「カカシせんせー!」
どんっと体当たりをするようにナルトはカカシの腰のあたりにしがみついた。
そのままぎゅっと抱きしめて、逃げられないように力を込める。
「ナルト…痛いよ」
カカシは腰に回されたナルトの腕から逃れようとするように後ろを振り向いた。けれどがっちりと回されたそれははずれる気配を見せない。
「ねぇねぇせんせー!一楽行こうってば!」
後ろからカカシの顔をのぞき込むように、ナルトはすでに恒例になりつつある「一楽に行こう」という誘いの言葉を投げかけた。
「奢らせようとか思ってるんでしょ。ダーメ」
ねだってくるようなまなざしを向けてくるナルトに苦笑いを浮かべながら、カカシは答えた。カカシのその答えに、ナルトはまたぎゅっとカカシの腰に回した腕に力を込める。
「…どーしてもだめだってば?」
うるうると、ちょっぴり潤んだ瞳で見上げてくるナルトに、ほんの少しだけカカシはうろたえながら「ごめんね」とナルトに告げた。
「また、今度ね。それに…今日はこの後任務が入ってんの」
「…任務?」
カカシの『任務』という言葉にナルトの声が一オクターブくらい下がった。その微妙な声の変化にカカシは気づいていない。
「そ。だから、また今度ね」
「またアスマせんせーと一緒なんだってば?」
「ウン。ほんとむさ苦しいったらないよね。毎回毎回アスマとだなんてさ」
「へ〜そうなんだ…アスマ…せんせーと…」
「ごめんね?行くときは俺が奢ってあげるから」
ナルトがうつむいてしょんぼりして見えたのか、カカシは金色の髪をくしゃくしゃとかき混ぜて、ナルトが元気が出るような言葉を投げかける。
「うん!任務ならしょうがないってばよ。今度、楽しみにしてるってば!」
次の瞬間、ぱっと顔を上げて、笑顔でナルトは告げた。
「じゃ、そろそろ時間だから行くね。ナルトも気をつけて帰るんだよー」
「あ、カカシせんせー!」
さりげなくナルトの腕から逃れて行こうとするカカシをナルトは呼び止める。くるっと振り向いたカカシの服をつかんで背伸びをするとちゅっとカカシの頬にキスをした。
「いってらっしゃいのちゅーだってば!」
にこにこと、邪気のない笑顔で言うナルトに、カカシは一瞬絶句したものの、気を取り直したのか行ってきます、とだけ告げて足早に去っていった。カカシの姿が見えなくなるまで、ナルトはにこにこと笑顔で手を振っていた。
「…さてと」
にこにこと、カカシに向かって笑顔で手を振っていたナルトは、一瞬にしてその笑顔を凍らせて鋭い目つきで後ろを振り向いた。
「なんだ、また振られたのか?」
ふぅ…と紫煙をはき出しながらナルトの後ろにいたのは、ナルトがカカシを一楽に誘うと毎度毎度、狙ったかのようにカカシと一緒に任務につくアスマが立っていた。
「…何っ回邪魔すれば気が済むんだってばよ?あぁ?」
先ほど、カカシに見せていた顔とはうってかわって凶悪な顔をしてアスマに詰め寄る。
「…や、俺のせいじゃねぇだろ…」
ぽつり、とアスマは呟くけれどナルトの耳には届いていないようで、相変わらず怒りのオーラを全身から発している。
「つうか、お前がカカシと任務に入ればいいだろ、そんなに好きなら」
「ざけんな。バレたらどうすんだ?え?お前、それで俺がカカシに嫌われたら責任とってくれるのか?」
あぁ?といいながらナルトはアスマの胸ぐらを掴み上げる。
「苦し…お、カカシ」
「っ!…カカシせんせー、任務行ったんじゃなかったんだってば?」
慌ててアスマから手を放し、いつも通りの顔を作って振り向くけれど、そこには誰もいなかった。
「貴様…っ」
ぎらり、とアスマをにらみつけると、アスマは降参といったように両手をあげた。
「…お前、カカシのどこがそんなに好きなんだ?」
はぁ、とあきれたようなため息をついて苦笑いを浮かべながらアスマはナルトに問いかけた。
「なんでお前にそんなこと言わなきゃいけねーんだよ」
「興味」
ナルトのといかけに、今度はにやにやと笑いながらアスマは答えた。
「興味本位かよ…」
「で?なにがなにがそんなに好きなんだ?」
「…可愛いとこ」
「はぁ?可愛い?あの可愛げのかけらもないような男が?可愛い?!」
ありえねぇ、と言いながらアスマはげらげらと笑った。それはもう、おなかを抱える始末だ。そんなアスマの態度に、ナルトの怒りのメーターが一気に限界点に達した。
