、と笑いかけた。

 いつものナルトと変わらない笑顔。

 それを壊したくなった。











 オマエが嫌いだよ

 オマエが憎いよ

 オマエを殺したい

 オマエを・・・・



 オマエに伝えるよ。

 そしたらどんな顔をするかな?





「ナルト、先生のこと好きか?」



 任務終了後、解散、と告げたのち、不意に投げかけられた、カカシの言葉。

 意表をつかれてナルトは驚いた。

 てっきり、サスケとのことを聞いてくるかと思ったからだ。



「なんでそんなこと聞くんだってばよ?せんせー?」



首をかしげてカカシの顔をのぞき込む。

瞳をのぞき込む。

久方ぶりにカカシのそれは憎しみにたぎっていた。





ああ、カカシ先生の瞳だ・・・。

俺だけに向けてくれる、カカシ先生の瞳。





「ナルトのことが好きだからだよ?」



 しらじらしくナルトへ紡ぐ言葉。



 愛なんて、かけらも入ってないよ。

俺がこんなキツネを好きになる分けないじゃないか。





 遠くでナルトが笑っている。

 遠くでサスケが睨んでいる。

 サクラは呆気にとられていた。

 ナルトは静かに笑っていた。

 声も立てず、ほほえみを浮かべたままだった。



「そう。」



ナルトはそれだけしかカカシにはいわなかった。



「そう、じゃないデショ?ナルトは?」

「俺?おれセンセェのこと、」





ダイスキダヨ。





 ナルトの口から出た、機械的なオト。

 それはサスケやサクラを驚かすには十分だった。

 カカシですら、驚愕していた。



「・・・ナルト・・・・?」



 戸惑ったかのようなカカシの声。

 ナルトの顔はいつもの無邪気な顔でいた。



「で?ナニが言いたかったの?カカシ先生」



 冷え切ったナルトの声。

カカシを見つめるナルトの眼差しは無機質なものだった。

 今までのナルトとは、うって変わって冷たい瞳。

 総てを否定して、総てを拒絶して、総てを受け止めて、総てを見透かすような瞳。

 カカシは、恐怖した。

 一体、自分はどこまで試されていたのだろうか。

 どうして、自分はナルトの目に映っていないのだろうか。



なんで、なんで、なんで、ナルトの目に映っているのは真っ青な空だけなの?



「サクラ、とりあえずオマエは帰りなさい。」



 カカシが発した一言。

 サクラは腑に落ちないものがあったが、カカシの雰囲気に気圧され、

ナルトのことが気になったが、渋々帰っていった。

 サクラの気配が完全に消えると、ナルトはおもむろに口を開いた。



「先生、殺さないの?」



 小さな声だがはっきりとあたりにこだまするナルトの声。

 カカシは再び、驚きに目を見張った。

 サスケは静かに、目を伏せた。



「どこまで、知ってるんだ?オマエは」

「せんせーが、俺を監視していること。

・・・が暴走したら俺を殺さないと行けないこと。

せんせーが俺を憎んでいること。

せんせーが俺を好きだってこと。

せんせーが俺のこと何にもわかっていないこと。

それで全部・・・ああ、せんせーが俺とサスケが寝たこと知ってるってこともかな?これくらいだよ。」



 にっこり。

 無邪気に笑ってナルトはカカシに告げた。



「ナル・・・・「先生は、俺のナニを知ってるの?」



 カカシの言葉よりも先にナルトはカカシに質問をした。



「ナルトは、木の葉の下忍で、俺の部下で、イルカ先生の元生徒で・・・・」

・・・・九尾の器





知らない。

俺は、ナルトのことをなにも知らない。

カカシから出てくる単語は『何かの』ナルト。





ナルトはそれを笑いながら聞いていた。



「そう、それがみんなが見てる『うずまきナルト』だよ。」

 クスクス・・・。

 ナルトはおもしろそうに声を上げた。

 感情のない笑顔。



「・・・カカシ先生、どうして俺に好きだっていったの?

ホントは、すごく憎んでるでしょ?」

「・・・・なんでわかった?」



 ようやく口を開けたカカシはナルトへ問いかけた。

 ナルトにとっては何でもないことだった。もう、思っていることを口にするだけ。



「見ててわかったよ?せんせーの瞳。

俺のこと憎んでて、瞳の奥で憎しみの光が見えるの。

里の人間みんなそう。瞳の奥で、憎しみがぎらぎらしてるの。

そんな瞳してて、俺のこと好きだなんて・・・。



笑っちゃう。



おかしいよ、先生。俺のこと騙すならもっとうまく騙して。」





 ナルトの顔から、笑顔が消えた。

 あとに残っているのは冷たい瞳だけ。

 薄く歪んだ口元だけ。

 そこにいるのは、誰もまだ見たことがないナルトだった。



「憎いよ、でも、それでも好きんだよ。ナルト」





「そんなことどうでもいいってばよ先生。

俺は、あんたなんかいらない、誰もいらない。俺になんて言って欲しいの?

