カカシは、ナルトとサスケと分かれたあと、時間をつぶすために外をふらふらしていた。
一楽の前を通りかかると、ナルトとの約束を思い出す。
どこか、明日を心待ちにしている自分にカカシは少し驚いた。だが、すぐに頭を振り、 自分の中に芽生え始めたかもしれない想いを否定した。
俺は憎んでる。
あの狐を。
ナルトを。
九尾とナルトを憎んでいる。
そう、言い聞かせるように。
そして、カカシの瞳が一楽の窓の一つに留まった。
そこに見たのは、ナルトがサスケと楽しそうに食事をしている姿。
ナルトガワラッテイル。
自分以外の前で、よりにもよって、サスケの前で。
カカシは、自分の中に憎しみとは違った何かどろどろした感情が生まれるのがはっきりとわかった。
ドウシテワラウノ?
オレニハワラッタカオシカミセナイクセニ、さすけ二ハ
オコッテルカオトオンナジヨウニ、ワラッテルカオモミセルノ?
目の前が黒いもので塗りつぶされるような感覚がした。
笑っているナルトの声が耳にはいるとさらに自分の前の黒さは増した。
サスケのほうに目を向けると照れたような表情(ほとんど無表情に見えるが)でまともにナルトと話している。いつもみたいに突き放すような言葉ではなくて、言葉を選んでナルトと話しているようだ。
そんなサスケに、ナルトも笑顔で返していた。
これ以上は、見たくなかった。ナルトの笑った顔も、サスケの照れたような顔もすべてを見たくなかった。
カカシはやはり静かに消えていった。
カカシが見ていることを、ナルトは珍しく気が付いていなかった。あれだけツンとした態度をとっていたサスケとまさか一楽に来ようことになるとは思っていなかった。
いつものサスケとは違い、サスケはいろいろな話を聞いてくれたし、してくれた。
いつも、冷たい態度しかとらないサスケが、自分の話に耳を傾けてくれそしてサスケ自身の話までしてくれた。ナルトには初めてのことで、とてもうれしく感じられた。
誰も、自分の話を聞いてくれなかった。
誰も、自分の話をしてくれなかった。
誰も、自分と対等な位置で話してくれなかった。
見下した話し方か、一方的な敵意を持ったそれ。時には卑下され、時には罵倒された。
話してやっているんだ、と優越感を持って話しかけてきた人間がナルトにとって一番嫌いだった。何よりも虫酸がはしる。殺したいくらいに。
「オマエは、どうしてカカシの前では笑ってるだけなんだ?」
・・・。
実に意表をついてでたサスケの言葉。
さすがのナルトも少々度肝を抜かれた。ここ数年、激しく驚くことなんてなかったのに。まるで自分のことを見透かしたようなサスケの言葉に少し焦っていた。表情には出していないが。
「へ?言ってる意味がわかんないってばよ?」
「だから!!なんでカカシの前では笑った顔しかしてないんだ!!」
だんっ!!
机にたたきつけた拳の衝撃で、まだ半分くらい残ってるサスケのラーメンのスープが揺れる。
「・・・カカシせんせーの前では、いつも笑っていたいんだってば。」
あの瞳を見るために。
憎しみの瞳でずっと見てくれるように。
センセイ。
センセイが、一番俺のこと憎んでくれるから。俺を、一番にしてくれるから。
ずっとその瞳で見ていて。
ナルトはサスケにそれ以上何も言わなかった。
サスケもまた、何も聞かなかった。
聞けなかった。
それ以上聞けない何かがナルトにはあったから。
初めて見るナルトの光のない瞳にサスケは驚いた。
何も映していない、虚ろな瞳に、自分はおろか、カカシも、イルカも映ってないかのと思うかのような瞳。総てを見ていないかのような瞳だった。
「ああ・・・悪かった、変なこと聞いて。」
「謝るなんて、らしくないってばー!!」
すぐにナルトには明るい声が戻った。そして光のある瞳も。
サスケってば、結構鋭い。さすがはうちはのエリートサマ。
カカシせんせーよりよっぽど鋭いんじゃない?久々に、会ったよ。俺の笑顔に気が付いたやつに。イルカ先生以来かな。俺が、どれだけ笑っていても、俺が心の底ではなんにも感じてないって知ってるのはイルカ先生とじっちゃんだけ。
喜びも、悲しみも、憎しみも、俺には、何にもわからないよ?
