「カカシせんせー大好きー!」
子供は眩しいくらいの笑顔を浮かべて言った。初めて会ったときから変わることのない笑顔。
それは誰にでも向けられている表情。トクベツなものなどなにもない。大好きという言葉もナルトの口癖みたいなもの。
「ん〜…俺は、お前のこと嫌い」
そう口にしたカカシの言葉に、ナルトは一瞬だけ表情を歪ませた。カカシはそれに気づかない。
「ちぇー、カカシせんせー冷たいってば!」
いーっとナルトは歯をむいた。それはやっぱりいつものナルト仕種で、カカシも軽口を叩くようにもう一度言葉を口にした。
「ん〜でも嫌いなものは仕方ないデショー?」
にこ、と笑ってカカシは言う。別にナルトのことが嫌いなわけではないがなぜか嫌いだと言ってしまったのだ。
それも、2回も。
後にこのことがどんな結果を招くかも知らずに。
ナルトが一瞬だけ歪めた表情に気づいていれば事態は好転していたかもしれない。
「俺のこと、憎むくらいキライ?」
「ん〜どうだろうねぇ…」
問いかけに言葉を濁したカカシに向かって、ナルトはにっこりとわらった。
「じゃー俺もカカシせんせーのこと嫌いになるってば!」
ナルトの突拍子のない言葉にカカシは唖然とした。さすが意外性ナンバーワンだ、と。
「ま〜たお馬鹿なこと言ってるネェ…」
くくっ、とカカシの口から笑いが漏れる。
「いーの!俺が嫌いになるって決めたんだから!笑うなってば!」
ぷいっとナルトは怒ったように顔を背けた。
「ハイハイ」
ナルトが膨れているのをカカシは適当に流した。どうせ明日になればコロっと忘れているだろうから。
「じゃあ、もー帰んなさいね。俺忙しいのよ」
追い返すようにしっしとカカシは手を振った。
「帰るってばよ!そんなふうにされなくても!」
スタスタとナルトはカカシに背を向けて歩き出した。
「バイバイ、ナルト。任務遅刻すんなよー」
「カカシ先生、に言われたくないってばよ!」
べーっと舌を出してナルトはその場を走り去った。相変わらずドタバタしていて、忍者らしさのかけらもない。またカカシは苦笑してナルトが去って行った方に背を向けて歩き出した。
※※※※※※※※※※※※
ナルトが「嫌いになる」宣言をして早10日。ナルトの態度はまったく変わるところがなかった。
カカシはやっぱり忘れたんだろうな、と思いながらだんだん「嫌いになる」と言ったナルトの言葉を忘れていった。
「おはよう、諸君。いや〜今日は寝坊しちゃってねぇ…」
「いつもでしょーがあんたは!!」
カカシのふざけた台詞に噛み付いたのはサクラだけだった。
「アレ?」とカカシは首を傾げる。普段ならサクラと一緒になって噛みついてくるナルトの姿が見あたらない。
「ねぇ、ナルトは?」
「ナルトなら忘れ物があるからって取りに帰りましたよ。カカシ先生はあと一時間は遅れてくるだろうって踏んでましたから」
「ふーん。じゃあ、俺ナルトを迎えに行ってくるから先に始めててよ」
「はーい。あ、カカシ先生」
「ん?」
「えーと…あの、ナルトのことなんですけど……」
とっさにカカシを呼び止めたものの、サクラは言いにくそうに言葉を濁した。
「ナルトが、どうかしたの?」
「あの…ナルト最近ちょっと様子がおかしいんです」
「え?そう?」
ナルトの様子がおかしいところなんてあるようには思えなかった。
普段通りにお馬鹿だし、うるさいし。
「いつも集合時間の十分前には来てるのに、最近遅刻したり、この前は寝不足で立ちくらみしたり。なんか、おかしいんです。ナルト」
「ふーん。ま、一応聞いとくよ」
「お願いします。私やサスケ君がどんなに聞いても大丈夫、なんにもないからって言うだけで……」
サクラはナルトのことを思ってか心配そうに目を伏せた。
そんなサクラの様子をカカシはどこか遠くで見ている。
ナルトの調子がおかしいなんて信じられないのだ。遅刻はともかく、立ちくらみを起こすくらい体調が悪いのなら少なくとも顔色に出るはずだ。
「ま、とりあえずナルトを迎えに行ってくるよ。サボるんじゃないぞ〜」
あんまりやる気を感じさせない言い方をしてカカシは姿を消した。
サクラは心配そうにカカシが消えた場所を見つめている。相談したものの、普段どことなく冷たさを感じる瞳でナルトを見ているカカシにサクラは気づいていた。
「サクラ、行くぞ」
「…うん」
サスケから声をかけられても、その表情は浮かないままだった。
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