明日になったら (糎に収録)





 明日になったらちゃんと言うから。
 明日になったら
 明日になったら。
 明日になったら。
















「ナルト?」
 カカシの声にナルトはぴくり、と小さく反応を示した。
「あ、カカシせんせーなんだってば?」
 ぼーっと空を見上げていたナルトは取り繕うように笑顔を貼り付けた。その笑顔はいつものナルトが浮かべているようなそんな明るい笑顔で、カカシはそんなナルトの笑顔を見てほっと息をつく。
「なーんか、元気ないみたいだからさ。大丈夫?」
 そう言いながらカカシは自分の胸に肩を預けていたナルトをそっと後ろから抱きしめる。首筋に口元を寄せて小さく口づけた。
 鼻先をかすめるナルトの匂いにとなめらかな肌の感触をもう少し味わっていたかったカカシは、次々にナルトの首筋にキスを落としていく。
「…くすぐったいってば」
 そんなカカシを押しのけるながらナルトは顔を真っ赤にしている。そんなところがかわいいなぁ、と思いながらカカシは逃げようとするナルトをきつく抱きしめた。
「ナルト、大好きだよ」
 不意にささやかれたカカシの言葉にナルトは少し眉根を寄せる。何かに苦しんでいるようなそんな表情で。
 後ろから抱きしめていたカカシには見えるはずがなかったけど。
「俺も、大好きだってばよ」
 小さくナルトはつぶやいた。
 かろうじて聞き取れるくらいの小さなつぶやき。
「もうちょっと大きな声で言ってくれてもいいのに…」
「は、恥ずかしいってばよ…」
 恨みがましそうな声でぼやくカカシをぺちっと振り払ってナルトは立ち上がった。
「俺、今日はもう帰るってば!」
「え?ナルト、怒った?」
 いきなり帰ると言い出したナルトに、カカシは少し焦りながら問いかける。最近のナルトは二人でいてもいつも何かと理由をつけて早く帰りたがるのだ。
「怒ってなんてないってばよ!明日は任務早いからせんせー遅刻すんなってばよー!」
 カカシが引き留める間もなく、ナルトはばたばたと走っていく。忍者とは思えないその走りっぷりにカカシは苦笑を漏らさずにはいられない。
「…ったく、どうしちゃったのかねぇ……」
 つい先日まではそれなりに恋人らしく手をつないで出かけたり、キスをしたり、互いの家に泊まったりしていたのだが、今は全く以前のように接することはなかった。
 よそよそしいナルトの態度は、故意にカカシをさけているとしか思えなかったが、カカシはその理由を聞くことはない。
 怖いのだ。
 聞いてしまえば何か決定的なことを突きつけられてしまいそうで、理由を聞くことができないでいた。
「俺も、まだまだ青いねぇ…」
 セックスをするだけの恋愛とは呼べない恋愛をしてきた自分にとってナルトとの毎日は新しいことの連続だった。
 キスをするだけでどきどきしたり、『好き』だと伝えることだけで心臓が破裂しそうになったり、そんな現象が自分の体に起こるとは思ってもいなかった。
 この年になって初恋なんて、かっこ悪すぎるからナルトには伝える気はない。こんな自分がいるなんてナルトの知れたら大笑いされるかも知れないと思うと照れくさくて仕方ない。
 でも、きっとナルトは顔を赤くして照れくさそうに笑うだけだろうけど。それはわかっているのだけど、やっぱりナルトには言えなかった。











 


※※※※※※※※※※※※

 今日も、言うことができなかった。
 日も沈んできて暗くなってきている部屋で、ナルトは明かりもつけずにベットに寝ころんでいた。寝ころぶ、というよりもただ力無くその身をベットに預けているだけだ。
 虚ろな目はどこを見ているというわけでもなくて、ただ空を見つめていた。
「…ごめんね」
 涙で視界が歪みそうになりそうになるのを必死にこらえて、ナルトはぽつりと呟いた。今日もカカシに言わなくちゃいけなかったことを伝えられなくて自分が情けなくて涙が出た。
 けれどどうしても言えないのだ。どうしても、自分から言うことはできない言葉。
 それがカカシの方から切り出された言葉なら自分はなんの迷いもなく頷くことができるだろう。それがカカシの幸せなのだから。
 けれど、自分からはとても口にすることはできない言葉。けれど、それは自分が言わないといけない言葉。
「明日になったら、ちゃんと……ちゃんとサヨナラって言うから…」
 明日になったら、今度こそちゃんと言うから。
 昨日も、一昨日も、その前もわかっていたのにずっと言えなかった言葉。言わなくてはいけないと思いながらも、言えずに毎日を過ごしていた。
 カカシと二人でいるときはその言葉がぐるぐる、ナルトの中で回っていて、幸せな時間のはずなのに、それを心から幸せだと思うことができない。
 どうしても『サヨナラ』という言葉だけがナルトの心の中で渦巻いていた。言い出そうとしてもそれは言葉にならなくて、そのたびにカカシが好きなはずのなるとの笑顔は凍り付いて、気まずい沈黙が流れる。
 カカシもナルトが何を言い出そうとしているのかうすうすわかっているかもしれない。それを言い出すのを待っているかもしれない。
 そう思うと心が苦しくて、胸が痛くてしょうがなかった。
 あの人は将来をカツボウされている人で、自分なんかと一緒にいてはいけない人。
 九尾を宿した自分はあまりにもカカシに不釣り合いで、その姿をふとしたことで見てしまってはあまりにもカカシに釣り合わない自分に思わずへこんでしまう。