Elimination (琴線に収録)




あなたは、愛しているフリに疲れていたから。
忘れることがあなたの幸せだったのです。




















「お前、だれ?」
 銀色の青年が、金色の少年に言った言葉。金色の少年―ナルトは驚いたように目を見開いた。
「…カカシ、せん、せぇ?」
 困惑した表情で、ナルトはカカシに問いかける。
「俺、さっきまで前線にいたはずなんだけど、なんで木の葉に帰ってきてんの?」
 視線の先はナルトではなく、その先に立っているアスマに向けられた。アスマも、つい銜えていた煙草を床にぽろり、と落とす。
「…てめ、なにふざけてんだ…?」
「あれ?アスマ、ちょっと老けなかった?」
 飄々とした物言いは、カカシそのもので。だけど、今のカカシはナルトを全く見ていない。
 まるでナルトの存在を消したかのように。
 ナルトは、凍り付いたまま動かない。カカシから伝わってくるぴりぴりとした気配が、ナルトを動けなくしていた。
 それは、普段里人から受ける気配。
 殺気、憎しみ。

 嫌悪。

 ぞくっと、ナルトは身を震わせた。
 今まで浴びたどの感情よりも、冷たくて、痛いカカシのそれ。
 自分の存在など、消し去ってしまおうという明確な意志。
 だけどそれは、きっと抑えていた、カカシの感情。
「うずまき?どうしたんだ?」
 アスマに問いかけられて、やっとナルトは金縛りにあったかのような呪縛から解かれた。
「え、と、俺……ツナデのばーちゃんに知らせてくるってば!!」
 そういうやいなや、ナルトはばっとカカシの病室から逃げるように立ち去っていく。それこそ、アスマが止める間もないくらい早く。
「…どーして、俺の傍にあの狐がいるわけ?」
 ナルトが出て行って少したった頃、カカシは面倒くさそうに口を開いた。
 そして、その言葉にははっきりとした嫌悪が入り交じってる。
「お前、あいつのこと覚えてないのか?」
「狐デショ?俺が……あいつのことを忘れるわけがないじゃん」
 憎んでも憎み足りないというようにカカシは唇をかみしめた。ここにいるカカシは、いつものカカシではない。
「…信じ、らんねぇ…」
 心底信じられないといった風な表情で、アスマはカカシを見つめた。今のカカシはナルトに対して甘々な視線を投げかけていたころの雰囲気をまるで感じさせない。
 そこにあるのは、ナルトへの愛情ではなく、殺意と憎悪。
「…目が、覚めたのか…気分はどうだい?カカシ」
 と、そこへ音もなくツナデが現れた。おそらくカカシの異変には気づいているだろうが、ツナデは意外に冷静だった。
「あれ?ツナデ様?なんでこんなとこいるんですか?」
「…ほんとに、忘れてるんだな…」
 ツナデはあきれたようにため息をつく。
 先ほど、ツナデの元に駆けてきたナルトの顔が今にも泣きそうだった。カカシの意識が戻ったというのに、泣きそうな顔で飛び込んできて、カカシが目覚めたことを告げた後、笑顔をむりやり作って、サクラやサスケに知らせに行くと駆けだしていった。
 ナルトのあの顔を思い浮かべると、可哀想になって仕方がない。
「…で?あんた、どこまで覚えてるの?」
 少し険がある口調でツナデはカカシに問いかける。
「さぁ?前線にいたとこくらいまで?それよりも…なんでアレがいるのか、説明してくださいますかねぇ…?」
 アレ、がナルトを指していることをツナデは容易に想像できた。
「…今のあんたに話しても無駄だから、やめておくよ。どうせ、事実を受け入れないだろうし。それにしても、情けないねぇ…写輪眼のカカシともあろうものが…」
 ふぅ…っと再びため息をついた。ツナデは正直言って腹立たしかった。忘れてしまってる上に、ナルトをアレ呼ばわり。
「ふざけんなよ……」
 ぼそり、と本音がツナデの口からこぼれ出る。
「え?なんか言いました?」
「なんでもない。とりあえず安静にしてな。これからのことはまた後々考えよう。アスマ、頼んだぞ」
 カカシの監視をしろと言うことだろう。ツナデの意図がわかったアスマは面倒くさそうに頷いた。
「カカシ先生っ!!」
 ツナデが出て行こうとしてきた瞬間サクラが飛び込んできた、送れてサスケが入ってくる。
「あー、ごめん、誰かわかんないんだよね」
「…ナルトが言ってたの本当なんですね…忘れてるって…」
 ナルト、という単語に、カカシはぴくり、と方眉を上げる。訝しそうに。
「…ところで、ナルトはどうした?」
 ナルトの姿が見えないことに少し不安を感じたツナデは、サクラに問いかける。
「えと…なんかイルカ先生のところに行くって言ってましたけど…」
「そうか…。カカシに、お前達が知ってることを話してやっておいてくれ。私はナルトのところへ行ってくる」
 そして、来たときと同じように音もなくツナデは立ち去っていった。
 残された4人はなんとなく気まずい沈黙が漂っている。
「……なにから、話せばいいのかしら…」
 いつもと雰囲気が違うカカシにサクラも戸惑っていた。サスケも、少なからず動揺している。カカシが気になる、というわけではなく、やはりツナデと同じようにナルトのことを気にしていりようだ。
 アスマはやれやれ、というふうにため息をつき、病室だというのに煙草に火をつける。アスマが吐いた煙は窓の外へと吸い込まれていった。