「お前にはもう愛想がつきた。とっとと出てけってばよ」
ナルトの家から、カカシは荷物と冷たい言葉とともに放り出された。
「ナル…っ!」
すがりつくような目で、カカシはナルトを見上げる。
荷物なんてどうでもいい、ナルトに許してもらうのが先決だ。涙目になりながらもカカシは必死でナルトの部屋へ戻ろうとする。
だが扉の前にはナルトが立ちふさがっていて家の中に入ることは叶わない。
「ごめん、ナルト…悪いところがあるなら直すから…!」
足下にすがりつくカカシをナルトは冷たい目で見下ろしているだけだ。普段から似たような視線にさらされているが、今日は一切甘い物が含まれていない。
「もう任務以外でオレに話しかけんなってばよ」
縋り付いた腕は無慈悲にもふりほどかれ、一瞥もされることなくナルトに扉を閉められる。
「ナルト…!!開けて!訳を聞かせてよ…!」
何度も扉を叩いても、扉が開かれることはない。鍵をかけられたようでドアノブを回してもガチャガチャと音を立てるだけだった。
ナルトが本気で自分を捨てようとしている。
それを感じた瞬間、心の奥がすっと冷えた気がした。
一体自分は何をしたのだろうか。思い当たる節が多すぎるが、どれも決定打に欠ける。
ナルトのいない世界で、一体自分はどうやって過ごしていけばいいのだろう。どうしてもそんな日常が想像できない。
蹴倒されても、殴られても、生ゴミを見るような目で見られてもナルトのそばにいたい。
ナルトに会うためにカカシは扉を叩きながら、大きく息を吸い込んだ。
「お願いナルト、オレのこと捨てないで―――!」
そう叫んだ瞬間、カカシはがばっとベッドから身を起こす。
何が起きているのかわからなかった。自分がどこにいるかさえも。
うっすらと開かれたカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
きょろきょろと辺りを見回すと、いつものナルトの部屋だ。
どくどくと早鐘を打つ心臓がようやく治まってきた。隣で眠っていたナルトの頭をそっと撫でる。ナルトのぬくもりを感じ、これが現実なんだと実感してカカシはほっと息をついた。
今までで一番恐ろしい夢だった。思い出すだけ涙が出そうになる。夢でよかったと安堵しながらも、またその夢を思い出しカカシはベッドの上でそわそわしていた。
と、そのとき、眠っていたはずのナルトがむくりとお気軽。
夢の内容を反芻して落ち込んでいたカカシはそれに気づいていない。
「ナルト……ナルト…」
ナルトの名前を呟いていると、後から容赦なく蹴りが入った。
「うるせーっ!寝てる時ぐらい落ち着けってば!」
というナルトの罵声と共に、カカシはベッドから蹴り落とされる。落とされたカカシが慌ててベッドの方へ振り返ると、ナルトはふん、と鼻息を荒くして再び布団に潜り込んでいた。
「ナルト…」
カカシがベッドに潜り込んだナルトに向かって情け無い声で呼びかける。夢のおかげでとても心細くなっていた。もしかしたらこのまま追い出されるんじゃ…そんな考えが頭をよぎる。
「お前今日任務だろ。さっさと行けってば」
カカシの呼びかけにナルトは少しも反応せずにカカシに背を向けたままだ。
「でも…」
「お前が遅刻するとオレがばーちゃんに怒られるんだってばよ」
なおも言い募るカカシの言葉を遮って、ナルトは追い払うようにシッシ、と手を振った。夕べ、ナルトは暗部の任務で遅かった上に、自分のせいで起こしてしまったことを考えると不機嫌なのも仕方がない。
そんなことは日常で結構よくあることなのだが、今日は特に機嫌が悪かった。
「…うん、わかった。じゃあ行ってくるね」
カカシはナルトの睡眠を妨げないように静かに支度を調えると、カカシはしょんぼりと肩を落としながら任務に出かけた。
* * *
ぱたん、と小さな音を立てて扉が閉められた数分後、ナルトがむくりと起きあがった。
睡眠不足のせいか、うっすらと目の下にクマができている。カカシが出て行った扉を睨みつける青い瞳は不機嫌そのものだ。
けれどそれは睡眠の邪魔をされたからではない。ナルトの不機嫌の原因はカカシが寝起きに叫んだ言葉だった。
『お願いナルト、オレのこと捨てないで―――!』
思い出すだけで、イライラする。いっそ、夢の通りに捨ててやろうか、とナルトの頭を掠めるがあの叫びがリアルに再現されそうなのでやめた。寝言だったので、せいぜい部屋中に響くくらいの声だったが、意識があるときならきっとカカシは近所中に響き渡るような声で叫ぶだろう。
ただでさえカカシが住み着いているのが怪しまれているので、これ以上近所に話題を提供することは避けたい。別に、今更自分がなんて言われようと気にはしないけれど。
(そう簡単に、捨てるつもりもないけどな)
人前でべたべたしようとしてくるところは鬱陶しいし、二人きりになればさらにべたべたしようとしてきてうざったい。
空気は読まないが、自分が考えていることがわかっているのが少し腹立たしい。従順な振りをしているが、わがままぶりはナルトとそう変わらない。ここに住み着いているのもその一つだ。
他にも一緒に寝てだの、キスしてだの、いちゃいちゃすることにかけてはカカシはどんな手段を使っても目的を達成しようとする。実際ナルトが振り切れたことはない。
けれど、ずっとナルトの傍にいてくれたのはカカシだけだ。殴られても蹴られてもカカシはいつもナルトの傍にいる。カカシと出会ってから一度だって寂しいと思ったことはない。
心の底から嫌いな人間を側に置いておくほど、ナルトは優しくなかった。
カカシだってそれをわかっていると思っていたのに「捨てないで」なんて、叫ぶ夢を見るなんて憎たらしくて仕方がない。
ナルトは、自分がカカシに対して冷たいことも自覚していた。けれど、素直に思っていることを伝えられない。
もしかして、愛想を尽かすのは自分じゃなくてカカシかもしれない。そんな未来を想像してナルトはぐっと胸が締め付けられる。
それも仕方ないことだ。自分がこんな風にしか自分は振る舞えない。
言い聞かせるが胸の痛みは大きくなるばかりだ。ナルトはそれをごまかすよう、きりっと唇を噛みしめた。
終