クン、と髪を引っ張られ、ナルトは眉間に皺を寄せ、振り返った。
叫ぶほどではないにしろ、頭皮が引っ張られ、痛かったことは痛かっただけに、蒼い目がぎろりと細まる。
「何すんだってばよ」
「色が見たくて」
「…は?」
綺麗な色だよね、ナルトの髪。
予想もしていなかった台詞に、ぽかん、と呆けるナルトを前に、髪を引っ張った張本人であるサイは、悪気の欠片もない顔で、じ、と頭を見つめてくる。
細められた目の奥で、一体、何を考えているのか。
相変わらず、ワケわかんねーヤツ、とナルトはがしがし頭を掻いた。
「一本、もらえないかな。出来れば、まとめて欲しいけど」
「俺の髪なんてどうすんだってばよ。さては呪いの藁人形でも作る気だってば?!」
「そんなものに興味はないから、安心していいよ。ナルトを呪ったところで、僕には何の利もないしね」
「…利があったら呪うのかよ」
にこり、とサイはやっぱり邪気のない顔で笑う。
ナルトは毒気を抜かれたように、ため息を零し、肩を落とした。
「だったら、どうすんだってば」
「色が見たいって言ったじゃないか」
「色って…。別に金っつーか黄色っつーか、そんな色だってば」
わざわざ、髪の毛をもらってまで、じっくり見るものではないだろ、と思う。
ナルトからしてみれば、サクラの髪の方がよほど綺麗だ。
あの桃色の髪がさらさらと風に揺れている様に、何度見惚れたかわからない。
けれど、サイは首を振り、ナルトの髪がいいんだ、と頑なに言い放った。
「ナルト自身がどう思っていたとしても、僕にとっては僕の知る色で一番綺麗な色だ」
だから、絵の具を合わせ、自分の手で作ってみたい、とサイが真っ直ぐにナルトを見つめ、言う。
そして、その色で絵を描きたいのだと。
常ならば面倒そうに閉じられている目もしっかりと見開かれている。
ぐ、とナルトは呻き、たじろいだ。
頬が、少しばかり、熱い。
(何だっつーの…!)
サイの視線が、逸れない。ナルトは内心、舌を打ち、視線をサイから外す。
だが、注がれる視線を意識せずにはいられない。
「ああもう!わかったってば!」
「ありがとう、ナルト」
嬉しそうに、いつになく華やいだ声でサイが言う。
唇には笑みが滲み、目元も緩んでいる。
そんなに嬉しいのか、とナルトは半ば呆れながらも、満更でもない顔で苦笑した。
苦無をポーチから取り出し、切ってもあまり目立たなそうな襟足あたりの髪を切る。
ほら、と渡せば、サイはそれを丁寧に懐紙に包み、ポーチに仕舞った。
「本当は」
「うん?」
「ナルトの目も、綺麗な色だから、欲しいところなんだけど…さすがに取り出すわけにもいかないよね」
「当たり前だってば!怖ぇこと言うなっての…!」
ヒッ、と喉奥で叫び、後ずさる。
冗談だよ、とサイは苦笑しているが、サイの冗談は表情の動きが少ない分、わかりづらい。
本当に冗談なのか、ナルトは訝しげにサイを窺う。
「だから、せめてじっくり見てもいいかな」
「…見るくらいなら、かまわねーけど」
よかった、とサイが小さく笑い、ス、と頬に手を伸ばしてきた。
近づいてきた顔が、ナルトの顔を覗きこんでくる。
顔が近い。目が近い。
──唇に、サイの呼気が当たる。
「ッ、も、もういいよな?!」
ぐ、とサイの肩を押し、身体を離す。
頬が熱い。きっと、今の自分の顔は赤くなっているに違いない。
サイの指先が、名残惜しげに、そんなナルトのまろい頬を撫でた。
「何でだろう」
「…あ?」
「赤面した顔なんて他にも見たことがあるのに、ナルトの赤くなった肌は、他の誰より綺麗な色に思える」
さらりと、顔を赤らめるでもなく、サイが心底不思議そうに首を傾ぐ。
ナルトは言葉を失い、唸り──身体を震わせた。
「お前は本当に…ッ!」
「?」
「たち悪ぃ…ッ!!」
噛み付くように叫ぶが、サイはただきょとん、とするばかりで。
バッカみてぇ、とナルトは一人、脱力したようにしゃがみこんだ。
火照った頬をぱたぱた手で扇ぐが、熱はなかなか下がってくれなかった。
END