誰かを嫌いになるって何?最初から好きじゃなければ、嫌いにならないでしょ?
誰かを好きになるって何?俺にはわからない感情。
誰かを好きになるなんて、俺にわかる分けないだろ。そんな感情、誰も教えてくれなかった。
俺に向けられるのは、憎悪、憎悪、憎悪、憎悪。刺すような、憎しみだけ。
里の連中が教えてくれたのは、憎しみと、悲しみと、怒りと、アワレミ。
どれも、全部もらってあげるから、だれも俺の中に入ってこないで?
感情なんていらないよ。
この世で、信用できるのはイルカ先生とじっちゃんだけ。他の誰も信じないよ。
そして、信頼してるのは、
俺の中にいる、九尾だけ。
ずっとそばにいてくれたのは、九尾だけだったから。
ずっと、そばにいさせてくれたのはあいつだけだったから。
俺が、一番信じていないのは・・・・
「じゃーな、サスケー!!また明日だってばよ!!ラーメン奢ってくれてアリガトvv」
ナルトとサスケの道の分岐点で、ナルトはサスケに至極明るく別れの挨拶を告げた。
手が引きちぎれんばかりに手を振るナルト。
そんなナルトを見て、サスケはまた苦しくなった。
何を隠しているの?
お前の笑顔の下にはどんな顔が隠されている?
一番信用できないのは、自分自身。
顔に出していることと、心で思っていることが違いすぎるから、俺は自分が一番信用できない。
泣けば、鬱陶しいと言われた。
睨めば、憎たらしいと言われた。
表情を表に出さないと、不気味だと言われた。
笑えば、
笑えば、
笑えば、
・・・・癪に障ると言われ、殴られた。
一体どんな顔をすればいいの?
だったら、いっそずっと笑っていてあげる。どれだけ殴ってもかまわないよ。
勝手に殴れよ。俺は痛くないから。
好きなだけ殴れよ。おまえたちの滑稽な姿を見ていてあげるから。
笑い続けてあげるよ。
次の日カカシは相変わらず遅刻をしてきた。
それでもいつものように任務にはいり、いつものように任務についている生徒たちを眺めていた。
おかしいのは一つ。
カカシはナルトと瞳を合わせようとしない。
ナルトが話しかければ、カカシはちゃんと答える。
いつものように。
だが決して瞳を合わせようとしない。
ナルトは何とも思わなかったが、カカシの憎しみに燃える瞳を見られないのは何か物足りない感じがしていた。
当然、サスケもそんなカカシに気が付いていた。
「オイ、ドベ・・・おまえ、カカシになんかしたのか?」
「してないってば!何で?」
まるで気付いてないかの様子に、サスケはふぅっとため息を付く。
「・・・わかってないなら、イイ。」
ふいっとサスケをそっぽを向く。
かちん・・・
勢いよくカカシと瞳があった。
そして、カカシは決まり悪そうに目をそらした。
サスケはしばらく考え込むと、おもむろにナルトへと話しかけた。
そんな、サスケにカカシがおもしろく思うはずがない。
カカシはナルトの瞳を見ることができなかった。もう一度ナルトの瞳を見れば、囚われることは必至だったから。
「せんせ?」
ひょいっと、かんたんにナルトはカカシの顔をのぞき込んできた。
ばっちり瞳はあってしまった。
だが、カカシはとてつもなく不自然に、瞳をそらしてしまった。
クス・・・・。
不意に漏れたナルトの笑い。
カカシには聞こえていないようだ。
「どうかしたのせんせ?あたまいたのせんせ?」
どこか甘さを含めたようなナルトの声。舌っ足らずな、ナルトの口調。
カカシは警鐘を鳴らした。
これ以上、ナルトに関わるな!!
「イタくナイヨ。な~ナルト・・・本当に悪いんだけど、今日も夜任務でダメになっちゃった。一楽。」
「・・・仕方ないってばよ!!任務じゃ!センセーも大変だね。もういいてっば、一楽はまた今度にするってばよ。」
キツネの先生やって、キツネを見張って俺を見張って。
いつ俺を殺しにくるの?
