初めてナルトを見かけたときなんて綺麗な人間なのだろうと思った。
だから
どうしても手に入れたかった―。
「ねぇ、俺のお嫁さんにならない?」
いきなり、人の腕をつかんで何を言うかと思ったらカカシはナルトに出会って一分足らずでナルトに求婚した。
ナルトは驚きに目を見開いていて、少し後ろへ後ずさっていた。
「いきなりなにを…俺、男だってばよ!」
「うん、わかってるよ?でも綺麗だから俺のお嫁さんになってほしいのv」
にっこりとカカシは笑った。その笑顔にナルトはどきり、と少し胸を高鳴らせる。しかし、そんな胸の高鳴りを振り払うように首を振る。
逃げようとナルトはカカシの手をそろり、とはなそうとするが、カカシは逃げられるまいとナルトの腕をつかむ力を強くする。
「ねぇ、名前なんていうの?」
「……ナルト、だってば」
少しだけ腕が痛くてナルトは顔をしかめてカカシの質問に答えた。
このとき、名前を素直に答えてしまったことに、ナルトは後で後悔することになる。
「俺は、カカシ。じゃぁさ、今度またあったときまでに考えておいてよ。ね?」
ナルトの顔をのぞき込むようにカカシは首をかしげてナルトに問いかける。
「う、うん…わかったってば…」
きっと、次にあうことなどないだろうから、ナルトは頷いた。その後、ナルトは頷いたことに後悔することになるが、それは今のナルトは知らない。
「……それじゃ、来週の今日この時間にここでね?」
ナルトの返事を聞くこともなく、カカシは背を向けて歩き出した。
「ちょっ……!!」
ナルトが引き留めようとしたときには、もうカカシの背は小さくなっていた。
追いかけるにもこれから約束があり、時間は刻々と迫ってきている。
「まぁ…きっと冗談に決まってるってば。暑いから、変な人が多いのかなぁ……」
ぽつりとそうつぶやくとナルトはカカシが進んで行った方向に背を向けて駆けだした。早くしなければ約束の時間に遅刻してしまうから。
「イルカ兄ちゃん、ちゃんと仕事終わってんのかなぁ…」
苦笑しながらナルトは兄であるイルカが待つ家へと帰っていく。少し前、イルカのつとめていた会社が倒産し、ようやく最近王宮の洗濯係として再就職をしたばかりだった。そして、今日はそのお祝いをするために、ナルトは食材を買い込み、家に帰る途中カカシに出会ったのだ。
変な人だったなぁ…と思いながらナルトはことことと煮込まれているシチューをかき回す。
「ただいま〜」
がちゃっと音を立てて玄関の音が開かれる。
「にーちゃん!おかえりってば!」
コンロの火を止めてぱたぱたとなるとは玄関へ走っていく、そこにはどっかりと体をおろして、靴を脱いでいるナルトの兄、イルカがいた。
「いい匂いだなぁ〜兄ちゃん、お腹ペコペコだよ」
靴をそろえるのもそこそこに、イルカは部屋に入っていく。
「もう、兄ちゃんちゃんと靴そろえないとだめだってば!」
口うるさくナルトはイルカに注意をして靴をそろえたあとイルカのあとをぱたぱたと追いかけていく。
「今日は再就職のお祝いだってばよ!」
にこにこと離す弟にイルカは目を細める。前に勤めていた会社がつぶれたとき、ナルトに一番苦労をかけた。
これからばりばり働いて、今まで苦労させたぶんこれからは楽をさせてやれる、としみじみ感じていた。
「もうちょっとで出来上がるからちょっと待っててってば!」
冷蔵庫からビールを取り出しているかに渡すと、ナルトは再びキッチンに戻っていった。
いそいそと料理を作る弟を眺めながら、イルカはぐいっと ビールをあおる。よく冷えたビールがのどを流れていく。炭酸とかすかな苦みが疲れた体に心地よかった。
こんな些細な日常がいつまでも続けばいいと思っていた。
だが、世の中はそうそう、この二人には甘くできてはいないようだ。
二人の平和な日常を脅かす影が、確実に迫っていた。
※※※※※※※※※※※※
「今日、変な人に会ったってばよ」
ごくっとかんでいたものを飲み下しながらナルトは思い出したかのようにイルカに話し始めた。
「変な、人?」
まさか、痴漢にでもあったんじゃ……。とイルカは微妙な心配をしていた。
「なんか、俺のことお嫁さんにしたいとか言ってたってばよ?」
俺、男だって言ったのに、変な人だったよなぁ…。とぶつぶつ言いながらナルトは再び箸を動かす。
ちょっとだけかっこよかったけど、とは口にはださない。少しだけほほが暑くなるのをナルトは感じていた。
一方、ナルトの話を聞いたイルカは持っていた箸を取り落とした。
「…なにも、されなかったか?」
一応、冷静を装いつつイルカは取り落とした箸を拾いながらナルトに問いかける。
目に入れても痛くないくらいの可愛い弟だ。これまでも男の毒牙にかかりそうになったのは一度や二度ではない。
ナルトは全く気づいてはいなかったけども。
「うん、別になんにもされてないってばよ?」
にっこり、とナルトはイルカを不安に思わせないように笑顔を作った。実際、なにもされてはいなかったし。
「ナルト…これからは気をつけるんだぞ?」
