キャンディキャンディ





「バレンタインの、お返しちょーだい」
 ぺっと手を差し出すカカシに、ナルトは渋い顔をする。嫌そうに顔をしかめたナルトを見て、カカシはしょんぼりと肩を落とす。
「……駄目?」
「上目遣いで見つめるな気持ちワリィ」
 顔を覗き込んでくるカカシの顔をナルトは鬱陶しそうに押しのけた。けれど、カカシはナルトの顔をじぃっと見つめている。逸らしても、逸らしても、カカシはうるうるとした瞳でナルトの顔を覗き込んでくる。
 どうやらナルトがうん、と言うまで諦めるつもりはないらしい。
「どーしても欲しいんだってば?」
「ホント?!」
 ナルトの問いかけに、カカシはうんうん、と首がちぎれそうな勢いで頷いた。さっきまで沈んでいたのに、この変わり様はいったいなんだろう。
 ここで「やるかバーカ」と言って落胆するカカシを見るのもおもしろいかも、と思ったのだが、そんなカカシをしばらく見ていたくて、ナルトはにこり、とカカシに笑いかけた。
「イイ子にしてたら、あげてもいいってばよ?」
「イイ子って具体的にどうすればいいの?俺はいつもイイ子にしてるつもりなんだけどなぁ」
「ふざけんな。お前がイイ子だったら世の中のほとんどはイイ子だってば」
 普段のカカシの行いを思い出して、ナルトは軽く切れそうになりながら突っ込んだ。
 そうかなぁ、とカカシは首を捻る。カカシ的には精一杯イイ子にしてるらしい。
「まぁ、それはともかくちゃんとイイ子にしてれば、お返しくれるんだよね?」
「あぁ、イイ子にしてたら、な」
 できるものならやってみろ、と言う風にナルトは嗤った。どうせ明日の下忍の任務に遅刻してきてそこでアウトだ。
「わかった。ホワイトデーの日までちゃんとイイ子にしてるね」
 絶対、ナルトにお返し貰うからちゃんと用意しといてね、と言いながらカカシはナルトの前から姿を消した。
 だれが、用意するか。とナルトはカカシの『イイ子でいる』発言を鼻で笑って次の日にはきれいさっぱり忘れていた。












「おはよう!諸君!」
 いつもよりも3割り増し清々しそうな声を上げてカカシが待ち合わせ場所にやってきた。
 サクラも、サスケもぽかん、と口を開けている。ナルトはまだやってきていない。
「なんだー。挨拶しろよ。お前ら、感じ悪いぞ」
 挨拶は人としての基本だからな!とやけに活発なカカシをサクラたちはまだ信じられないという目で見つめていた。
「ナルトは?遅刻?」
 駄目だなぁ、と言いながらカカシはきょろきょろとナルトの姿を探す。
「だって、まだ5分も前ですよ!」
 きっとそれが仕事に置ける基本なのだろうが、いつも余裕で2時間は遅れてくるカカシが5分も前に待ち合わせ場所にいるのだ。5分も、とサクラは言わずにいられなかった。
「時間通りに来るのはイイ子の基本でしょ?」
 なに言ってるの、とまるでカカシはいつも5分前に来ているかのように振る舞っている。
 どうも昨日ナルトが言った『イイ子にしていたらお返しをあげる』という発言がカカシを動かしているようだ。
「ギリギリセーフ!だって…」
 ばよ、と言おうとしてナルトは固まった。いるはずのない男がいて、まん丸く目を見開いている。
 珍しく、素で驚いているようだ。
「ナルト、忍たるもの5分前行動が基本だぞー」
 その言葉に3人が3人とも額に青筋が浮かぶ。
 たまに早く来たからと言って、その強気な発言はなんだ、と今にも手が出てしまいそうだ。
「…くそ、しくった」
 ぼそり、とナルトが誰にも聞こえないように呟いた。まさか本当にイイ子行動を起こすとは思っていなかった。
「ま、いいや。今日の任務は昨日と同じ草むしりね」
 昼までには終わらせるぞ、とやたら張り切って草むしりに取りかかるカカシに、3人は再び信じられないような目でカカシを見つめた。
「どうしたのかしら、カカシ先生」
 ついに頭のネジが2、3本飛んでおかしくなったのかと、サクラは本気で心配してた。ネジが飛んでるのは確かなことだが、むしろいい方に壊れてくれたのだからいいか、とサクラも任務に取りかかる。
 もしかして、自分は不用意な発言をしてしまったのだろうか、とナルトは内心汗をかく。
 けれど、バレンタインまであと1週間もあるのだ。絶対にどこかでボロを出すに決まっているとナルトはタカをくくるのだが、ホワイトデーまでの1週間、カカシは無遅刻無欠席。任務にはまじめに励み、おまけに9時就寝というイイ子具合だ。
 ヤバイ、とナルトは今更ながら自分のうかつな発言を呪った。
 このままではもしかしてバレンタインのお返しをしなければならないのだろうか、とナルトは焦る。
 そして、たかがお返しを貰うために一生懸命になっているカカシのことが少し可愛いと思っていることに本気でヤバイ、と感じていた。