ナルトはにっこり笑うと
「任務がんばってね先生。」
それだけ言い残してサクラとサスケのところへかけていった。
いつもの舌っ足らずな言い方ではなかった。
『もういいってば』
ついつい、ナルトの口から出たあきらめの言葉。
それは本音だった。
もういいよ。
もう嗤って?
もう嘲って?
楽しんだよね?先生。
俺が先生に懐いてるって思ったでしょ?
俺が先生好きだって思っていたんでしょ?
思い上がりも甚だしいよ。元暗部のカカシ先生。
それからというもの、カカシとナルトはいっさい瞳を合わせなかった。
カカシは、ナルトを監視する任務は遂行しているもののナルトがカカシのほうを見た瞬間、瞳を逸らす。
ナルトは、そんなカカシの視線に気付いていたが、決してカカシの瞳を見ようとは思わなかった。
憎しみのこもってない瞳など見たくないから。
そして、サスケはしばしば、ナルトと食事をしたり、お互いの家に行き来したりしていたようだ。時にはサクラも一緒に。
日増しにカカシのイライラは募っていった。
自分をのけ者にしたかの様な自分のカワイイ生徒たち。
目の前で繰り広げられる話は、自分の知らないナルトのこと。
自分以外に向けられるナルトの笑顔にカカシはイライラしていた。
ナルトは、カカシを見ているが決して瞳は見ようとしない。
ナルトはカカシの瞳を見たくなかった。
何もないカカシの瞳を見るのがイヤだった。
憎しみを向けて。
他はどんな表情でもイイから。
どんな態度でもイイから。
憎んで。
最近ナルトとサスケは仲が良くなった。
相変わらず喧嘩するのはいつも通りだが、それでも減ってきた。
みたところ、サスケがナルトに積極的に話しかけて来ているようだが。
おもしろくない。
カカシはその一言につきていた。
ナルトとする会話と言えば、せいぜい任務のことくらい。
以前のように笑ってもくれない。
自分には向けられなくても、サスケやサクラには向ける笑顔。
それがカカシにはおもしろくなかった。
自分が最初に約束を破ったからナルトが怒っているのはわかっていた。
それでも、当てつけるかのようにサスケと仲良くしなくてもイイじゃないか。
九尾のガキが、気安く里でのうのうと暮らすなよ。
「せーんせ。」
久方ぶりにナルトはカカシに話しかけた。
「どーした?ナルト」
「ん、せんせー、ごめんなさい。せんせーが一楽行く約束破ったからって、
すねたりして。任務だってわかってたけど・・・ホントウにごめんなさい。」
口からウソならいくらでも言えるよ。先生。
俺が先生に好意持ってるって知ったら、また憎んでくれる?
憎い憎いキツネから好かれていたら、せんせーはどうするの?
拒絶しちゃう?それとも受け入れちゃう?
たぶん、前者だよね。そうでもないかな、
たぶん、嗤うでしょ?先生は。
バカなキツネが、引っかかったって嗤うでしょ?
「気にしてないよ。先生が悪かったんだから。じゃ、今日一緒に一楽行こうか?」
ぽふぽふ。
ふわふわした金色の頭をなでる。
カカシは心の底から安堵していた。
自分がナルトから嫌われてなかったと言うことに。
これで、これでまたあいつをズタボロに傷つけることができる。
カカシはそう思いこもうとしていた。
キツネに、それ以上の感情を持ち合わせてない、というように。
嫌われてたら話にならないでしょ?
だから計画がダメになると思ったからあんなに焦ったんだ。それだけ。ナルト、ずっと俺のこと好きでいてよ。
俺も好きでいてあげるヨ。そのときまで。
「ん、でも今日はサスケと・・・・」
かちん・・・
最近のナルトは、サスケサスケサスケ。
自分と一楽に行くのとサスケとの約束どちらが大事なのだろうか。
少しだけ、カカシのオーラが不機嫌なものになっていった。
「せんせー、ゴメンね。」
ナルト、とサスケの声がしたのでナルトはそれだけカカシにいうとサスケの元へかけていった。
ぐっと、カカシは拳を握りしめた。
離れていくナルト、いっそ、壊してしまえばこんな気分になることもないかもしれない、とカカシは考えていた。
どんな顔するかなー
俺が、オマエを憎んでるって知ったら。
泣いちゃう?
続