ビターチョコ




「バレンタインの、チョコがほしい」
 そう言いながらカカシはナルトに向かって手を差し出した。
「アホか、自分で買え」
 カカシの言葉を突っぱねるように、ナルトは差し出されたカカシの手を叩き落とす。
 今、木葉の里はバレンタイン一色。右を見ても左を見てもチョコレートが売っている。心なしか、里を包む空気もチョコレートの匂いがしているような気がしてならない。
 どこのどいつが言い出したのかは知らないが、今そいつが目の前にいたら螺旋丸をお見舞いしてやりたい、とナルトは心の中で呟いた。
 バレンタインまであと3日。ここ1週間ずっとチョコが欲しい、とカカシに強請られている。
 そのたびに同じ言葉で断っているというのに、カカシはまったくと言っていいほど懲りることをしらなくて、顔を合わせるたびにチョコチョコ言ってくるのだ。
「小さいのでいいから!ね?ほら、俺甘いもの苦手だし!でもナルトからのチョコはほしいから、頑張って食べるよ!ね?」
「甘いもの苦手なら食うな。っていうか俺に言うな。お前にやるくらいなら自分で食うってば」
 いつもよりも必死で縋り付いてくるようなカカシを、ナルトはいつも通りぶったぎる。
「つーか、なんで俺がお前にやらねーといけないんだってばよ」
「だって、バレンタインは好きな人にチョコレートをあげる日なんでしょ?」
 だから、ナルトは俺にチョコレートをあげないとダメなの、と意味不明なことをカカシは言い出した。
「世の中には義理チョコっつーものも存在するんだぜ?っていうか、俺はお前が好きくねーから。むしろ嫌いだから」
 嫌い、と言う言葉にカカシはしょんぼりと肩を落とす。いつもならそのままとぼとぼと引き下がりそうなのだが、今日のカカシは意外にしぶとかった。
「でも、俺がナルトのこと好きだから、ナルトからチョコが欲しい!」
 だから、よこせ!とワガママをいう子供みたいにカカシは大きな声で盛大に告白する。周りにはたくさんの人間がいて、皆が皆、知らないフリをしつつも、思いきり聞き耳を立てている。
 あからさまに静まりかえった室内が、それを物語っていた。ナルトとカカシの会話だけが響いていた。
 そんな状況にナルトの堪忍袋の緒がぷちり、と音を立てて切れた。
「……それ以上言うと二度と口をきかねーってば」
 静かに、だが怒気の篭もった声に、ナルトの本気が窺える。カカシは諦めきれないような顔をしていたが、口を聞かないとまで言われてしまったらもう引き下がらざるを得なかった。
「ちょこ……」
 未練がましそうに呟くカカシを、ナルトはギロッっと睨み付ける。なにか言葉を紡ぐことはなかったのに、カカシはナルトの瞳を見て口を噤み、周りの温度が2。3度下がったように思えた。
 さすがに、そんなナルトを見て、カカシは一旦引き下がる。
 けれど、もちろんカカシがナルトのチョコを諦めたわけではなかった。とりあえず一度引いておかないと本当に口を聞いてもらえなくなる。
 そう思ったから、ナルトの言うことを素直に聞いて、もうナルトには何も言わないことにした。 ナルトには。
 けれど、ナルト以外の人間には、盛大にナルトからチョコが欲しいのだと相談してみよう。
 もちろんナルトに聞こえるように。
 ナルトにとっては「お前本当に俺のこと好きなのか」と問いかけたくなるような、嫌がらせに近い作戦が、もしかしたら奇蹟を起こすかもしれなかった。











「サクラ、サクラ」
 ちょいちょい、とカカシがサクラに向かって手招きをする。もちろん今は任務中で、いつもだったらカカシは優雅に読書タイムをしているか、ナルトにべったりまとわりついている頃だ。
 そんなカカシが自分を呼び寄せたことに、サクラは軽い不安を抱く。
「なんですか、カカシ先生」
 嫌な予感がする、と思いながらもサクラはカカシのところに歩いていく。にこっ、と爽やかそうな笑顔を浮かべているカカシがどうも不審に見えて仕方ない。
 というか、不審以外のなにものでもないと思いながら、サクラはカカシから少し離れたところで立ち止まった。
「サクラさ、サスケにバレンタインのチョコあげるの?」
「……先生、まだナルトから貰おうと思ってるんですか?いくらナルトでも、さすがに女の子に混じってチョコを買うのは恥ずかしいと思うんですけど」
 散々、ナルトとカカシの会話を聞いていたサクラは呆れたようにため息をついた。
 何故か今日はナルトに向かって「チョコちょうだいよー」と縋り付いていないと思っていたのだが、恐らくナルトに「それ以上言ったら嫌いになるってばよ」とでも言われたのか、とサクラはなかなか鋭いところをついていた。