どすっっ。
「死ね」
アスマのみぞおちに思い切りパンチをたたき込んで、今度は痛みで蹲るアスマを放置してナルトはその場をあとにした。
別に、アスマにカカシが可愛いことをわかってほしいわけではないけど、笑われるのはなんとなくむかつく。
ふ、とさっきカカシの頬にキスをしたときのことを思いだして、ナルトの表情が柔らかくなる。
あのときのカカシは、何でもないような顔をしていたけど一瞬だけ頬を赤くしたのをナルトは見逃さなかった。
「ほんと、可愛いヤツ」
ぽつり、とナルトはつぶやいて、家路を歩いていった。
ちゅ、と柔らかい感触が、自分の頬に落ちたとき、いったい何があったのかわからなかった。
”いってらっしゃのちゅーだってばよ”
そうナルトに言われてからやっとナルトにキスをされたんだと気がついて、その場にうずくまりそうになった。
そっと、カカシはナルトの唇が触れたところに手をはわせる。
ナルトの唇の感触を思い出して、カカシはそのまま頬を赤く染めた。
「…一体、どこであんなこと覚えたんだろ」
そうつぶやいて、カカシはうわぁ、と言いながらうずくまった。
うれしいけど、ちょっぴり恥ずかしくて、思い出すだけで頬があつくなる。
これから任務だというのに、平静を保っている自信がない。
けれど、任務の相手はアスマだ。思い切ってはき出すのもいいかも知れない。こんなこと一人で考えて悶えてるよりも、アスマに話した方がずっとすっきりするに違いない。
話される方の迷惑はまったく顧みずに、カカシはアスマに話すことを心に決めた。
「…いってらっしゃいのちゅー」
ぼそり、とカカシの耳元で聞き慣れた声がした。
くる、と振り向くとアスマがそこに立っていた。なぜだかお腹をさすりながら。
「…見てたぞ。よくもまぁ、あんなところで恥ずかしげもなく」
おかげで俺は3日は飯が食えねぇ、とアスマは心の中でつぶやきながら痛みが残る腹をさする。。
「…見てたの?」
ぼっ、という音が本当に聞こえてきそうになるくらい、カカシの頬が赤く染まった。
「お前がショタコンだったとは…思わなかったぜ」
にやにやと笑いながらアスマは煙草を銜えて火をつけた。カカシをからかうのは、心の底から楽しい。その場にナルトさえいなければ。
「ちょっ…ショタコンって…っ」
「違うのかよ」
「そーじゃなくて、俺はナルトだけが好きなの!」
「へぇ、そうだったのか」
「なに?!今の誘導尋問?!」
キャー!恥ずかしい!と言いながら、まんざらでもなさそうな顔で顔を覆うカカシを、アスマは気色悪そうな目で見つめていた。
恋というものは、ここまで人を貶めるものなのだろうか。
写輪眼のカカシと言われ、ビンゴブックにも名を連ねるこの男が14も年下の子供(しかも男)にきゃぁきゃぁ言ってる様は他国の忍には見せられたものではない。
「…でもね、ナルトの前だと恥ずかしくなっちゃってつい、任務を理由に逃げちゃうんだよね…」
そのせいで、俺がどれだけ苦労してるかお前にもわからせてやりたい。
と、アスマは心の中でつぶやいた。
「ナルトがあまりにも可愛いからさぁ…v」
カカシせんせー、とあの舌っ足らずの呼び方が可愛くて仕方がない。
それに、何度も断っているのに、ラーメンに誘ってくるナルトが、もしかしたら自分のことが好きなんじゃないかとたまに思ってしまう。
ナルトが自分のことを好きかも知れない、なんて考えるたびにカカシの胸はどきどきとたかなって落ち着かなかった。
けれど、極悪なナルトの顔を見ているアスマはその言葉には頷けなかった。
たしかに、見た目は可愛いかもしれない。とくに、カカシに接しているときには。
けれど、ひとたびカカシがいなくなるとガラリとその表情が変わるのだ。パンチを入れられたみぞおちがずきずきと痛む。何度、カカシと任務に行くと言うだけで、殴られたかわからない。
いや、殴られるだけならまだいい。たまにナルトと一緒に任務にはいると、わざとかと思うくらいの至近距離でクナイを投げつけられたりする。今生きているのは、紙一重で命からがらかわしているからだ。
一瞬だけ見た、ナルトの鈍く光ったあの目は忘れられない。
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