好きだっていって欲しい?それから俺を殺すの?

『好き』なんて言って、俺に夢を見せて殺したかったんでしょ?

だから、憎んでるのに笑って俺に話しかけて、好きなフリして、大変だったでしょ?

もういいよ。サヨナラ先生。俺の前から消えて?あんたウザイ。

俺のこと殺したいんならさっさと殺せば良かったんだよ。」





『カカシ先生の一番になりたいんだ』





 昨日、ナルトがサスケに抱かれた後に言った言葉。

 サスケにはナルトの言っている意味が分からなかった。

 ナルトの気持ちが自分に向いてないことが分かっていて抱いた。

 ナルトは何も言わなかった。

 ただ、黙って自分に抱かれていた。

 躰が手に入っても、ナルトはするり、と離れてしまった。

 結局手に入れたのは、何もなかった。

 今、やっとナルトの言葉の意味が分かった。

 ナルトは、カカシの『憎しみ』の一番になりたかった。

 それだけで、いつまでもカカシの心にナルトは居続けるから。

 憎しみはよほどのことがない限り薄れることのない感情だから。



 サスケは誰にも見られないように薄く笑った。

 そして、ナルトへ声をかけた。



「ナルト、とりあえず俺は帰るから、そこの上忍としっかり話し合え。

昨日のこともふまえて、話してやったらどうだ?」

 ナルトの返事を聞かぬまま、サスケは家路についた。

 きっと、諦められない。だけど、今のナルトの心にカカシ以外はいないから。



「ちっくしょ・・・・」



サスケはこみ上げる涙を必至にこらえた。







「サスケ、帰っちゃった。俺も帰ろうかな。」



 ふと、ナルトはいつものナルトに戻る。

 まるで、何もなかったかのように。



「まだ話は終わってないよ。ナルト。お前はサスケが好きなのか?だから抱かれたのか?」

 

 ぐっと、カカシはナルトの肩をつかむ。

 ナルトは、カカシに触られた瞬間、ばっとその手を払いのけた。



「触らないで。」

 

 再び冷めた瞳をカカシに向けた。

 そして微笑む。



「・・・・・・別に、サスケが好きだから抱かれたわけじゃないってばよ。

俺、好きだとかそういう感情わかんないしさー。

誰かにそばにいて欲しい日だってあるじゃん?せんせー。後は成り行き。それだけ」



 冷めた瞳。冷めた口調。冷めた感情。

 ナルトの総ては凍り付いていた。

 12年間憎まれ、蔑まれ生きてきた。

 どうして暖かな心をもてるだろうか。





「サスケが、かわいそうだとか思わないわけ?オマエがやったこと、結構最低だネ。」

「カカシ先生ほどじゃないよ。ああ、サスケは大事な生徒、俺はキツネだもんね。

アンタがサスケかばうのも無理ないか。もう帰るよ、せんせーまた明日ね。」



 にこぉっと笑い、カカシを見た。

 天使のような笑顔。

 だけど、寒気がするほど怖いのはなぜだろう。

 カカシの背中に悪寒がはしった。

 どうしたら、たかが12歳の子供が、ここまで綺麗で禍々しく笑えるのだろうか、と。

 だけど、カカシに向けられてた笑顔がこの笑顔だと言うことに初めて気が付いた。

 そして、自分がどれだけナルトのことをわかっていなかったか理解した。

 サスケに嫉妬した自分。

 ナルトにいらだった自分。

 恋だと、気が付き始めていて、否定し始めたのはいつからだろう。



「わかってくれ。ナルト・・・俺はオマエの中の九尾が憎い。

だけど、オマエのことは愛しているんだよ。・・・愛してる、ナルト・・・」



心がじくじくと痛む。

決してナルトの心は自分には向かない。

自分には開いてくれないだけど、それでもカカシはナルトに伝えたかった。



「・・・・・めて・・・やめてってば!!そんなこと言うなよ!!誰も、誰も俺の中に入ってこないで!!!俺は知らない、愛してるなんて感情知らないっっ!!嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い!!認めない、誰も認めないっっ!憎んでよ!!殺すくらい。」



ナルトはカカシの言葉を聞くと両腕で頭を抱え込み叫んだ。

そして、走り出した。









 愛さないでください。

 憎んでください。

 あなたの心を俺への憎しみで満たしてください。

 いつか薄れゆく愛よりも、憎んで憎んで、殺してください。

 あなたを愛していることは決して口にはしないけど、俺はあなたのことを・・・・・・・







 愛して。

 俺を好きになって。

 オマエの心を、俺へのでいっぱいにして。

 いつか心からオマエは俺に笑顔を向けてくれて、好きになって、愛して、俺に愛を囁いて。

 オマエを愛しているって、俺は言い続けるよ。

 俺は、心からオマエのことを・・・・











 堕ちたのは、どっち?












いとしいひと完結。     



2001/08/30