自分からはこれだけしか言ってやれない。
男はみんなオオカミだとか、性欲の固まりだとか、そんなことを言えば素直に聞いてしまう子だから。
「うん、わかってるってばよ」
絶対に、わかってない。
口には出さなかったが、イルカはまだ心配事が増えたなぁ、と心の中でため息をついた。そろそろ、胃潰瘍のチェックでも死に行った方が良いのかもしれない。そんなことを考えながらつい遠い目をしてしまう。
ぱくぱくと料理を口に運んでいるナルトを見てイルカははぁ……とため息をついた。
カカシと出会って一週間後。
『来週、この時間にココで会おうね』
とは言われてはいたものの、きっと向こうも忘れているだろうな、とナルトは思い、出かけようとはしなかった。
もちろん、このことはイルカにも言っていない。
もしかしたら、もう一度会うのが怖かったのかもしれない。
一瞬見つめられたあの瞳に吸い込まれそうだったから。
「あんなにかっこいい人だったら、もっと可愛い女の子が良いだろうなぁ……」
ピーピーと、選択が終わった音がして物思いにふけっていたナルトははっとして立ち上がる。
「…もう忘れよ!イルカにーちゃんが帰ってくるまでにご飯の用意もしとかないと…」
一度動き出してしまえば、カカシのことなどすっかり忘れてしまいみるみる時間は経っていった。
カカシが、時間通りにあの場所に来ていることも知らずに……。
※※※※※※※※※※※※
「…アンタ、いい加減帰ってきてくれない?」
ナルトとの約束を律儀に守っていたカカシは待ちぼうけを食らっていた。
すでに日が落ちる時間になり、あたりには夕闇が広がってきている。
「…でも、くるかもしれないでしょー」
すっぽかされたんじゃ…と思わなくもなかったが、自分の誘いを断るヤツがいるわけないという妙な自身があった。
「すっぽかされたんだよ」
きっぱりと言われたくないことを言われてカカシのプライドがぴきっと音を立てた。
「……そんなはず…」
ない、と言いたかったけども、さすがに4時間も来ないとなるとそうだと思わずにはいられない。
「別にいいんじゃないの?アンタだったら男でも女でもよりどりみどりだろ?」
「でもすっごい綺麗でさぁ……それに、絶対処女だったよ!ナルトは」
なんで処女だとかわかるんだ、とはあえてつっこまない。
「これ以上はマジで公務に支障をきたすからいい加減、帰るぜ」
ぐいっと、カカシの服の袖を掴んでずるずると引っ張っていく。
「…じゃぁ、俺のお願い聞いてくれる?」
26才の男が小首をかしげてお願いvのポーズをとっているのはとても気持ちがワルい。
「キモいからそのポーズやめろ。つれてくればいいんだろ?sのナルトってガキを」
「あったり〜vゲンマちゃんたら勘が良いね!エスパー?」
上機嫌で笑ってるかのようにみえるが、その実、カカシは約束を破られたことにかなりプライドを傷つけられ、腹を立てていた。
「そりゃ、アンタが腐れ外道だって知ってるからな。オラ、帰るぞ」
ゲンマはしっし、と足でカカシに帰ることを促した。
「…お前さっきから態度悪いから減給な」
「あ?連れてこねーぞ?おまけに死ぬほど予定入れて欲しいみたいだな?」
「…俺、王様なんだからもっと敬ってよ……」
「無理」
きっぱりと言い放つゲンマにカカシはげんなりと肩を落とす。
「王様、なのになぁ……」
ぽつりとつぶやいたそれはゲンマには聞こえなかったようだ。
「優秀な部下を持って幸せだよ」
ちょっと投げやりな口調でゲンマに吐き捨てる。
「そうだろう?ありがたく思えよ」
思いっきり嫌みだったのだが、ゲンマは得意げに頷いた。
これではどっちが偉いかなんてわからない。むしろ、気持ちの上ではゲンマの方が上な気がする。
もちろん、立場的にはカカシの方が偉いのだろうが、ゲンマは全く気にしてはいない。
カカシも口で言うほどゲンマの態度の悪さを気にしてるわけではないのだ。
「あ〜早くナルトに会いたいなぁv」
ゲンマが連れてくるというならば、一週間以内にはあえるだろう。
綺麗だから、手に入れたい。
金色の髪も、蒼い瞳も、透き通るような肌も。
すべてが自分のモノになると思うとゾクゾクする。
胸に暑いモノがこみ上げてくるが、その感情の名前がカカシにはまだわかってはいない。
「早く、連れてきてねv」
催促するように、カカシはゲンマに念を押す。
「あー…しつけぇ。わかったからちゃんと仕事してくれよ?困るのは俺やイビキなんだからな」
「ハイハーイ。わかってるっていってるじゃん」
かつて、何度もわかってると言ってまじめに仕事をしているところを見たことがない。
「明日は一日中公務だからな。書類たまってるんだよ」
先に釘を刺すと、カカシはイヤな顔をして黙り込んだ。
「逃げるなよ」
『逃げたい』と顔に書いてあるカカシを横目で見ながらゲンマは少し肩をすくめる。
カカシは本当に困った王様なのだった。
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